#10-04 馬車の中で内緒話
王城をお暇した私たちは、まず新拠点へ向かうことになった。案内役としてシェットさんとティーニさんも同行している。
ちなみに馬車は王城から出るだけあってかな~り立派。でもエリア的に走ってるのは高級そうな馬車ばかりだから目立ってはいない。むしろ地味な馬車の方が目立ちそう。
ちなみにシェットさんとティーニさんは馭者台に居る。なんかコダンさんも含めて、すっかり私たち担当みたいになっちゃったね。聞けばコダンさんは騎士団の中では結構上の方の階級。そんなことに使っていいのかなー、とは思うけど、私たちがどうこう言う事じゃあないしね。心の中で謝っておこう。申し訳ない。
それにしても、ヒッチハイクで拾った時にはドライな関係にしたつもりだったんだけどね。うーん、ミステリー。
「怜那、それ本気で言ってるの?」
待った、舞依。言いたいことは分かってるよ。分かってるから。だからこそ、かなり意識的に、映画で見るようなヒッチハイクっぽくなるように努力はしたんだよ?
「それで、結局こんな感じになっちゃったんだ」
「まさか王族と繋がるとまでは想像して無かったなぁ~」
「あはは、なるほどね。怜那さんでもそこまでは予想してなかったのか」
「……確か前に一度、ホテルから抜け出した海外セレブのわんこを拾ったことがあったわよね。で、今回は王女様と王子様。順調に話が大きくなってるわね」
「せやなぁ。……けど、今回ばっかりはファインプレーやで! 怜那さんがおらんかったら、レティたんとも出逢えんかったわけやし」
「一応言っておくけど、レティーシア殿下とあんたの言うレティたんは別人よ。本当に分かってる?」
「当ったり前やん。鈴音さん、現実とフィクションをごっちゃにしたらあかんで?」
「……どの口で言うのよ、まったく」
まあまあ、そんな大きな溜息つかないでさ。久利栖はあれで、二次元への萌えと現実な恋愛は分けて考えてるみたいだしね。あと、ケモ耳と尻尾さえあれば誰でも良いってわけでも無さそうだし。
でもシェットさんとティーニさん(の耳と尻尾)をチラチラ見てるじゃないって? うん、確かにそうだけど、特にアプローチはしてないでしょ。つまり、男子がたわわなおっぱいをつい見ちゃうくらいの、まあ健全な部類の反応ね。
「ちょい待ち! 男がみんな巨乳派やと思ったら大間違いや。貧乳派も適乳派も一定数おるんやで!(キリッ)」
「どうでもいいわよ、そんなこと!」
「付け加えると、胸やお尻よりも脚に惹かれるって人もいれば、首筋に目が行くって人もいるね」
「秀……、あなたまで……(ジトーッ)」
「ンンッ! ま、まあ要するに、久利栖は耳や尻尾なんかのパーツではなく、レティーシア殿下に一目ぼれした……ってこと、なんじゃないかな?」
「せやねん。話してみて声も性格もなんもちゃうのは分かっとるけど、やっぱり俺の運命の相手はレティたんしかおらん」
腕を組んで深く頷く久利栖は、いたって真面目だ。
そういう事なら、友達として見守ってあげるとしましょう。応援してあげられるかは――状況次第かな?
