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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十一章 コルプニッツ王国>
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#11-18 温泉ダンジョン




「あら、お帰り。内緒話は終わったの?」


「うん、まあね。そのうち皆にも話すよ」


 声をかけて来た鈴音にそう答えると、皆はそれで納得したように頷いた。唯一、不思議そうな顔をしていたのはレティーシア殿下ね。


 ちなみに今部屋の中に居るのはレティーシア殿下一行だけ。他の人は降下準備にバタバタしてる。


「私たちのいない間に、何か決まったことはありますか?」


「ああ、降りる順番についてだけど、王太子殿下の護衛騎士数名が先行して現地の安全確保をして、それから飛行船を降ろすという事だよ」


「決まったことっちゅうか、まあ通達やな」


 はいはい、りょーかい。でもレティーシア殿下の護衛として、こっちからも一人くらい人員を出した方が良いんじゃない? それも角が立つ? あー、向こうの護衛を信用してないみたいになっちゃうのか。


それじゃあ客人として大人しくしておきましょうか。


 各々装備品のチェックをしつつ雑談をしていると、程なくして先行した騎士から信号が上がり、飛行船が降下を始めた。




 この飛行船は後部のハッチが大きく開いて、そこからスロープ(的な板?)を降ろして乗降するタイプだ。列の先頭には王太子殿下が堂々と立っている。というか、待ちきれないご様子。


 案の定、スロープが下ろされた瞬間颯爽と歩き出し、側近とエリザベート殿下が苦笑しつつその後に続いた。


 私たちレティーシア殿下一行はその後ね。私が最初に出て、一応探知魔法を広範囲に広げてみる。うん、本当に弱い魔物しかいないね。しかも降下してきた飛行船に驚いたのか、蜘蛛の子を散らすように遠ざかってる。


「立派な建物やなぁ~。僕らのイメージする温泉宿とはちゃうけど」


「一般的なお屋敷とも違うね。どちらかと言えば、神殿に近い印象かな」


「ああ、石造りの柱とか彫刻とかがそんな感じよね」


 それには理由があって――って、危ない危ない。思わず施設の来歴を話しそうになっちゃったよ。


 トスン


 大丈夫だって舞依。ちゃんと意識すれば、これを知ってるのはおかしいっていうのは分かるから。だから肘を(軽~く)ぶつけたりしないで良いから。え? だったら口を真一文字に引き結ぶのも止めるようにって。おっと、無意識だった。指摘してくれてありがと。


 それはさておき。


 この温泉施設は元々、国の様々な儀式を行う前に身を清める――要はみそぎをするために作られたんだよね。だから神殿みたいな外観になっている。でもせっかく作った施設だし、次第に普通に湯治に利用されるようになったらしい。


 これは余談だけど、コルプニッツ王国はメルヴィンチ王国と比べると王家と神殿の距離が近くて、神官や巫女のトップは代々王族から出ている。神官・巫女になった時点で王族から籍は抜かれるけど、それまでの関係が完全に切れるわけじゃあ無いからね。政教分離? ナニソレ、美味しいの?


 ――っていうような解説・蘊蓄を、学者系側近さんがしてくれた。お陰で私が口を滑らすこともありませんでした。心の中でお礼を言っておこう。ありがとう。


 全員が降りたところで飛行船が一旦上空へ戻る。飛行船はその原理的に、上空に留まる方が手間がかからないからね。


「皆、準備はよいか? では行くぞ!」


 水から号令をかけた王太子殿下がバッとマントを翻して出発――しようとしたところで、立ち止まる。理由は簡単。温泉施設の建物の出入り口は崩落した上に、傍に生えている木の根っこが這っていて、完全に塞がってしまっているのだ。


 …………


 ビミョ~に気まずい沈黙の中、ヒュウッと風が吹き抜けた。


 笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ――なんて。


 王太子殿下がグルンと首を回してエリザベート殿下を見つめ、クスクスと笑うエリザベート殿下が私に視線を向ける。で、また私に全員の視線が集まるわけね。


 いや、別に照れはしないし構わないんだけど、困った時に取り敢えず私に訊いてしまえっていうのはどうなのよ?


 ハイハイ。出入り口の場所は魔力の反応で大凡掴んでますから。では、皆さん付いて来てくださーい。


 正面の施設の入り口を右手に迂回して、瓦礫やら木の根っこやらを踏み越えて施設の側面へ。荒れ果てて微かに面影があるってくらいだけど、たぶん庭園だったんじゃないかな?


