#02-06 冒険者クラン(自称)結成!
「もういいわ。……で、看板は何でもいいけど、まあ……便宜的にクランってしておくわね。クランを一から始めるのは、かなりハードルが高いわ」
聞き込みによって得た情報では。
まず基本的に一定以上の戦力が必須となります。これには装備品も含まれます。また窓口となる拠点、そして移動と運搬用に馬車も所持している事が普通です。つまりかなりの額の初期費用が必要になります。
また当然のことながら既存の業者が沢山あるわけで、そこに新規参入して利益を上げるのは困難なことでしょう。地道に営業し、コツコツと実績を重ねて信用を得ていくしかありません。業界内の得意分野の棲み分けにも配慮した方が無難です。
「――普通なら、ね。私たちには神様装備と上乗せされた能力があるから、恐らく戦力的には問題無いわ。馬車はいずれ手に入れても良いかもしれないけど、当面は私たち四人分の魔法鞄があれば運搬については大丈夫でしょ?」
「せやけど、営業とか僕らには無理なんちゃうか? 名実ともに訳アリやし、所詮はよそもんや。僕ならそんなんに依頼しようとは思わんけど……」
「魔物の肉や骨などは依頼など無くても、直接持ち込めば買い取って頂けるそうですよ。女将さんもお肉なら喜んで引き取ってくれると仰っていました。依頼料の上乗せや、経費の請求などは出来ませんけれど……」
「最初はフリーの猟師に近いかしら。正直、これ以外に選択肢は無いと思うのよ」
「それはさっきも言ってたよね。その理由は?」
神様から頂いた装備と上乗せされた高い能力を活かすならば、軍に入るのが手っ取り早く安定します。一応、聞き込みもしたのですが、軍は随時人員を募集しているそうです。
能力を出し惜しみしなければ、立身出世も夢ではないでしょう。
「でもねぇ……。神様の話、覚えてる? プリ〇スとウラ……何だったかしら?」
「ウラ〇ンだね、ランボ〇ギーニの。あー、下手に実力を出すと権力者に目を付けられる未来しか想像できないね」
「でしょう? 下手に組織に属して紐を付けられたくないのよ。そういう意味では、既存のクラン的なものに所属するのも同じことね」
そもそも私たちの第一の目標は怜那との合流ですから、移動することが大前提です。ここで名を上げて待つという選択肢もありますが、合流した後もここに居続けるとは限りません。というか好奇心と行動力が有り余っている怜那が、一つの街に留まるはずがありません。
従ってどこかの組織に属するのは、自然と選択肢から外れます。
それこそ秀くんと久利栖くんが言うところの冒険者ギルドがあれば、それがベストでした。街から街へ転々としつつ、その先々で依頼を受けて収入を得られるのですからね。
――もしかしたら物語を進行させる上で必要に迫られて、冒険者ギルドという仕組みが創作されたのかもしれませんね。
「要するに、自称冒険者クランをやるっちゅうことやんな?」
久利栖くんが一言で纏めてくれました。
過不足のない表現だとは思いますが……。なんでしょうか? この、急に自分がとてもちゃらんぽらんな人間になってしまったような気がするのは……
「……事件のニュースで『自称なんちゃらの~』とか言われるのってどうなのかしらって、ずっと思ってたけど、まさか自分がそうなるなんて……。人生分からないものねぇ」
「鈴音さん、何を今さら。俺らは異世界転移っちゅうとんでもない経験してんねんで?」
そう言われてしまうと、確かに職業が多少あやふやでも大したことでは無いように思えてきます。そういう考え方に余り慣れ過ぎてしまうのも問題ですけれどね。
鈴音さんも「そういえばそうだったわね」と小さく溜息を吐きました。
「久利栖のそういういい意味で大雑把なところは、ちょっと見習いたい気もするわね。ごくごくたま~にだけど」
「うんうん。……って、褒めてないやろ、それ?」
「そんなことないわ。いい意味で、って言ったでしょう?」
鈴音さんがニヤリと口元に笑みを浮かべます。
まあ照れ隠しでしょうね。ちゃんと褒めてると思いますよ。七割……、いえ六割くらいは、きっと。
「……そういうことなら、僕から一つ提案してもいいかな?」
「あら? 二人は基本的に冒険者クランには賛成だと思ってたのだけど?」
「うん、方向性はそれしかないと思う。そこにちょっと僕の希望を入れて貰おうかと思ってね。実は日本に居た頃から思ってたんだけど、キッチンカーをやってみたいんだ」
「キッチンカー? あの改造した軽トラックみたいな車で、軽食の調理と販売をするっていうアレ?」
「そう、それ」
日本での秀くんは、代々政治家を輩出している一族の生まれです。その高い能力とカリスマ性から本家の当主様から気に入られていて、いずれは地盤を継承することを望まれていたと聞いています。
自分の思う通りの未来を望むのは難しい状況でした。――そしてそれは、私を含めた他の三人にも当て嵌まります。
料理が本当に上手で、本職の方と比べても遜色が無いとは思っていましたが、そのような夢を持っていたのですね。異世界に来て立場を考える必要が無くなった以上、叶えられる夢があるのなら叶えるべきです。私も出来る限りの協力をしたいと思います。