「怜那、本当に大丈夫なの?」
舞依がヒソヒソと私の耳元で囁く。ちょっとこそばゆい。
「感情的な部分は無視した向こうサイドの話になるけど、レティーシア殿下のお相手に久利栖っていうのは、存外悪くないかもしれないよ」
「……そうなの?」
うん、なにせ私たちは千年ぶりの異世界転移者だからね。
舞依だって今の王族とか騎士団の人達の魔力は感じられたでしょ? うん、突出して高い人はいなかったよね。
壁があるとはいえ魔物の脅威は依然としてあるし、定期的に発生する暴走への対策としても、私たちをできれば取り込んでおきたい――ううん、為政者としては是が非でも確保しておきたいはず。最低限、敵対しないように友好的な関係を築いておきたいところだ。
さらにレティーシア殿下は獣人で、嫁ぎ先には当然明かさないわけにはいかない。異種族間の結婚が原則認められていない現状では、かなり難しい縁談になると思うんだよね。
異世界転移者って意味では他のクラスメイトでもいいんだけど――
「なんやて! くっ、ライバルはクラスメイトの男子っちゅうことか!?」
あらら。久利栖にも聞こえちゃってたか。
「ま、そうなんだけど。でも気にすることは無いと思うよ?」
「怜那さん、俺はマジなんや。根拠を、エビデンスを、ファクトを示してくれんか?」
ハイハイ、根拠ね。
旅の途中で勇者パーティーとすれ違った話はしたでしょ? 彼らもこっちの世界の平均と比較すればとんでもなく強い部類だけど、皆と比べちゃうと数段落ちるんだよね。
どうせ取り込むなら強い方が良い。そういう意味では秀でもいいんだけど――
ギロリ
秀にその気はないからね。久利栖なら乗り気だし、それに越したことは無いからね。
だから鈴音さーん、その背後に“ゴゴゴゴ……”って見えるような笑顔を止めて欲しいんですけどー?
「なるほどなるほど。つまり、このまま押していけばええんやな! いやー、これも怜那さんの恩恵かもしれへん。ありがたや~」
「ハイハイ、拝まなくていいから。ああ、もちろん久利栖がフラれてご破算になる可能性はあるからね」
「ちょっ!? 不吉なこと言わんといてや」
「……久利栖のテンションを見てると、そこはかとなく不安を覚えるんだよね」
ウンウン×(三人+一匹)
あはは、カーバンクルもそう思うってさ。これはヤバいかもね。え? いやいや、この子は結構イロイロ理解してるからね。あながちノリで頷いてるとも言い切れないよ。いずれにしても相手は王女様なんだし、紳士的にね。
「恐らく向こうの本当の本音としては、怜那さんを取り込みたいんだろうね」
不意に真面目な表情で秀がそう言うと、舞依がきゅっと私の手を握った。
そんなことにはならないから。心配しないで、舞依。
「だとは思うけど相手がいないよ。流石にヘンリーくんとは年が離れてるしね。それに自分で言うのもなんだけど、私の場合は力が突出し過ぎてて、取り込むには危険だと思うんじゃない?」
「王位を簒奪されることを警戒して取り込めない、か。できるできないで言えば、簡単にできそうだね」
「やらないよ。そんな面白くも無さそうな事……」
「だよね。怜那さんならそう言うだろうって、僕らなら分かる。……でもまあそうか。怜那さんを直接取り込むのは危険を感じる。でも友好的な関係ではありたい。だから仲間の久利栖は、レティーシア殿下のお相手として悪くない。そういう事だね」
「そそ。そーゆー事ねー」
「身分的な問題は大丈夫なの?」
一応あるけど、それは王族なら何とでもできるよ。双子殿下の救出やら、醤油の開発も含めた食文化の発展やら何やらの功績を挙げて、一代限りの爵位を与えるとかね。
「他にも私たちで……」
「私たちで?」
「…………ううん、何でもない」
実はちょっと前から考えてることがあるんだけど、まだまだ情報が足りなくて確証が持てない。だからこれはまだ内緒。舞依にもね。なにせ舞依にもお願いしなきゃいけないことがあるし。
「ともかく、身分の方はどうにでもなるよ。その上で、子供を結婚なり養子縁組なりで王族に籍を戻せばいいと」
「な、なな、何を言うてんねん。可愛い娘はどこにもやらんで! 王族なんぞになって苦労するなんて絶対許さへんからな!」
「気が早い! っていうか何で娘限定なのよ? 息子かもしれないでしょ」
「レティたんの子は、よく似た可愛い娘に決まっとるからや!」
「「「「…………」」」」
だ、大丈夫かな? なんか本気で心配になって来たんだけど?




