#11-21 温泉でコイバナ
舞依と一緒に湯船から出る。
シャンプーその他を舞依に預けて、長椅子というか石のブロックに腰かける。たぶんココが洗い場なんだろう。作り付けのシャワーは無いけど、そこは魔法があるからね。そういう意味では、こっちの世界の方が秘境に温泉施設とかも簡単に作れるのか。
舞依が魔法で静かにお湯を出しつつ、私の髪を手櫛ですすいでいく。
「いつもすまないねぇ……」
「ふふっ。なぁに、それ? 言いっこなしですよ、って言えばいいの?」
「あはは。舞依に髪を洗ってもらうのは好きだけど、やっぱりこんなに長いと面倒でしょ?」
「ううん、全然。楽しんでるから。あー、でも毛先がちょっと傷んでるから、後でちょっと揃えないとね」
むぅ。舞依が面倒って言ったらちょっと短くしようと思ったんだけど、そう言うなら仕方ないね。まだ暫くはこの長さで続けましょう。
舞依はいつも丁寧に時間をかけて、慈しむような手つきで私の髪を手入れしてくれる。それはとても気持ちが良くて、胸も温かくなって、思わず目もトロンとしてきちゃう。
最後にお湯で綺麗に流してと。
「じゃあ次は舞依の番ね」「うん、お願い」
舞依と同じくらい丁寧に、心を込めて。私の事をいつもちゃんと見て、理解ってくれることへの感謝を込めて。
うん、これでよし。舞依も髪は長いけど、ストレートで指通りも滑らかだから手入れしやすくていいよね。私の髪はフワフワで割と細くて、結構扱いが面倒臭い。――だから合流してからは、舞依が楽しそうに手入れしてくれるのに甘えちゃってるんだよね。
あんまり頼りきりなのも良くないよね。たまにやって貰うくらいの方が、稀少価値があるような気もするし。え? そんなこと考えずに甘えてくれていいんだよって? うーん、舞依がそう言うならいっか。――いいのかな?
よし、これでオッケー。髪を纏めて、浴槽に戻る。
ふいー……。え? もっと傍に来てって……、皆が見てるよ? そう? 舞依が良いなら私は構わないけど。
というわけで、舞依の横にぴとりと寄り添う。ちょっと悪戯して手をすすっと太ももの方へ――それはダメ? ふふっ。うん、分かってる、二人きりの時にね? 今は手を繋いでと。
うーん、やっぱり温泉は気持ちいいねー。
「なんと言いますか……、お二人は本当に仲が良ろしいのですね」
「ちょっとその、目のやり場に困ると言いますか……」
ん? 別にそんなにすんごいことはして無いよね? うん、舞依もキョトンとしてる。だよねー。やっぱり殿下は箱入りってことなのかな。耐性が低いんだね、きっと。
ピシュッ ピシュ
「わぷっ」「きゃっ」
ちょっと鈴音、デコピンでお湯を飛ばさないでよ。デコピンのパワーも上がってて、勢いも量もあったし。っていうか魔力も乗せてなかった? ぶーぶー。
「だまらっしゃい。そもそもあなたたちは所構わずペタペタし過ぎなんだけど、お風呂の中だと同じようにしてても、その、エ……、エッチな感じがするでしょ。目の毒なのよっ!」
「えー、それって受け手の感性の問題じゃないのー? つまり、エッチなのは私たちじゃなくて鈴音の方なのだ!」
ビシッと指摘――決まったね!
と、思ったんだけどなんだか反応が芳しくない。皆がそれぞれ顔を見合わせて、頷いて、首を横に振る。心なしか顔が赤いし。鈴音と殿下だけじゃなくて、侍女さんや護衛騎士の方々までとはこれ如何に?
「これ如何にも何も、それが事実ってことでしょ。現実を受け入れなさい」
「むぐぐ、これが数の暴力というものか……。舞依ー、私たちは何処まで行ってもマイノリティーみたいだよー」
「ナニ言ってるのよ。マイノリティー、マジョリティーの話じゃなくて、慎みの話をしてるのよ」
「鈴音さん。そうは言っても、今はただ隣にくっついて座っているだけですよ?」
「……そうね。なんでなのかしら? 距離感? 空気感? そういうのが違うように感じるというか……。ですよね?」
「ええ。お二人にはお互いが特別なんだと、無意識に主張しているような印象があると言いますか……」
「一緒にお風呂に入るのも、ごく自然で当たり前なことのように見えますからね。そういうところが、特別な印象になるのでしょうね」
ふむふむ、なるほど。理由はなんとなくだけど理解はした。実感はあんまり無いけど。
まあ仲の良い友だち同士でも一緒にお風呂に入ることは滅多に無いからね。修学旅行とかで皆でお風呂に入ると、なんとな~く気恥ずかしいもんね。そういうことでしょ?
