#02-05 無いのなら、作ってみましょう
かなりの衝撃を受けたらしい秀くんと久利栖くんが、大きく溜息を吐いた後で徐に体を起こしました。復活したのでしょうか?
「うん、話を聞いていて分かった。冒険者とギルドが成立するとすれば、最初からギルドを中核とした社会システムを構築した場合なんだね。でもそうなるとギルドは自然と国側の組織になるわけか」
「逆のパターンもあるんちゃうか? 国連的な組織を後付けで作って、技能やら人格やらの試験をパスしないと冒険者にはなれん、っちゅう感じでな。つまり冒険者になれただけで、それはエリートなんや! ま、この場合でも結局、国のヒモは付くんやけど」
想像していたような冒険者ギルドは無いのだと納得しつつも、まだ存在する可能性はないのか考察している――というところでしょうか?
よほど冒険者や、それが登場するファンタジー作品に思い入れがあったのでしょうね。久利栖くんがゲームやマンガを趣味としていてオタクを公言しているのは知っていましたが、秀くんも結構嵌っていたようですね。ちょっと可愛らしいです。
「なんにしても僕らの当ては外れてしまったわけだ」
「せやな~。ま、ここはスパッと諦めて、なんか考えんとあかんわな」
復活して下さったようで何よりです。
――ただ、ですね。
実はあるんです。冒険者ではありませんけれど、それに近いものは。
お二人は恐らく冒険者というキーワードに拘って聞き込みをしたせいで、その情報が入って来なかったのでしょうね。
別に隠していたわけではありません。ただお二人が思ったよりも粘り強く反論するものですから、こちらもそれに対応してしまったというだけなのです。
本当に、他意はありませんよ?
少なくとも私はそのつもりなのですが……
「なれるわよ」
鈴音さんが澄まし顔で言葉を放り投げました。
あ、やっぱり意図的に隠していたようですね。
「え?」「はぇ?」
「だからなれるわよ、冒険者。というか、私もそれが一番いい選択肢だと思うわ」
確かに今、時間が止まりました。勿論秀くんと久利栖くんの体感的な話ですけれどね。
余り隙を見せることの無い秀くんの、鳩が豆鉄砲を食ったような表情はとても珍しいです。後で怜那にも見せたいですね。ちょっと写真を撮っちゃいましょう。
パシャリ
スマホのシャッター音にお二人が我に返ります。
「ナイス、舞依。後で見せて」「はーい」
鈴音さんがグッと親指を上げます。
被写体となってしまった二人は、同時にげっそりと溜息を吐いていました。
「ごめんなさい? 最初はからかうつもりは無かったのよ?」
「最初は~っちゅうことは、途中からはおちょくっとったんやろう」
「ちょっとこの世界に夢見てる二人の幻想を、最初にちゃんと壊しておかなきゃと思っただけよ」
久利栖くんの恨みがましい視線を、鈴音さんは華麗にスルーします。
「惜しいっ! そこは『ぶち壊す』が正解や」
「ナニ意味不明なことを……」
「まあ……、さっきの議論は何だったのかと言いたい気もするけど、それは良しとしよう。僕らもちょっと変なテンションになってたような気がするしね」
秀くんが姿勢を正して、きちんと聞く体勢を整えました。ここから仕切り直し、ということなのでしょう。
「それで、冒険者みたいなっていうのは、どういうことなんだい?」
「ええ。私たちが聞いた話だと――」
魔物の暴走があるこの世界では、その総数や分布などの動向を調査し、定期的に間引くことはとても重要なことで、領主――国と言ってもいいでしょう――の最も重要な責務とされています。従って大規模な軍を保有しています。
魔物は厄介な存在ではありますが、同時に資源でもあります。軍による定期的な駆除作戦で手に入った様々な素材や食肉は、領主や作戦に協力した貴族の取り分を差し引いた残りが市民に払い下げられます。
定期的に流通する魔物の肉は貴重であるだけでなく大変美味で、駆除作戦を終えた軍が帰還してからしばらくすると、街はちょっとしたお祭り騒ぎになるのだとか。
さて、お肉については“たまのご馳走”ということで、無ければそれで我慢できます。家畜(非魔物の動物)の肉は何時でも手に入りますからね。
しかしながら素材の方はそうでもないようです。様々な用途に使用されるために、慢性的に不足しがちなのだとか。特に貴重な素材は、領主や貴族が持っていくでしょうからね。
また貴重ではなくともニッチなもの。例えば駆除対象にならない弱い魔物の素材で、汎用性はないけれど特定の作業には必須のものなど、軍という大きな組織では対応しきれない隙間がどうしてもできてしまいます。
そういう素材は、必要とする者が独自に調達する必要があります。
職人さん――魔道具職人、鍛冶職人、錬金術師、薬師など――の中には、自身で調達する武闘派な方もいるそうです。が、少数派です。
大抵の場合は商会に依頼すれば賄えるそうです。これは余談ですが軍とコネを持っていることが、商会が大きくなれる条件らしいです。こういう生臭い話は、異世界であろうと違いが無いようですね。
さておき、通常は流通に乗らないような素材が必要となる場合や、調達に急を要する場合もあります。その時に依頼するのが、冒険者に近い存在なのです。
「うん、なるほどね。……ちなみに何て呼ばれてるんだい? 冒険者じゃないんだよね?」
「ええ。でもこれと言った特定の呼び方は無いみたい。猟師、ハンター、調達屋、傭兵……いろいろね。商会を名乗る場合もあるそうよ」
「商会は分からんでもないんやけど、傭兵はちょいジャンルが違うような気がせえへん?」
「傭兵を名乗っている方は、主に職人さんが採取をする際の護衛を担っているようですね。大きな商会にはそういう部隊を抱えているところもあるそうです」
秀くんと久利栖くんが言うところの冒険者に当て嵌めると、冒険者のグループが個人経営のギルドを運営しているという感じでしょうか。
「そういえば作品によっては、冒険者パーティーでギルドを運営している場合もあったっけ。そのパターンならあり得るのか」
「その場合は“クラン”言うことが多いな」
「クラン……。それってなんか秘密結社みたいじゃない?」
「ああ、KKK? それとはスペルが違うんじゃないかな? 頭文字がKじゃなくてCだから」
「きっときっと〇えでちゃん? 確かにちょっと狂信的やな、アレは」
「だからなんなのよ、それは……」
よく分からない言葉で混ぜっ返す久利栖くんに、鈴音さんがジトッとした視線を向けて溜息を吐きました。
秀くんに視線で問いかけてみると、返事の代わりに肩を竦めます。どうやら秀くんにも分からない、かなりディープなネタだったようですね。