#11-03 悪い(?)予感
「なあなあ怜那さーん。折り入って訊いておきたいことがあんねんけど、ええか?」
翌朝の朝食の席でのこと。久利栖が妙にシリアスな空気を醸し出しながら、そう切り出して来た。――しかーしっ!
「駄目です!」
「もし俺らの旅に……って、駄目!? 話を聞く前からバッサリ!? ちょ、そらないで、怜那さぁ~ん」
いやいや、私の鋭敏な危険察知センサーが反応したんだよ。いわゆる虫の知らせ的な? 皆もそんな「聞くくらいは別にいいんじゃ……」みたいな顔をしないでよ。
なんとな~く旅支度を始めた辺りから、久利栖が何か妙なことを企んでるような気配を感じ取ってたんだよね。実際、「旅に……」って口走ってたし。
ちなみに信書は昨日の内にミクワィア商会に配達済みです。連絡が来たら挨拶に行って、そしたら王都を出発っていう予定になっている。――今のところは。
「言われてみれば、最近久利栖くんは考え事をしてたような気もするけど……。でも妙な事って例えば?」
「例えば……、例えば“王宮からレティーシア殿下を連れだして旅に出よう”とか?」
ギクゥッ!!
ええっ!? 流石に今のは冗談の類だったんだけど、まさかホントにそんなこと考えてたの?
「ちゃ、ちゃうねん! そんな誘拐まがいのこと考えてへんよ!?」
私も含めた全員がジトーッとした視線を向ける。クルミもヤバい人を見るような表情でスススッと久利栖と距離を取った。うん、ナイスリアクション。
「いや、ホントやって。ただ俺らの旅に一人増えても大丈夫かって訊こうと思てん」
「その一人っていうのがレティーシア殿下なんでしょ?」
「せやけど、ちゃうねん。まあ聞いてや。
たぶんココの王家としては、俺らの動向は把握しておきたいはずや。能力とか戦力とかもな。それに呪われた大陸に関する情報も知っておきたいかもしれへん。
ホントなら護衛とかバックアップの名目で騎士団の部隊を送り込みたいところやろうけど、場所が場所だけにそれは無理や。加えて俺らの存在自体はあんま広く知られたくはないやろう。
せやけど一人だけなら無理を言えば旅に同行させることができるんやないか……って、考えるかもしれへん。こないだ知り合った中で人選するなら、レティたんが適任や。
第一王女は婚約が決まっとるから万一があったらあかん。腐女子殿下は百合とBL部隊の統括をやっとるらしいし、双子ちゃんらはまだ小っさ過ぎる。
その点、レティたんは明確な役職があらへんし、獣人やから身体能力も高いし護身術も修めとる。ちなみに狼の獣人の瘴気耐性は人間と同レベルや。それに旅に出ていれば、表舞台に出て来ないのを変に勘繰られることもない。一石二鳥や(ドヤッ)」
「「「「…………」」」」
いや、すごい長台詞――というか演説だったね。熱量に圧倒されちゃったよ。(たぶん)時間をかけて考えただけあって、なかなかの理論武装だ。希望的な推測が過ぎるところはあるけど、言われてみれば確かにそうかもと思う部分はある。
ただ実際向こうサイドがそう考えてレティーシア殿下を捻じ込んで来るとするなら、それは一種の(ソフトな)ハニートラップだ。悪い見方をすればね。そこんところはどうなのよ?
「はっはっはー。何を仰る怜那さん。むしろウェルカムや!」
さいですか。予想通りの答えをアリガト。
「……で? もし、の話だけど、そんな提案をされたらどうするの、リーダー?」
「その前に確認だけど、できるできないで言えばできるんだよね?」
「それはもちろん。一人と言わず、王族ファミリー全員でも大丈夫だよ。物資の調達は追加で必要だけどね」
「なるほど……」
私の返答を聞いた秀は、組み合わせた手をテーブルに乗せ、やや背もたれに寄りかかった態勢で両目を閉じる。うーん、なんかちょっとムカつくくらい様になるね。このスパダリめ!
「そういう申し出があったら、その時は一人だけなら受け入れよう。皆もそれでいいかな?」
秀がぐるっと私たちに視線を合わせ、それに頷く。久利栖は「よっしゃ!」ってガッツポーズをしてるけど――
「まあ、そもそもそういう話があれば、の話だけどね」
「付け加えて言うなら、その一人がレティーシア殿下になるとは限らないわよ?」
「そうですね。あまり期待しない方が良いかと」
「ああ、間違ってもこっちから話を振ろうなんて考えないように!」
スココココンッ! と、私たち四人がかりで釘を刺されまくった久利栖はバタッとテーブルに突っ伏するのであった。
そしてさらに翌日の午後。私たちは馬車(モード)でミクワィア商会へと向かっていた。
昨日、久利栖に皆で釘を刺しまくったすぐ後くらいのタイミングで会頭さんから使いの人が来て、その場で予定を決めて今日の面会――というか会談かな――となった。会頭さんは対応が迅速だね。もちろんそれは私たちを優遇してくれてるんだっていうのは分かっています。
ま、それは有難い話、なんだけど。
今日になってまた使いの人が手紙を届けにやって来たんだよね。その内容っていうのが――
「どうしたの秀? 難しい顔をして」
「今日の会談、急遽ドゥカーさん、シェットさん、ティーニさんと……」
秀はチラッと久利栖を見てから溜息を吐いてから続ける。
「レティーシア殿下が来るらしい」
「なんやて! レティたんが来るん!?」
ピシューン フォン パキーン!
「あイタッ!」
「落ち着きなさい。そのテンションのままだったら、あんたはココに置いていくわよ!」
「まあ、失礼があると拙いから、それも致し方ない措置だね」
「そんな殺生なぁ~。折角の数少ない、レティたんと接触できる機会やのに~」
「接触、だなんて、や~らし~」
「そそっ、そういう意味ちゃうわ! 怜那さんも混ぜっ返さんといて」
「でしたら、先ずは深呼吸でもしてみたらどうでしょう?」
「せやな。すぅ~~~………………、はぁ~~~………………」
「長いね」「長いわ」「長いですね」「長すぎでしょ(笑)」
「オッケーや。落ち着いた。で、詳しく話してや?」
「いや、詳しい話も何も、本当に参加することになったとしか書いてないんだよ。つまり会頭さんにも予想外の事態なんじゃないかな?」
「旅に出る前に挨拶をしたい、っていう話は王家に伝わっていると考えるべきよね? 単純にレティーシア殿下が代表して挨拶に来るってことなのかしら?」
「それだけの事ならドゥカーさんが代理で来るだけでいいんじゃないかな。僕らが旅に出る前にどうしても直接話しておきたい事があるのか、旅そのものを一旦止めたい事情でもあるのか。……話してみない事には分からないな」
「まあ、参加を拒否できるものでもないし、行くしかないわよね」
「そうだね。それにしても……、これは怜那さんの言っていたハニートラップが現実味を帯びて来たってこと、なのかなぁ……」
「そうかもしれへんな(キリッ)」
いや、そんな真面目くさったキメ顔で言われても、内心でニヤニヤしてるのは手に取るようにわかるってば。
ま、ハニートラップについてはさておき。
何かしら提案なり要求なりはあると考えるべきだろうね。これはちょっと気を引き締めて行きましょう。――主に秀と鈴音がね。




