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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十一章 コルプニッツ王国>
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#11-12 閑話 常識が音を立てて崩れた空の旅でした(中編)




 私がメルヴィンチ王国を発つ日。短めの式典を終え、私は王家専用の飛行船に乗り込みました。


 式典が短いのは、お爺様――先王陛下が冗長な儀式を嫌っているからです。権威の問題で苦言を呈する大臣・側近もいるそうですが、参列する者には概ね好評と聞いています。


 家族との別れは昨夜のうちに済ませています。気持ちの整理は出来ているつもりでしたが、寂しいと抱き着いて来たシャルロットとヘンリーに、少ししんみりしてしまいました。


 私と、そして遊学へ赴く(という建前の)レティーシアの周囲には、レイナさんたちが護衛として付き従っています。特別に誂えた制服をごく自然に着こなし、護衛として周囲に注意を払いつつも威圧的になり過ぎない振る舞いには、正直脱帽というしかありません。


 こうしてスイッチの入った状態――リノンさんの言。言い得て妙ですね――の彼女たちは、普段纏っているの割と緩い雰囲気とはまるで違います。凛々しく、そして頼もしく感じられます。実際、彼女たち以上に頼りになる護衛は、少なくともこの時代には存在しないでしょう。


「ところでレイナさん。お聞きしても良いですか?」


「ええ、私に答えられることなら」


「何故、その鞄……トランク? を常に手にしているのですか?」


 護衛なのですから武器を携帯しているのは当たり前です。その中で、箱型の鞄をコロコロと運んでいるレイナさんは少々異質です。――というか、妙に緊張感を削ぐと言いますか、場違い感があります。


 彼女の持つトランクなるものに備わっている、驚異的な機能の幾つかは私も知っています。その一つに“いついかなる時でも瞬時に手元に召喚することができる”というものがあります。


 従って場違いな注目を浴びるくらいならば、王宮の適当な場所に置いておき、飛行船に搭乗した後で手元に呼び出せばよいと思うのです。


「ああ、トランクはなるべく持ち歩くようにしているんですよ。まあ一種のブラフです」


「ブラフ、ですか?」


 常に持ち歩いているところを見せておけば、仮に襲撃された場合、トランクを持っていなければ敵が油断するかもしれない。あるいは人質を取られて武装解除を迫られたような場合でも、それが無駄であることを敵に悟られないと。


 なるほど。普段からそこまで考えているのですね。


「エリザベート殿下、彼女の言葉は余り額面通りに受け取らない方が良いですよ?」


「せやで。怜那さんの事やから、大方そういう状況になった時に『かかったな(ニヤリ★)』とか『それで勝ったつもり? プー、クスクス』とかやりたいだけやな」


「人聞きが悪いなぁ~。護衛の任についてる以上、手札はなるべく隠しておいた方が良いでしょ。結果的に(・・・・)相手に精神的ダメージを与えられれば、それに越したことは無いけどね」


「「…………」」


 それは相手を挑発するだけのような気がするのですけれど……。


 ま、まあ頼りになるのは間違いないです。――ですよね?







 飛行船の旅は思っていた以上に楽しいものになりました。


 彼女たちに付き合う形で飛行船内の探検をしてみたり、大人数でゲームをしてみたり、怜那さんとクルミちゃん(カーバンクル)の演奏を鑑賞したりと、退屈する暇がありません。


 共に過ごしてみて分かったのは、やはり彼女たちはそれぞれに高い能力を持っているということ。そして個々として有能なだけでなく、チームとして優れているということです。それは信頼と経験に裏打ちされているからなのでしょう。


 特にリーダーであるシュウさんの能力は特筆すべきものがあります。


 決断力と統率力、そして深い教養と観察力に基づく洞察力を兼ね備える人物など、そうはいません。優れた容姿と隙のない立ち居振る舞いは、我々王族と比較しても遜色無いでしょう。――と言いますか、礼儀作法の授業が苦手なルナリアよりも確実に上です。残念なことに。


 その上、身体能力にも優れていて武術も修めているそうです。魔法に関しては、彼女たちのグループの中では最も適性が低いようですけれど、現在の世界基準で言えばトップクラスの数段上を行きます。


