#12-01 出発
ダンジョンやら温泉やら王都観光やらアレコレ寄り道をしたけど、ようやくコルプニッツ王国を出発できるね。いつの間にやらもう三月下旬だから、想定してたよりも若干多く時間を取られた感じかな。
公式行事はちゃんと予定が決まってたからそっちはまあ良かった。問題は非公式行事――っていうかお茶会の類。なんかねー、レティーシア殿下だけじゃなく護衛の私たちの事も話題になっちゃったみたいなんだよね。
自分で言うのもなんだけど、私たちクランメンバーは全員容姿が整ってるし、立ち居振る舞いもそんじょそこらの護衛騎士よりも洗練されている。もちろん筆頭は秀と舞依ね。要するに目立つわけですよ。
最初は物珍しさと好奇心からあっちこっちに呼ばれて、秀がご婦人方に気に入られて、それで貴公子然と対応するものだから鈴音が不機嫌になって――って、それはまた別の話。ともかく噂に尾鰭が付いて引っ張りだこになったって感じね。
一度、かなりカジュアルな会に出席した時にうっかりクルミを連れて行ったら、そっちも話題になっちゃって、騎獣愛好家のお茶会に呼ばれたこともあったっけ。その会はいろんなタイプの騎獣がいて、もの凄く癒された。あの会は行って良かったね、うん。
ちなみに愛玩用騎獣は小型のものばかりだけど、モフモフ系だけじゃなくて、カメレオンとかカメっぽい爬虫類系とか、フクロウなんかの鳥類系もいて、結構バラエティーに富んでいた。そういうコミュニティがあるなら、メルヴィンチ王国に帰ったら探してみるのもいいかもね。
で、いろんなところに顔を出すと、あっちに出たならこっちの顔も立てないと、みたいな柵がどうしても生じる。ここで下手を打つと、この国に嫁ぐエリザベート殿下の社交にも影響するだろうからね。私たちとしては頑張るしかない。
――とまあ、そんな感じで滞在期間が伸びてしまった。ま、クルミの件以外は不可抗力だし、許容範囲内ってことで。
出発の日の早朝。私たちは離宮の中庭に出ていた。空は良く晴れていて、旅立ちにはぴったり。幸先が良いね。
見送りはエリザベート殿下と侍女さん。――だけの予定だったんだけど、なぜかリッド王太子殿下と側近の方々もやってきた。
まあ滞在中は何かと顔を合わせてたからね。側近の方々とは話す機会も結構あったし、もう知り合いと言ってもいい関係だと思う。だったら見送りくらいは――いや、もしかしたら私たちがどうやって旅立つのか、王太子殿下が見たかっただけって線もあるか。どっちだろう?
さておき、皆と別れの挨拶を交わし、トランクを気球モードに。皆、準備は良い? ダメ……って、クルミは気球だといつもじゃない。トランクに入ってればいいのに。仲間外れみたいでイヤ? わがままだなぁ~。じゃあレティーシア殿下に抱っこしててもらいなさい。ハイ、これでオッケー。
では、行ってきまーす!
気球の上昇させると、あっと言う間に離宮が小さくなっていく。
お? 飛行船モードに変形できるようになったね。
「じゃあ飛行船モードにするよ? 機能的に落っこちる心配は無いから、驚かないようにね?」
声を掛けると、皆が神妙に頷く。私は感覚的に分かってるけど、初めて見るモードだからね。特にレティーシア殿下は緊張気味のようで、クルミをギュッとしている。
では、いっきまーす!
頭上にあるトランクの本体部分がニュニュッと巨大化し、それに伴って私たちの乗っているバスケット部分も大きくなっていく。最終的に本体部分は全長六〇メートル、断面の縦横二〇メートル。バスケット改めゴンドラ部分は本体の全長・幅ともに三分の一くらいになった。
ちなみにゴンドラ部分の壁の高さは一メートル弱かな。案外低くて慣れるまでちょっと怖いかもね。ただ意識的に降りようとしない限り落っこちることは無い仕様だから、安全面の問題はありません。
ただちょっと暗いね。頭上が完全に遮られてるから当たり前だけど。ちょっと魔法で明かりを出しておこう。うん、これでよし。
そろそろ皆大丈夫? 落ち着いた?
