#10-14 東奔西走の一月でした(後編)
スケーターを走らせて一つ壁を越えて中央へ。内壁と城壁の中間あたりのメインストリート沿いに図書館はあった。
というか、この辺りは要するに学術エリアなのかな。図書館だけじゃなく、学校らしき建物も並んで建ってるからね。
これは余談だけど、この国では一般的に“学校”と言った場合、私たちの感覚で言うと大学もしくは大学院を指す。つまり様々な分野の研究を行う専門的な機関で、一般教養や語学の授業なんかは無い。
基本的には国営で、入学できれば学費は無料。寮生活をする場合は、家賃と食費も基本無料。国直属の研究開発及び人材育成機関みたいな感じだから、私たちの想像する学校とは性質が違うかもね。うーん、興味深い。ちょっと中を覗いて雰囲気を見てみたい。
ちなみに学校は王都以外の街にもある――ところもある。「そんな役に立つかも分からないものに予算を使えるか!」って考える領主もいるし、それに学ぶ方もどうせなら王都の学校でって考える人が多いからね。学校のある街は多くない。
だから街にある学校はその街の特色に特化してるって感じらしい。例えばノウアイラなんかだと、海洋関連の研究や技術開発に関しては王都以上なんだとか。
ああ、王都の学校に入学するための予備校(塾)的なものは学校とは別にある。当たり前だけど有料。そこで成績優秀なら学校に影響力のある貴族に紹介して貰えて、能力を認められたら学校へ推薦して貰えるって寸法だ。――なんだか面倒臭いね。
以上、ミクワィア家でのお勉強情報でした。ちなみに異世界転移のしおりには学校っていう存在に関する記述はあったけど、入学する具体的な方法に関しては載ってなかった。一般市民は知らない情報なんだろうね。
おっと、話が大幅に逸れちゃったね。では図書館へゴー! あ、身分証ね。はいはい、腕輪がありますよー。え? ああ、普段は身に付けてないんです。使う機会が無いし、見せびらかす物でもないですからね。
さて、調べたいことは主に地理。女神様からの依頼の件もあるし、旅もしたいからこれは必須だ。目的地である滅びた国についても知っておきたい。それからメルヴィンチ王国以外の国の政治体制や、外国人への対応なんかも調べておきたい。まあこれは地理にも関連してることか。
あと調べておきたいのは神殿が行ってる祝福について。ああ、ポーズじゃなくて本来の祝福についてね。久利栖はレティたん――もとい、レティーシア殿下と結婚したいみたいだからね。
調査の結果。地理関連の方はかなりの情報が手に入った。大陸の形とか、国の位置関係とか、政治体制とかその辺も含めてね。手伝ってくれた司書さんには感謝です。
問題は祝福の方。こっちは目ぼしい情報が手に入らなかった。
教科書に魔法陣の記載が無かったのは一般的じゃないからで、図書館なら分かるかもと思ったんだけど、そう上手くはいかないか。
ということは、教会が魔法陣を秘匿しているのか、或いは神様から授けてもらう魔法なのか。もしかしたら祝福は魔法と言うよりも対象者を指定するだけで、実際には神様が与えてるって可能性も?