 あるゲームをワンセットプレイした後のティータイムでのことです。優雅な所作でお茶を淹れるシュウさんの姿に思わず感嘆の息が漏れます。


 なお何故彼が侍女の仕事のようなことをしているのかと言えば、彼の淹れるお茶が一番美味しいからです。私の侍女は、この旅程で彼から極意を学ぶのだと言っていました。


「エリザベート殿下、どうかされましたか?」


「……シュウさんは本当に多才だなと。お茶や料理の技術についてはおくとしても、彼が貴族や王族ではないというのが、どうにも信じられないのです」


 彼に限らず、今回召喚された方たちの母国には、基本的に貴族という階級が存在しないと聞いています。王(王族)に相当する者はいるとのことですが、それは統治するものではなく象徴として存在しているそうです。


「まあ、秀は貴族や王族ではあらへんけど、一般庶民かっちゅうとそれもちゃうわな」


「そうね。王族や貴族が為政者の一族を指す言葉だと定義すれば、真行寺家は貴族と言ってもいいかもしれないものね」


「おいおい、鈴音までそんな風に言うのかい?」


「あっちに居た頃なら、こんなこと言えなかった(・・・・・・)でしょうね。でも事実は事実として受け止めないとダメでしょう?」


「ごもっとも。残念なことだけどね」


「どういうことでしょう?」


「私たちの故郷は、制度上貴族が存在しないのは本当です。政治家は一般市民の支持を受けて選出されるんですけど……、無名の一市民が何の伝手も無く政治家になるのはほぼほぼ不可能なんです。やっぱり実績と知名度のある現職政治家が強いですから」


「別の方面で有名になったもんが、政界に乗り出して選ばれることはあるけど、そうゆうんはあんま長続きせえへんな」


「そういう状況が続くと、結局長年政治家を続けて来た者が後継者を立てて、自分の支持者をそのままスライドさせる……地盤を引き継ぐって言うんですけど、そういう事が常態化してしまっているんです」


「つまり事実上、為政者は世襲されていると?」


「そういうことですね。秀の家は代々政治家の家系で、御当主が一つ前の代の政治家のトップ……、こちらで言うとたぶん宰相? だったんです。領地や領民を持たずに中央の政治のみを行う法衣貴族のようなもの、と考えて差し支えないですね」


「なるほど……、異世界の政治体制も勉強してみたいですね。シュウさんのような優秀な方がこちらに召喚されてしまって、家の方はさぞ落胆されているでしょうね……」


「それはまあ。ただ、後継者という意味では問題は無いでしょう。僕は候補の筆頭だったというだけで、他にも候補はいましたからね」


「そう、ですか……」


 召喚されてしまったのは様々な偶然が重なった不可抗力だったとはいえ、こちらの世界側の問題です。形になりつつある、彼らが齎した変化や恩恵を嬉しく思ってしまう事が、心苦しくあります。


 もっとも召喚されなかった場合、彼らはもとの世界での死が確定しまうのですから、これで良かったと言えなくも無いのでしょうけれど……。


「そ、それにしても、お姉様はシュウさんにそのような印象を持たれたのですね。私はレイナさんにも……と言いますか、レイナさんにこそ王の風格を感じるのですけれど……」


「ああ、それは……」「「「「あ~……」」」」「キュウキュウ」


 少々暗い話題になったのを察したレティーシアが話を逸らしてくれました。いけませんね、妹に気を使わせてしまっては。


 それしてもなるほど、レティーシアはレイナさんをそのように捉えていたのですね。


 確かに彼女は途轍もない力をその内に秘めているのを感じます。彼女の懐の深さや鷹揚さは、その力を以てすればどのような状況でも対処ができるという確信から来る余裕なのでしょう。


 それだけならば確かに彼女は王者の風格を備えていると言えます。


 ですが……


「私はレイナさんには王や貴族などという枠には収まらない、なんというか……もっと異質な何かを感じます。それこそ運命すらも捻じ曲げて、自分のものとしてしまうような……」


「リズ姉様。それではレイナさんが神々と同列だと言っているようなものではありませんか?」


「ふふっ、そうですね。少々、大袈裟に過ぎたかもしれません。それに異質などと言ってはいけませんよね。レイナさん、失礼しました」


 レティーシアの茶化すような言葉に我に返りました。直感のままに言ってしまいましたが、我ながら有り得ない妄想をしたものです。


「それは別に良いんですけど……」


 気まずそうに視線を逸らすレイナさんの事を、三人と一匹が妙にジトッとした目で見つめています。マイさんは苦笑まじりにレイナさんの頭を撫でて慰めていました。


 …………


 えっと、この反応はまさか私の直感が正し……


 …………


 追及は、しないでおきましょう。世の中には触れてはいけない秘密があるのだと、夫婦喧嘩をしたときにお父様が仰っていましたし。








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