#11-15 秘湯、名湯、怪湯?
王家直轄の温泉地は、王都から一〇〇キロ弱の山にあるという。だいたい都心から箱根くらいまでの距離なんだとか(秀談)。かつては立派な宿泊施設があり、王家の保養地として、また賓客をもてなす地として利用されていた。
花を付ける落葉樹が多く、春には色とりどりの花が、そして秋には鮮やかな紅葉が楽しめるんだとか。他にも渓流や滝など、綺麗なスポットが歩いて行ける範囲に点在しているらしい。
ただ山の地形が所々入り組んでいたり険しく切り立っていたりする為、大災厄後の再建は見送られている。観光地なんて二の次の状況だしね。で、数百年もの期間放置されれば、山道なんてあっさり森に呑み込まれてしまう。視察もままならない状況になり、結局そのまま忘れ去られてしまったというわけね。一応、直轄地のままではあるんだけど。
王太子殿下は秘湯の話を聞き、この地の事がピンときたらしい。以前は現地に行くだけでも大変だったかもしれないが、今は飛行船という移動手段がある。空から直接現地に降りてしまえばいいんじゃないか――ってね。
そこまではいいとして、現地は魔物の巣窟になってるんじゃないのかな? それに宿泊施設とやらが跡形もなく崩壊してたら、流石に温泉どころじゃあない。完全に無駄足になっちゃうけど、その辺も大丈夫なのかな?
ああ、なるほど。飛行船が実用化されてから空からの視察は行っていたと。それで宿泊施設は? 部分的に崩れ落ちたり木々の浸食を受けてたりはあるけど、概ね無事だったと。
魔物の方はどうなんです? 大災厄前の資料になるけど、ここには大型の魔物は棲みつかないと。恐らく地形の問題だろうから、それは今でも変わらないはず。また空からの視察でも確認できていない。
うーん……、ある意味で私たちの目的に合致しているわけか。しかも今の時期ならまだ山頂付近には雪が残っている。景色も良さそうだ。
そう解説してくれたのは、リッド殿下とエリザベート殿下の護衛に就いている騎士の一人。無茶ぶりが大変そうですね。お疲れ様です。――あ、そんな遠い目をしないでくださーい。
ま、そういった次第で私たちは飛行船に乗って箱根――ではなく、温泉地へ向かっている。飛行船は観光バスくらいの比較的小型のもので、スピードが出て小回りが利く。
王家が所有している飛行船の一つで、前述の視察の時にも同型のものが使われていたそうな。つまり本来王族が乗るような仕様ではなく、内装とかもかなり質素――っていうか、飾りっ気は一切ない。殿下の側近が「もっと王族としての体裁を――」とひっそり嘆いていた。いや、本当にお疲れ様です。
船体の外周に設置されているデッキ――手摺の付いた廊下みたいなアレ――に出て下を見ると、外壁の一部が倒壊して森の浸食を受けているイイ感じの廃墟が見える。他には建物は見えないし、例の宿泊施設に間違いないだろう。
この辺りは山の中腹ってところで雪はまばらだね。山頂は雪の帽子をすっぽりとかぶっている。
「う~ん、温泉がどこにも見えへんけど……」
「お風呂は屋内ですから、外からでは見えないと思いますよ?」
「あっ、せやな。てっきり露天風呂があるもんかと思うとったわ」
「そういえば私も思い込んでたわね。やっぱり温泉宿と言えば付き物だし」
「露天風呂……、ですか?」
「屋外にある入浴施設ですね。もちろん施設の外部からは見えないように作られているんですが」
「温泉が湧いている泉や川をそのまま使っているところもありますね。そういうところは水着を着て入るところが多いですけれど」
秀と舞依の説明にレティーシア殿下がキョトンと首を傾げる。
まあ露天風呂の良さは説明してもよく分からないよね。基本的に屋外とは言っても施設の内側なわけだし、屋内のお風呂と何が違うのと言われてしまえばそれまでだ。舞依が挙げたような場所だと、もはや海水浴と大差ないしね。
あの解放感とか空気感とかは、実際に体験してみないとよく分からないだろう。体験しても“合わない”っていう人もいるし。
「外壁はエエ感じに壊れとるけど建物自体は無事みたいやし、上手くすれば露天風呂っぽい雰囲気は味わえるんやないかな」
「そ、それは上手くいっていると言えるのでしょうか?」
「まあそもそも私たちは、廃墟の秘湯を目指しているわけですからね。多少は壊れてた方がむしろ風情があるってものですよ」
「温泉を楽しむ前に片付けは必要そうだけどね」
「そこはまあ、魔法でちゃちゃっとやっつけるしかないわね」
それはその通り――なんだけど。
片付け云々の前にちょっとお風呂を探索する必要かもしれない。まあそれはそれで面白そうだし、私としては全然問題無い。
問題なのは、これを伝えてしまうとこの廃墟風呂探訪自体が中止になっちゃいそうなところ。うーん、悩み所だ。
気付かなかったフリで行っちゃう? 私たちだけならそれでもいいんだけど、殿下たちがいるからなぁ~。
さてどうしたもの――
「それはいいのですけれど……、怜那?」
「なに、舞依?」
びっくりしたー。内心の葛藤を察知されたのかと思っちゃったよ。とはいえ、そんなことはおくびにも出しません。よく訓練されてるからね!