うーん……、もっと詳しい情報が欲しい。どうにかならないものか。
司書さんに相談してみたところ、古い書物は例の大災厄で多くが失われてしまい、どこの国の図書館でも蔵書は似たり寄ったりなのだとか。ただこの大陸の西にあるロンドリーブ皇国とラビンネスト王国の間には、大災厄以前から残る堅牢で巨大な図書館があり、そこなら目的の情報が得られるかもしれないと教えて貰った。
調べ物は結局一日がかりになっちゃって、帰宅したのは既に夕食の時間が近くなっていた。
「お帰りなさい。もうそろそろ夕食だけど、先にお風呂にする?」
「舞依と一緒にだったらお風呂にしようかな?」
「ふふっ、それじゃあダメね、長くなっちゃうから。だからその、今はこれで我慢して?」
舞依は顔を寄せて私の唇にチュッとキスをすると、「着替えたら食卓に来てね」とちょっと頬を染めた顔で言うと、てててっとキッチンへ帰って行った。
舞依からキスをしてくれるのはちょっと珍しい。もしかしてシチュエーション的に新婚さんみたいとか思ったのかもね。うん、こういうのもとても良いです。
「大図書館かぁ……。それもまた浪漫だね」
「この世界、案外ファンタジーのお約束を分かっとるよなぁ」
夕飯を食べながら図書館でのことを話すと、巨大図書館のネタにファンタジーのテンプレに飢えている男子二名が食いついた。ま、これは予想通り。
「大きな図書館がファンタジーの定番なの?」
「いやいや、大きいっちゅうてもスケールが違うんよ。それこそバベルの塔みないなのとか、島が丸ごと一つ図書館だったりとか、入る度に中の構造が変わったりとか、そうゆうのやな」
「スケールがおかしいだけならともかく、毎回構造が変わるんじゃ調べ物ができないじゃない。何のための図書館なのよ……」
「そうゆうのは大抵管理者がおるんよ。で、その管理者の出すお題をクリアするか、戦って勝つかすると、目的の情報が手に入るっちゅう寸法やな」
「あの……、それはもうただのダンジョンで、図書館である必要はないのではありませんか?」
「「……確かに」」
まあ、アレだね。浪漫と合理性は相容れない概念なんだろうね。
「コホン。まあ大図書館についてはさておき、地理に関して分かったのは重畳だ。スマホに撮影して来てくれたお陰で旅にも使えるしね」
図書館で撮影して大丈夫だったのかって? 大丈夫、問題無し! スマホの周囲に遮音結界を張ったから、シャッター音が外に漏れることはありせーん。
「呪われた大陸はこの国の真南なのね。直線距離なら真っ直ぐ南下するのが一番だけど、かなり長い航海になるわね」
この世界は四つの大陸で出来ていて、一番大きな大陸に四つの大国がある。その中でも一番大きい国がメルヴィンチ王国だ。
大雑把に形状を説明するなら、楓の葉っぱを想像すると良いかもね。ただし枝分かれの突起は五つで。確か楓って軸の方にも小さい突起が二つあったよね?
五つの突起がある葉っぱを、上(北)から左(西)の三つの突起、右上(北東)の突起、右(東)の突起、軸を中心にした真ん中部分、の四つにちぎってそれぞれ離して配置する。軸部分は大分下(南)に。右部分はあまり離さず、右上部分は大きく離す。大体そんな形状と位置関係かな。なお、南極と北極に大陸は無い。
一番大きい破片の上の突起部分がメルヴィンチ王国。で、南に離した軸の部分が件の呪われた大陸という訳だ。
ちなみに話題に出た大図書館があるのは、左の突起の真ん中辺り。この突起部分は葉っぱで言うと太い葉脈の位置がほぼ国境線になっていて、二つの国に分かれている。
「ちなみに遠洋に出ちゃうと目ぼしい島は無さそうだから、本当にずっと船に乗ってることになるね。それと基本一般的な航路からは外れるから、当然魔物も沢山いると思うよ」
「せやったら大陸を海岸沿いに西に移動して、ラビンネスト王国の東から海に出ればええんちゃうか? 全体の移動距離は伸びるけど、航路的には短くて済むやろ」
「……で? どうせなら足を伸ばして大図書館を見に行きたい、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「なな、なぁ~んの事やら……」「ちょっと意味が分からない、かな?」