「うん、大丈夫。ゴンドラが思ったより広くて、安心感があるよ」
「ええ、気球よりも安定しているわね」
「はい。クルミちゃんも大丈夫そうです」
レティーシア殿下が床に下ろすとクルミはキョロキョロした後、タシタシと足踏みをしてからさらに小さくぐるっと走り回り、腕を組んでウンウンと頷いた。安心したのかな? 飛行船モードなら大丈夫そうだね。よかったよかった。
で、返事のない男性陣はというと――ああ、縁に手を付いて景色を楽しんでるね。え、なに? 人がゴm――って大佐ごっこは止めなさい。
じゃあそろそろ出すよ? 進路は取り敢えず南西。スピードと高度は徐々に上げていく感じで。それででは前進微速、トランク飛行船発進。
王都の街並みが徐々に小さくミニチュアのようになり、やがて霞の彼方に消えて見えなくなる。
そうなってもしばらくの間、レティーシア殿下は名残惜しそうに王宮の方を見つめ続けていた。
彼女が手を付いている縁の横に寄りかかって目を合わせる。
「レティーシア殿下、この飛行船ってもの凄い速さが出るんですよ」
「え? ええ、そうなのですか?」
「それはもう、メルヴィンチ王国とコルプニッツ王国を日帰りで往復できるくらいに」
うんうん、目を円くする殿下が可愛らしいです。
この世界の飛行船のスペックで考えると想像もつかないでしょうね。というか、日本から来た私たちから見ても、コレはもはやSFの領域に達してると思うし。
「ですが……、そうそう我儘を言えるわけでは……」
「そうですね。でもすぐにでも会いに行ける手段が有るってだけで、ちょっと近くなったような気がしませんか? まあ、気分的な話ですけど」
「……そうですね。確かにそうです」
「私としてもコルプニッツ王国はもっとゆっくり観光したかったので、何時でも付き合いますよ。ただし、今度はお忍びでね(パチリ☆)」
「レイナさん……」
レティーシア殿下がぎゅっと抱き着いてきて、耳元で「ありがとうございます」と囁く。私は背中に手を回してポンポンと軽く叩いた。
子供らしく寂しそうにしてた双子殿下に対して、レティーシア殿下とルナリア殿下はそうでもないように見えたんだけどね。でも案外、お姉ちゃん子だったのかな。
――こうして私たちは、一月半ほど滞在したコルプニッツ王国を旅立ったのであった。
なに、舞依? 手を広げて――抱き締めればいいの? それはもちろん、舞依のご要望とあらばいつでもどこでも。何なら二人きりで深く激しく抱い――それは夜になったら? わかった。じゃあ今はこれで。ぎゅぅ~~っと。
うん、今日も舞依はふかふかで温かいね。とても安心する心地良さ。このままハンモックでも用意して、横になってしまいたいくらい。
ところでどうしたの、急に?
むー ぷいっ
ん? もしかして拗ねてる? えーっと……、ああ、もしかしてさっきのレティーシア殿下との? あれは寂しそうにしてたのを慰めてあげただけだよ。折角のチャンスなのに久利栖は役立たずだったし。そういう繊細さに欠けるんだよねー(笑)。
だからほら、機嫌を直して。ダメ? もうちょっとこのまま?
仰せのままに、私のお姫様。
ゴンドラの上にテーブルと椅子を並べて、ついでにお茶とお茶菓子も並べてまったりタイム。コルプニッツ王国では表向きは護衛の任務だったし、周囲の目も合ったからね。多少肩が凝った。
ちなみにテーブルと椅子は自作のアウトドア用品っぽいやつ。出しっぱなしでモードチェンジした場合、自動的にトランク内に収納される。この辺は気球モードでも同じ仕様ね。
「なかなか快適だわ。窓の外が見渡す限り空っていうのも、結構乙なものね」
「そうだね。というか、飛行機みたいな震動も揺れも殆ど無いから、スピードが一定だと下手をすると進んでるのかどうかさえ分からなくなりそうだ」
「本当に驚きです。空飛ぶ応接室という感じですね」
「的確な表現やな。ま、強いて不満を言うなら天井と床に、ちっとばかし圧迫感があるとこか」
「天井はともかく、床が真っ黒なのは確かにちょっと暗い感じですね。怜那、これはどうにもならないの?」
「ハンドル部分は何故か色とか変えられないから、床の方はどうにもならないんだよね。大きなカーペットでも敷くしか……、ラグでも作ろうかな? ああ、でも錬金釜は今使えないし……」
「床の方はって言う事は、天井の方は変えられるの?」
「うん、透明にならできるよ。ほら」
合図にパチンと指を鳴らしてトランク本体部分を透明化する。
「きゃ」「わっ」「っ!」「チチッ!」「おおっ、明るい!」「目がっ、目がぁ~っ!」
ゴメンゴメン。確かに、いきなりは結構眩しかったね。まだ早朝だから良いけど、日が昇ってきたらちょっと眩し過ぎるかな。それから久利栖は、大佐ごっこを続けないように。
「開放的で良いけど……、真昼に透明は止めておいた方が良いかなー」
「日に焼けちゃいそうだものね」
「夜ならいいんじゃない? 晴れてたら満天の星空よ。……白いラインは目立つかもしれないけど」
あ~、それは仕様なので我慢してってことで。




