#10-10 閑話 エミリー、王都へ行く(前編)
十二月も半ばを過ぎると、街がにわかに活気づきます。新年を迎えるお祭りに向けての準備が始めるからです。
当然、ミクワィア商会も繁忙期で、お母様やお兄様たちが慌ただしくしています。私はまだ勉強中で商会をお手伝いすることはできないので、基本お屋敷に居るのですけれど、それでも忙しい雰囲気は感じます。
お祭りは楽しみなのですが、このような時、私はまだまだ子供なのだなと感じて少し落ち込んでしまいます。
いいえ、違いますね。落ち込むのではなく、前向きに。早くお手伝いができるよう、いつも以上にお勉強を頑張りたいと思います。――人前に出るのは相変わらず苦手なので、裏方で貢献できるように。
それにしてももう今年も終わり、なんですね。
「はぁ……」
「ふふっ、また溜息をしておいでですよ。何か悩み事ですか?」
「悩み事……とは、少し違うのだけれど……」
現在、お父様とツワイトお兄様――上から二番目のお兄様です――が王都に滞在中で、ノウアイラのお屋敷に居ません。そのまま王都で年明けを迎えると連絡を受けています。
仕事の関係で、お父様やお母様、上のお兄様たちはお屋敷に不在の事も多く、新年を迎えるお祭りでも家族全員が揃わないこともありました。ですから溜息の原因はそれではありません。
あ、お父様とお兄様が居ないことは、もちろん寂しいと思っています。――けっしてそう言わないと二人が拗ねてちょっと面倒臭くなるとか、そういう事ではありません。本心です(強調)。
「結局今年は、レイナお姉様の行方が分からず仕舞いだったなと思って……」
「ああ……。ええ、そうですね」
レイナお姉様がノウアイラを発って暫くして、お父様が王都へ向かいました。その後一旦こちらに帰ってきましたが、この時は殆ど間を置かずに王都へとんぼ返りしてしまいました。この時、ツワイトお兄様も同行しています。
お父様の話では、王都で新しい食文化のブームが起こり、とても忙しくなっているとのことでした。斬新な調理法で、かつ美味しい料理を出す屋台が突然王都に現れ、話題をさらったことが事の発端だったそうです。
そして屋台の経営者の情報を精査してみたところ、お姉様のお仲間か、そうでなくとも同郷の者と思われるとのことでした。
高い能力や技術を持ちながら妙に常識に疎いこと。また商売をしているにも拘らず、なぜか稼ぐことにさほど力を入れていないように見えることなど。確かにお姉様に通じるところがあるように思えました。
レイナお姉様は仲間を探しに王都へ向かうと仰っていたので、その予想は正しかったということですね。
ただ肝心のお姉様の情報が一向に入って来ません。
もちろんタイムラグはあるわけですが、この時点でお隣のドゥズールやその先のロザンからすら何の情報も無いというのはおかしいです。従ってお姉様は街を迂回して王都へ向かっているのでしょう。理由は見当もつきませんが……。
けれどそうだとするともうお手上げです。王都に到着するのを待つしかありません。
「レイナ様の事ですから、心配はいらないと思いますよ?」
「うん。心配は……、あまりしていないの」
自分でも不思議なのですが、そういった不安は不思議とありません。何故かお姉様が危機的状況に陥るという状況が、上手く想像できないのです。
「では、何を気にしておいでなのですか?」
「その……、レイナお姉様との繋がりが切れちゃったような気がして……」
ちょっと子供っぽい本音を漏らすと、シャーリーが「まあ」と目を円くした後でクスクスと笑います。むぅ~、正直に答えたのに笑うのは酷いと思います。
お姉様は私たちの事をすぐに忘れてしまうような方ではありません。一緒に過ごした時間はそう長くはありませんけれど、そう信じられるお人柄でした。
けれど目に見える“何か”がないとどうしても不安になってしまいます。お姉様がどこかの街で紹介を利用して下さったら、その時私たちの事を少しでも思い出してくれるのではと思えるのに……。
そんな風に心のどこかにもやもやとしたものを抱えつつ時は過ぎ、気付けば新年を迎えるお祭りが目前に迫っていました。
ノウアイラは貿易が盛んな港町で、人とモノ、そしてお金が集まる大都市です。それに相応しく、新年を迎えるお祭りも盛大に行われます。お父様の話では、王都のお祭りに次ぐ規模(経済的な意味で)なのだそうです。
そんなお祭りの準備に大忙しの最中、王都に居たツワイトお兄様が突然――本当に連絡すらなく――帰ってきました。
重大な報告があるからと、ノウアイラに居る家族全員が居間に集められました。
なんでも王都では王位継承を巡る、第四・第五王女殿下の暗殺未遂事件があったそうです。事件は既に解決し、首謀者(黒幕)は失脚。結果的に王位継承に関する話が前に進みそうだとのことです。
なお、この話は一般には公表されていない事実なので、口外しないようにと言われました。……そういう事でしたら、まだ仕事に携わっていない私は知らなくても良かったような気がしますけれど、お兄様はなぜ私にも話したのでしょうか?
「何故狙われたのが、一番下でしかも双子の両殿下だったのです? 王位継承からは一番遠いでしょう?」
「……間接的に第三側妃様を王宮から排除しようとしたという事でしょうか」
「王宮には得難い人物ですからね。仮にそうだとしても、事件解決で王位継承の問題が解決するとは思えませんよ? どうなのです、ツワイト?」
「それが実は……、一番下の第五王女殿下が男子、つまり現王家で唯一の王子だったのです」
居間に集まっていた家族全員が驚きました。
今頃王都では正式に発表されているそうなので、ノウアイラでもじき話題に上る事でしょう。
アンリ殿下改めヘンリー殿下は正式に王太子となり、生家であるロックケイヴ子爵家は伯爵へと爵位を上げることになる。国王の実家を子爵のままにしておくわけにはいかないという事でしょう。
そしてこれはまだ内定の段階ですが、多少の間を置いてミクワィア家も伯爵に昇爵するとのことです。
――どういう事でしょうか?
確かにミクワィア家はロックケイヴ子爵家の経済的な後ろ盾と言えますし、血縁もありますけれど、それが昇爵の理由になるとは思えません。
「それから祭りの最終日にチケットが取れたから私はまた王都へ戻るんだけど、その時はエミリーにも同行して貰うから、そのつもりで準備を始めてくれ」
「えっ!? 私、ですか?」
次から次へと出てくる情報に理解が追いつきません。まだまだ勉強中の私にも分かるように話して欲しいです。
もっともそれはお母様も同じだったようで、
「説明が足りませんよ、ツワイト。順を追って、分かるように、詳しく、お話しなさい」
ぴしゃりとお兄様を窘めました。
ちょっと頭がくらくらしてきたところなので、正直ほっとしました。




