#10-09 来ちゃった!
カランコロン
家の中から鐘の音がした。これは門扉の横に付けられている簡単な魔道具で、魔力を通すと離れた場所に設置されている鐘が鳴る仕組みになっている。要するにチャイムね。アナログな鐘の音が結構気に入ってる。
大掃除の時に動作チェックはしたけど、来客が鳴らしたのは今回が初めてだ。
では、お出迎えに行きましょう。ああ、知り合いだから私が行くよ。皆はエントランスで待ってて――って、一緒に来るの? 別にいいけど。
という訳で、全員で一旦屋内に戻ってからエントランス経由で外へ出る。庭から直接問に行った方が近いんだけど、テラスは魔法でピカピカにしたから室内履きのままだったからね。
ちなみにカーバンクル(名前募集中)も一緒。フルーツ食べ放題に満足したから――って思った? 答えはNO! 名残惜しそうにしてたけど、この子は根本的なところで結構寂しがり屋というか、誰かと一緒に居たがるというか、仲間外れが嫌いというか、まあそんな所があるんだよね。そういうところは可愛いと思う。
玄関を出ていつもよりちょっと早く歩いて門扉の方へ向かうと、お嬢様と侍女の二人組が何やら揉めている――というか、お嬢様がお小言を言われているのが聞こえてくる。
この屋敷は敷地を区切る門と塀が、金属製のフェンス――槍みたいな棒が立ち並んで、間がSか§みたいなので繋がってる感じのアレ――だから外の様子や音が結構分かる。
聞こえた内容を纏めると、要するにアポなし訪問は良くないってことかな。もっともお嬢様――エミリーちゃんはソワソワしてろくに耳に入って無さそうだけど。
「いらっしゃい、エミリーちゃん。シャーリーさんも。今門を開けますね」
声をかけてから門の鍵を外すと、秀と久利栖が両側から門扉を開いてくれた。うんうん、レディファースト教育が身についてるね。
ててててっ ぴょ~ん
「レイナお姉様っ!」「おっとと」
門が完全に開ききる前にエミリーちゃんがこっちに駆け寄り、跳びついて来たのを抱きとめる。今回はスピードも無いし軽いからその場で受け止める。――あっ、舞依が重いってことじゃないよ? あくまでも“比べれば”の話だから。
「来ちゃいました!」
満面の笑顔のエミリーちゃんが可愛い。それから久利栖。初対面のお嬢様相手なんだから、変な合いの手は止めなさい。別に「来ちゃいました」でも「来ちゃった」でも大差ないでしょ。
「うん、久しぶり。元気に……は、してたみたいだね。シャーリーさんも、ご無沙汰です」
「ご無沙汰しております。申し訳ありません。お嬢様がどうしてもと聞かなかったものですから……」
「あはは。それは全然構わないんですけど、今日で良かったです。どうにか家の中の片付けは終わったところなんですよ」
「引っ越したばかりで、お忙しいだろうと申し上げたのですけれど……」
シャーリーさんが頬に手を当てて溜息を吐き、エミリーちゃんがプイっとそっぽを向く。あはは。二人は相変わらず仲良しみたいだね。
「怜那、取り敢えず中へ移動しましょう?」
「うん、分かった。じゃあ、紹介も中に入ってからにしよっか。……あ、来客用の室内履きが無いんだっけ?」
「それは大丈夫よ。私と舞依でふかふかスリッパの試作をしてたから」
「おー、仕事が早いね!」
では、お二人様を家の中へご案内しましょう。
十数分後、居間兼応接間へ。ちなみに侍女のシャーリーさんも今日はお客様だから、ソファに座って頂きました。ぶっちゃけ私たちが落ち着かないので。そもそもこの国の身分的に言えば、私たちよりシャーリーさんの方が上だと思うしね。
そのエミリーちゃんとシャーリーさんは、ちょっとぽけっとしている。家に入ってからいろいろ驚いていたからね。応接間に辿り着くまで少々時間がかかった理由がそれね。
玄関で靴を脱ぐ風習はやっぱりこの国ではないらしい。例えば子供部屋――というか子育て部屋?――なんかを部屋単位でそうしていることはあるけど、家全体でとなると聞いたことが無いんだとか。
室内履きにした方が汚れも少ないし衛生的だから、シャーリーさんは興味を持ったみたい。ただ貴族の屋敷となると大勢の来客がある時や、時にはダンスパーティーをする時もあるから、かなり難しいだろうね。
ほかにもちゃんと足を拭いてから中に入るカーバンクルだとか、玄関マット代わりに敷いておいた魔物の毛皮とか、基本余り気味の魔力を有効活用して全館空調完備にしてることだとか、色々と驚くポイントがあったらしい。
余談だけど、玄関マットっていうかラグにしている毛皮は、ディラーブと呼ばれる魔物のもの。なお、名前はトランクの機能で判明。ややずんぐり体型で角の無い鹿って感じの魔物で、キリンみたいな網目模様の毛皮が特徴。で、その毛皮に惹かれて、大きな個体をゲットしておいた。
使われないままトランクの奥底に眠ってた獲物で、この度ようやくお目見えとなった。お屋敷のラグと言えばやっぱり動物(魔物)一匹丸ごとの毛皮だよね、ってことで。
「怜那さ~ん。そら発想が昭和やで?」「プー、クシュクシュ」
「成敗!(弱デコピンショット×二)」
「アウチッ!」「プギャッ!」
――フッ、またつまらぬものを撃ってしまった。
まったく、お客様の前で余計なツッコミをしないの。カーバンクルも意味も分からず便乗しないの。まったく。
「くすくす。仲が良いんですね、レイナお姉様」
「まあね。騒々しくてゴメンね」
舞依と秀がお茶と軽く摘めるものを持ってきて、応接間に全員が揃った。では改めて紹介しましょう。
まずは舞依たちにエミリーちゃんとシャーリーさんの紹介をして、次に舞依たちの事を順番に紹介する。役割分担的には秀がリーダー、鈴音がサブリーダー、舞依は常識枠のストッパー、久利栖とカーバンクルはお調子者ね。
「いやいや、お調子者ってなんやねん!? なぁ?」「チチッ!」
あはは、息ピッタリだね。いや、役割っていう意味ではムードメーカーなんだろうけど、普段の言動とか性格なんかも含めるとやっぱり“お調子者”が合ってると思うんだよね。
「まあ、妥当ね」「そうですね」「否定しがたい事実ではあるね」
ほら、三人も同意してる。まあまあ、そうガックリしないで。
そもそも久利栖のそれは半分は意図的なものなんだし、この評価は本望でしょうに。ま、それは皆分かってることだから言わないけどね。




