#10-08 転移魔法は使える? 使えない?
「それにしても……、隠し部屋ごと潰してしまわなかった理由は何だろう?」
「それはやっぱり、いずれまた使う機会があるかもしれないって考えたんじゃない? 実際、物件は王家所有のままだったわけでしょう?」
「うん。でも人の口に戸は立てられないし、お忍びの拠点だったことを知ってる人は少なからずいるだろう? 慎重を期するなら、物件は手放してしまって、必要になったら新しい拠点を作った方が良いと思うんだけどね」
「ああ……、そうね。長らく放置されていた王家所有の物件がまた使われるようになったら、何かあるかもって思う人はいるでしょうし」
お忍び好きの王妃様なんて、ゴシップのネタとしては最高だからね。当時は見て見ぬ振りをしなきゃいけなかったとしても、噂はもちろんあっただろう。そんなある意味曰く付きの物件がまた使われるようになったら――うん、怪しいね。
とはいえ。たぶんここじゃないとダメだったんだよね。
「推測になるけど、ここの立地に関係してるんだと思うよ」
ここってメインストリートからはちょっとズレてるけど、ちょうど地脈の合流地点で太くなってるところの真上なんだ。恐らく転移装置は相互の位置情報を確認するために、地脈のネットワークを使ってるんじゃないかな? それと起動にも地脈の魔力を利用しているのかもね。
あくまでも推測だから、話半分くらいで聞いてね。うん、分かってるなら良し。
「せや、転移装置があるっちゅうことは、魔法て転移できるっちゅうことやんな? 怜那さんの事やから試したことはありそうやけど、使えるん?」
「使えることは使える。……でも実用性があるかって言うと、微妙かな」
「使えるけど実用性はない? どゆこと?」
これは使って見せた方が早いかな。
テラスの端っこの方に狙いを定めて転移用の魔法陣――魔力の線で円を描いて、内側に神代言語で転移の設定を書き込む――を描き、テーブルの上にも同様に魔法陣を描いて、相互を魔力の線で繋ぐ。なお転移陣は直径三〇センチくらい。
カーバンクル用にテーブルに並べてあったピロールとマンゴーを一つずつ手に取って――
テシテシ ピシッ!
それは自分のって? ちょっと実験に使うだけだって。別に取り上げたりしないから。まったくキミは、ホントに食い意地が張ってるんだから(笑)。
では気を取り直して。果物を二つ転移陣の中に置いて起動させると――瞬時にテラスの端にある魔法陣へと移動していた。
「わっ!」「凄いじゃない!」「おおっ!」「ゲート型やな!」
感心した様子で皆が拍手してくれる。ありがと。反対側を起動させて果物をテーブルに戻してから術を消す。
「凄いやん。どこが使えんのよ?」
「どこがも何も、この魔法には問題が山積みなんだよ」
まず転移先の正確な座標を把握できてないと魔法陣が描けない。魔力的なマーカーがあれば一キロくらいの距離ならギリできるかも? それ以上は何か別の方法を考えないと無理ね。
次に神代言語を使うから、魔法陣を描くのに結構時間がかかる。まあこれは慣れで短縮できるかもだけど。
で、最大の問題は魔法陣の大きさ、転移する距離、転移させるものの質量で消費魔力が跳ね上がる。しかも加算じゃなくて乗算で。正直、外部から魔力の供給をしないと、キロメートル単位での転移は現実的じゃあ無いね。
あと運用上の問題として、仮に転移先の座標を知ることができたとしても、その場の状況までは分からないからね。転移した先でいきなり事故なんてことにもなりかねない。
使えない――とまでは言わないけど、使用法はかなり限定される魔法だね。
「例えば潜入作戦なんかで、誰かが先行して安全な場を確保して、そこに残りのメンバーが転移する……みたいな感じか」
「うん、そんな感じ。ただそういうのって私たちの場合、トランクの機能を使った方が手っ取り早いでしょ? コストもかかんないし」
「「「「あぁー……」」」」
うんうん。ご理解して頂けたようで何より。
ともあれ。地脈上のポイントに転移装置を設置するっていうのは、色んな面で合理的ってことね。
――これをさらに拡大して考えると。
現在のこの世界では、街ごとに――というか精霊樹ごとに地脈がスタンドアロンになってるんだけど、もっと精霊樹が増えてそれぞれの地脈が接続されてネットワークになれば。或いは街から街へ、転移できるようになるかもしれない
もしかして大災厄以前の世界では、そうやって街と街を行き来していたのかも?
うーん、興味深い。でも推測の域を出ないのがね。もっといろんな情報が欲しいところなんだけど――
「考え事?」
舞依の声が私を現実に引き戻す。
「うん、ちょっとね。もっといろんな情報が欲しいなと思って」
まだ皆にも話してないけど、何しろ私の手元にはとびきりの手札が一枚ある。未だ芽が出ていない精霊樹がね。
ま、どうするのか大まかには決めてるんだけどね。でも情報は多いに越したことは無い。
隣に座っている舞依が間を詰めて、ぴとりとくっついた。
「近い内に話してくれるんだよね?」
「うん、舞依には真っ先に話すよ。だからもうちょっと待ってて」
「もう……、分かったけど、あんまり隠し事はしないでね? 信じてるけど、どうしても心配はするから」
「ゴメン。いつもありがとう、舞依」
感謝を込めて、頬にチュッとキスをする。はにかむ舞依がとっても可愛い。
そんな感じでただ駄弁って、まった~りのんび~りした時間を過ごす。
結構長い時間離れ離れだったからね。わざわざ報告する程重要なことじゃあなくても、話のネタはそうそう尽きない。
私も結構オモシロネタを提供したつもりなんだけど、なぜか皆にはウケが悪かった。いや、悪いって言うのは違うか。予想してた反応と違う、が正しいね。
なんていうかねー、ウケるんじゃなくて呆れるんだよね。開いた口が塞がらないって表情で、最後は「怜那だもんね」で締めるという。うーん、解せぬ。
それにしても食後のお茶のつもりが、そのままおやつの時間になっちゃいそうだね。どうしよっか? そろそろ何か行動を起こすか、それとも改めてお茶の時間にするか。
「……おん? なんぞ馬車がこっちに向かって来おるけど……」
「ウチじゃないでしょ? 来客の予定なんて無いわよ?」
だよね。基本的にこのクラスの屋敷を訪ねる場合は、前もってアポイントメントを取るのが常識だ。近くに来たからふらっと立ち寄る――なんてことはまずしない。余程親しい間柄ならあり得るけど、その場合でも本人ではなく先触れを送ってから訪ねる。相手にも出迎えの準備がいるからね。これ常識です。テストに出るかもよ?
まあ私たちは貴族じゃないし、別にアポなし訪問されたからって「無礼な!」なーんて怒ったりしないけどね。その代わりおもてなしも満足にできないけど。なにせ中はガラガラで、庭も雑草の森状態だから(笑)。
って、アレ? 馬車が止まった。まさかのお客さん?
皆で思わず顔を見合わせる――と、その時、訪問者の魔力の特徴に覚えがあることに気付いた。
「あっ」
なんだ、私のお客さんだったよ。