 で、その庭園に面した壁――ちなみに壁の手前には回廊がある――には窓がいくつかあるんだけど、一つだけが開け放たれていて、その向こう側が不自然に真っ暗で見えなくなってる。アレがダンジョンの出入り口だね。なお、他の開口部は木製の雨戸で閉じられている。


 では王太子殿下、改めまして先陣をどうぞ!




 ザブン


 壁の開口部を乗り越えてダンジョンの中に一歩踏み出すと、いきなりくるぶしよりも少し上くらいまで水に浸かった。――違った。水じゃなくてお湯だった。


 ダンジョンの中は水浸しならぬお湯浸しだった。予想外というべきか、温泉ダンジョンなんだからこれはこれで正解というべきか、何とも判断に迷うところだね。


 入った直後の部屋は長方形の部屋で長辺が一〇メートルくらい。天井は結構高くて四~五メートルくらいはあるかな。外観同様石造りの神殿風デザインで、ゲーム的な意味でダンジョンぽいって言えるかもね。開口部には柱と梁の痕跡(残骸)はあるんだけどほとんどが崩れ落ちちゃってる。そのお陰と言っていいのか大きく拡がってるから、移動には便利そう。


 魔力探知を行うと、弱い魔力反応が開口部の大分先の方にある。一〇匹弱のグループで固まってて、動きは見られないし敵意も感じられない。っていうか、これって温泉に浸かってのんびりしてるっぽい? あー、寝てるのもいるね。


 ――うん? 足元のお湯に流れがある。ちょっと開口部の向こうを見て来るから殿下の事はよろしく。


 さてさて、どうして流れてるのかなーっと。おー、これは面白い。他の開口部も同じなのかな? うん、同じだ。


「ただいまー」


「お帰り。どんな感じだったの?」


「一言で言えば……、ウォータースライダーだった」


「え?」「はぁ?」「んなアホな」「それは面白いね」


「あの……、ウォータースライダーとは何でしょうか?」


 しまった。レティーシア殿下には伝わらなかったか。殿下に抱き上げられてるクルミと揃ってキョトンとしてて可愛い。


 っていうか、なんでクルミは殿下の腕の中に? 中に入ったらクルミが殆ど頭しか出て無かったから、思わず抱えあげちゃったと。なるほど。クルミは普通に泳げるし、専用ライフジャケットも装備してるから溺れたりはしないけど――まあ、殿下が楽しそうだからいいか。


「ウォータースライダーっちゅうんは、俺らの故郷にあった遊具で、大雑把にゆうと人工の坂に水を流してそこを滑って遊ぶもんです」


「チューブ状の曲がりくねった長ーい坂だったり、滑る時に一人か二人でボートみたいなものに乗ったり、色々バリエーションがあって面白いですよ」


「中にはもの凄い急角度で、ほとんど落っこちる感覚を味わえるものなどもありますね」


「そ、そんなものまであるのですか!? 皆さんも遊んだことがあるのですか?」


「私は余り過激なのはちょっと……。でも、あまり急ではないものは、誰でも楽しめると思いますよ」


「ウォータースライダーとはちょっと違うんですけど、もっと大規模にして、数人で専用の乗り物に乗って滑り降りるようなものもありますね。こっちは川の急流を下るみたいな感じですから、想像しやすいんじゃありませんか?」


「ああ、それなら分かります。なんと言いますか、皆さんの世か……んんっ。故郷(・・)は凄いところなのですね……」


 あはは。まあ客観的に見て、娯楽施設は数も規模も技術的にも現代日本の方が数段上だね。なにせこっちの世界は大災厄で技術と文化が断絶してるから、娯楽方面――というか文化全般かな――が発展途上って感じだ。こっちには魔法があって、科学技術では実現が難しいようなこともできるから、勿体無いよね。


「それはそうと怜那さん。ウォータースライダーっていうのは具体的には?」


「ああ、開口部の向こうは全部階段になってるんだよ。で、水が結構急に流れてるからそんな感じになってるの」


「温泉の流水階段カスケードか。そこだけ聞くと風流だね」


「っちゅうか、温泉はどこから湧いとるんよ?」


「ここが入り口で全部下り階段だったから、ここから湧いてるんじゃない。無限に」


「無限て……。それやと水没しそうなもんやけど……、謎空間やなぁ。さすがはダンジョン」








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