「まあでも、こういう時でも恋人と一緒に居られるのは、素直に羨ましいと思うわ」
ふぅと鈴音が溜息を吐く。私たちを揶揄う感じはなく、本音が零れ落ちたって感じだ。その溜息が妙に艶めかしい。
あれ、これはもしや……? ねえ舞依、どう思う?
チラッとアイコンタクトを取ると、舞依も同じことを考えてたみたい。小さく頷いた。
「鈴音、もしかして……、シちゃった?」
ボボンッ!
「シ、シシ、シちゃったって何をよ!? な、ななな、なに、何もシてないわよっ!」
「どもってますよ、鈴音さん?」「そんな真っ赤な顔で否定してもねー」
「ほ、ほほ、本当に、ホント~に! 秀と何もしてないわっ! ただ、その、ちゃんと、言葉にして想いを伝えあったというか、その勢いで、キ、キキ……」
「「「「「「キ?」」」」」」
「だから、キ……s……、を……。ハッ!?」
チッ! 我に返っちゃったよ、残念!
でもなるほどね。そうかそうか、ちゃんと告白したのか。二人の事だから心配はしてなかったけど、ちゃんとハッキリさせたか。うんうん、良かったね! 思わずホロリと――は、してないけど、涙を拭う仕草をしてみたり。
「おめでとう、鈴音。舞依、今日の夕飯はお赤飯だね」
「ふふっ、小豆があればそうしたかったけれど……。レティーシア殿下、メルヴィンチ王国ではお祝いの時に作る定番の料理はありますか?」
「お祝いにはご馳走を用意しますけれど、定番の料理というとこれと言っては……。ああ、ですが結婚式などの特別な日には、ホルポルという鳥の魔物の丸焼きが喜ばれるそうです」
「この国……、コルプニッツ王国だと、ドライフルーツやナッツをスパイスと生地に練り込んで焼き上げたお菓子を、記念日やお祝いの日に用意するのが定番ですね」
フルーツケーキというか、クリスマスプディングみたいな感じかな? ドライフルーツは何とかなるけど、ナッツ類が無いね。鳥の丸焼きの方も、ホルポルなる魔物を世界樹情報で調べてみたけど、遭遇したことが無かった。
「うーん、残念ながら材料が足りない……から、フルーツのタルトでも作ろっか?」
「そうね。卵のストックも増えたから、カスタードクリームも作れるし」
「やった! って、私の為じゃなかった。鈴音、楽しみにしててね!(ニヤリ★)」
「お祝いしましょうね(ニッコリ☆)」
「あ、ああ、あなたたちは……、もーっ!」
ザッバァーーーーンッ
「「「「「「きゃーーっ!」」」」」」
あっはっは。ちょっと揶揄い過ぎちゃったかな? 鈴音の照れ隠し津波でひどい目に遭っちゃったよ。でもまあ、本当に良かったね、鈴音。
それにしても殿下や侍女さんたちまで巻き添えにするとは。案外、鈴音も純情なところがあるね~。っと、ニヨニヨしてたら第二波が発生しそうだから、表情の管理はちゃんとしておこう。とはいえ――
「で、どんな感じで告白したの?」
「ちょ、まだこの話続けるの?」
「もうちょっといいじゃない。恋バナは男子のいないところでする話の定番でしょ」
「うー、まあいいけど……」
「秀、一つちゃんと確認しておきたいことがあるんだけど、いいかしら」
「ああ、もちろん。改まってなんだい?」
「あなたとの婚約はお互いの家同士が決めたことで、こんなことになってしまった以上、もう何の意味も無いわ。でも、私は秀以外の人と結婚なんて考えられない。私の意志で、そう思うの。秀はどうなの?」
「僕も同じだよ。僕自身の意思で、鈴音しか考えられない。鈴音が好きだよ」
「ちょっ、そんなストレートに……。と、とにかく、これからは恋人同士ってことでいいのよね?」
「ああ、これからもよろしく。……鈴音は言ってくれないのかい?」
「そ、そんなの、言わなくても分かってるでしょ。……好きよ(ポソリ)」
「ん? 今、なんて言ったの?(ニヤリ★)」
「あ、あなたは鈍感でも難聴でもないでしょっ! もうっ!」
「鈴音……」「鈴音さん……」
「な、ナニよ? なにかおかしなところでもあった?」
いや、おかしいとは思わないし、二人らしいと言えばらしいような気もするけどさー。なんだろうなー、この“聞きたいのとちょっと違う”感は? 甘酸っぱい告白っていうより、業務に関する報・連・相みたいじゃない。
「もうちょっとロマンチックな空気が欲しかったなーって。ねぇ?」
「ふふっ、そうね。もう少し、甘い雰囲気が欲しかったかも?」
ウンウン
私たちの感想に殿下たちまでもが頷き、鈴音はブクブクと泡を立てて温泉に沈んでゆくのであった。まる。