「あの建物……、何か妙な気配を感じない? 私の気のせいかな?」
「ああ、私が指摘する前に舞依には分かっちゃったか。うんうん、よくできましたー」
花丸あげちゃいます。ご褒美は頭をナデナデで。うん、はにかむ舞依がとても可愛いです。追加でほっぺもふにふにしちゃおう。
「ハイハイ、続きは二人きりの時にしてね。……で、怜那? あそこには何があるの?」
パンパンと手を叩く鈴音に我に返る。もうちょっとイチャイチャしたかったけど、まあいいでしょう。早めに言っとかないと降下準備に入っちゃうからね。
「あの温泉宿、たぶんダンジョン化してるね」
「それは本当ですか!?」
「ええ、建物が異界化してます。屋内型のダンジョンでしょうね。崩落してる部分が出入り口になってるのかな? 思ったよりも建物が無事なのは、異界化した時点で劣化が止まったせいかもしれませんね」
「ああ……、確かに大災厄以降放置されていたにしては、建物の原形がよく残っているとは思っていました。なるほど、屋内型のダンジョンはその存在を維持するために、依代となる建物を保全する機能が備わっている……。出入り口以外の開口部が使用できなくなるのも、保全のルールに則っているから。では出入り口とは……」
「……ーシア殿下。レティーシア殿下っ」
「あっ! す、すみません、つい考え事を」
研究者としての顔が出て来ちゃったのかな。うん、照れて縮こまるレティーシア殿下がとても可愛いです。久利栖にはもったいないね! 今回の温泉で女子同士の親睦を深めるとしましょう。
それはさておき。
「取り敢えず、この件はお姉様たちに報告して判断を仰ぎましょう」
全員でブリッジに移動して、エリザベート殿下とリッド殿下に温泉宿がダンジョン化していることを報告。王太子の側近の一人がレティーシア殿下と同じく、劣化が想像以上に少ないことに疑問を感じていたらしく、恐らく真実であろうと結論付けた。
ちなみに意見を述べた側近の人は、護衛ではなくブレーン的なポジションっぽい。ぼさぼさ頭に瓶底メガネ、そして小脇に分厚い本を抱えているという、見事なまでにお約束を順守した外見をしている。きっとメガネを外して髪を整えると、イケメンに変身するに違いないね!(断言)
「レイナ。大凡で構いません、ダンジョンはどの程度のランクか分かりますか?」
うーん、エリザベート殿下も結構難しいことを訊くね。そもそも私たちが経験したダンジョンは例の卵――じゃなくてドードルを捕獲しに行ったダンジョンだけだし。
まあ今回はその経験だけでも役に立つけど。なにせドードルダンジョン(仮称)よりもランクは低そうだ。探知に引っ掛かる気配が小さいし、そもそもこの辺りの魔物は特に弱いという話だからね。
問題は伝え方の基準がよく分からないところ。エイシャさんが居ればその辺をすり合わせられるんだけどね。
「ドードルダンジョンのランクって……、どうだったっけ?」
「確か下級の上から中級の中までって聞いたね」
さっすが! 我らがリーダーの記憶力は頼りになる。
「それより低ランクなのは間違いないから……、少なくとも入ってすぐの場所が下級なのは間違いないと思います。それより先は深さ次第ですけど、恐らくは中級止まりってところでしょう」