秀、久利栖、目が泳いでるよー。まあでも――
「呪われた大陸へ向かう途中で回り道をするかはともかく、私も大図書館には行ってみたいんだよね」
「まだ調べ足りないことでもあるの?」
「うん。とは言っても調べ物の方は急ぎじゃないから、女神様からの依頼を達成した後で良いんだけどね。……っていうか自分で言うのもなんだけど、予定外に時間を取られることも考えて、依頼は早めに片付けておきたい」
「……」「はぁ~」「せやな……」「確かに」「ぷひゅぅ~」
ちょっと! 皆してヤレヤレみたいな表情をしなくてもいいじゃない。まったく失礼しちゃうよ。
秀がコホンと小さく咳ばらいをして場を引き締めた。
「じゃあ、基本方針としては真っ直ぐ南下すればいいね」
「それが無難でしょうね。問題は海を渡る方法だけど……」
「怜那さんのトランクだと海の移動には時間がかかるってことだったから、やっぱり王家に船を出してもらうべきか……」
「それについては一応、やりようはあるんだよね」
筏と気球は馬車やスケーターほどスピードは出せないんだけど、魔力を込めた全力でトランクをぶん投げて中に収納すれば疑似的にスピードを出すことはできる。流石にそれをずっと続けるのは面倒だけど、筏や気球を併用して進めば、割と早く着くんじゃないかな。
一応、王様には「力を借りるかも」とは伝えたけど、できればあんまり頼りたくない。貸し借りと言う話よりも主に安全面で。航海中は私たちが乗ってるからどうとでもなるけど、現地に着いた後が問題だ。
「確かに、呪われた大陸の近海で待ってもらうにせよ帰還してもらうにせよ、かなり危険だね」
「うん。だったらいっそ私たちだけで行った方が、リスクも低いし気楽でしょ?」
「分かった、その方針で行こう。皆もいいかな? よし。じゃあ準備ができ次第出発ってことでいいかな?」
「えらい急やな? もうちょい温かくなってからでもええんやないか?」
「怜那さんが言ってたように、予期しない事が起きる可能性を考えると、早めに片付けたい案件だからね。それに途中で赤道を越えることになるから、季節的にはむしろちょうど良いと思う」
「ああ! 日本からオーストラリアに行くようなもんやった。確かに夏になる前に出発した方がええな」
買い出しをする物資のリストアップをし、食料品や消耗品の類は念の為に半年分ほどの量を計算していく。まあ特殊スロットの機能で増やすこともできるけど、それは非常手段ってことで今は考えないことにする。
ちなみに肉や魚に関しては道中で魔物を斃してゲットすればいいから除外――って、すっごいワイルドなことを普通に語るようになったものだね。
「じゃあキッチンカーの練習は一旦中断かしらね」
「えっ? 旅の準備と並行してそっちもやろうよ。っていうか、練習が終わったら出発しよう」
「「「「えっ!?」」」」
どうしたの、そんなに驚いて。え? もちろん女神様からの依頼を早く片付けるっていうのには賛成。でもわき目もふらず、ひたすら最短で行かなきゃってわけでもないでしょ?
まあ流石に立ち寄った街でいちいち営業許可の手続きをするのは面倒だけど、野営地だったら問題ないからね。
「あえて営業する理由も無いんだけど、どうせ旅をするなら楽しみながら行きたいじゃない」
「ふふっ、そうね。あんまり気負い過ぎても疲れちゃうし、そのくらい気楽に構えてた方が良いのかも」
「そうそう」
結局、私の意見を全会一致で採用。旅支度と並行してキッチンカーの営業準備も続けることにした。
基本的には真面目なタイプが揃ってる私たち――久利栖も根っこの部分では実直な性格だからね――だけど、ただただ生真面目で融通が利かないタイプでもないんだよね。しなきゃいけない仕事の中にも、遊びや楽しみの要素を見つけたいってタイプだ。あのおっかないご当主さんもそういう気質だったから、影響されてるのかもね。
――と、まあそんな感じでドタバタしている内に一月は過ぎて行った。
これにて十章は終了。次回から十一章となります。
年末年始の予定が立て込んでおりまして、年内の更新はこれで最後となります。
次の投稿は一月の第二週頃になるかと思います。
それでは皆様、良いお年を。