私の夢は、近い将来にきっと叶うので。
「女将さんの料理を食べて……、それから商業区の屋台を覗いて見て思ったんだけど、たぶんこっちの世界って調理技術が余り発展してないんだ」
基本は焼くか煮るの二択。調味料は塩と砂糖とお酢。スパイスとハーブ類は高価なのか流通の問題なのか、種類が非常に少ない。またどうやら出汁の概念も無いらしい。
――などなど、秀くんがこちらの料理に足りない点を列挙していきます。
確かに、女将さんの料理はとても美味しくいただきましたけれど、基本的に余り凝った料理は無いな、という印象です。素材の味が良くてそれで満足できるから、下町ではこういう物なのかと思っていました。
「冒険者ギルドはないっちゅうのに、そっちのテンプレはあるんかい」
「テンプレート……、物語の決まった形ってこと? それにしても秀の料理の腕は知ってるけど、見ただけで良くそこまで分かったわね?」
「うん。僕はもともと嗅覚が良い方だったんだけど、こっちに来てからさらに良くなった気がするんだ。これも能力が上乗せされた影響かな」
「そういや……」「ああ……」「心当たりがありますね」
身体能力ほど顕著ではありませんけれど、五感が全般的に向上しているような気がします。特に意識的に集中すると感覚が良くなるように思います。
「肉は自分たちで動物や魔物を狩って調達して、なんなら野草とか果物も採取して、調理して販売する。仕入れのコストは押さえられるし、魔法を覚えれば燃料とか水回りも考えなくていい。勝算はかなり高いと思うんだ」
「せやな。魔物の素材は何時でも買い取って貰えるっちゅうても、旅人がいきなり持ちこんでも買い叩かれるかもしれへんしなぁ~」
「確かにそういう可能性もあるわよね。秀と舞依は料理に集中して、私と久利栖で販売とかその他の雑用をすれば数も出せる……。舞依はどう?」
「私も異存はありません。秀くんがメインの料理人で、私は補佐をするのですよね」
「舞依さんの協力も得られるなら問題は無いかな?」
一同を見回す秀くんに私たちは頷きます。私たちのクラン(暫定)の方針が決定しました。
「っちゅうても、いきなりは無理やろ? どこから手ぇ着けよか?」
「まずは狩り……というか、戦闘能力を身に着けよう。当たり前だけど日本ほど治安は良くないだろうし、これは必須だ」
「そうですね。能力が上がってるとは言っても、使いこなせなければ意味がありませんし……」
この点に関しては、四人の中では一番運動神経がよろしくない私がネックになってしまいます。がんばりましょう。――些か気が重いですけれど。
「そうよね。戦闘と魔法の練習も兼ねて、生活費と開店資金を稼ぐための狩猟をメインに活動しましょう。並行して秀と舞依は料理の練習。技術は申し分なくても、こっちの食材でこっちの人に合った味付けが出来ないと意味が無いもの」
「了解。ああ、久利栖と鈴音も、食材の下拵えは出来るようになって欲しいかな?」
「せやな。ま、そのくらいは出来るようにならんとな」
「分かったわ。……便利な調理グッズを持ち込んでればよかったわね」
「こっちにゃ百均とかあらへんもんなぁ~」
鈴音さんと久利栖くんが似たような表情で溜息を吐くのを見て、思わず頬が緩みます。
――うん。大丈夫そうです。ちゃんと笑えています。
怜那と離れ離れになってしまって、私自身、自分がどうなってしまうのか少し不安だったのですけれど、どうにかやっていけそうな予感がありました。
こうして私たちは自称冒険者クランとしての活動を開始しました。近い目標はキッチンカー――その前に屋台で練習をするつもりですが――の営業です。
魔法を覚えて安定して狩りができるようになってからは資金も増えていますし、料理の研究も進んでいます。後者に関しては、こちらの人――この国の人と言った方が正確かもしれませんが――の味覚は日本人とさほどの違いは無いようで一安心といったところです。
商業区の方での情報収集も続けていて、屋台の営業の始め方や、屋台をレンタルしている業者もある事が分かっています。そろそろ数日限定で試験的に営業してみようかという話もしています。
それから狩りのできない(したくない)雨の日を利用して精霊樹を訪ね、神様ともお会いしました。
そこで大陸共通語以外の言語の習得と、日本の家族と一度だけ連絡を取ることのできる使い捨てのアイテムを頂きました。アイテムは秀くんと鈴音さんがすぐに使用して、私たちが(一応は)無事であることを伝えてあります。
どんなに忙しくしていても決して拭い去れなかった胸のつかえ、心残りが、これでどうにか整理することができたように思います。
ちなみに私と久利栖くんが使っていないのは、怜那と合流出来た時や定住先を決めた時のような節目にまた連絡できるようにと取っておいている分です。親同士に面識があるのが幸いでしたね。
――こんな風に私たちの異世界での生活は、概ね順調と言っていい滑り出しだと思います。




