#09-34 新年
現在王都は――っていうかたぶん国全体が――新年を迎えるお祭りで盛り上がってる。あちこちに出店が並び、大道芸人たちの奏でる音楽がそこかしこから流れ、道行く人の中には仮装なのかオモシロ衣装を着ている人もいる。こういう様子は、世界が変わっても大きな違いはないのかもね。
王城に滞在中の私たちは、初日に遊びに行ってみた。何故か王女様ズ――約一名王子様ね――も付いてくることになり、護衛としてシェットさんとティーニさんも一緒だった。まあ事件も解決したし開放的な気分になるのも分かるけど、フットワークが軽いね。
舞依と二人っきりでデートしたかったっていう気持ちはもちろんあるけど、皆でワイワイ巡るのも楽しかったね。大道芸人の演奏に飛び入りで混じったりとかしてね。ちょっとした小遣い稼ぎになったよ。
――そういえば、コーウェン一座のエルフのリディさんたちはどうしてるかな? きっとどこかの街でお祭りに参加してるんだろうね。またどこかで会えると良いな~。
お祭りは通常五日間開催されるんだけど、二日目が大晦日に当たって、いわゆるカウントダウン的な催しがある。年明けのタイミングで神殿の鐘が鳴らされて、王城から花火っぽい魔道具が打ち上げられるんだ。
私たちはお城のバルコニーという特等席から、王族の皆様方と一緒にその景色を楽しんだ。――いいのかな? まあいいのか。一応お客様だしね、うん。折角の機会なんだから、いい経験だと思うことにしよう。
年が明けてお祭りの三日目と四日目は、王族の方々が一般参賀的な行事の為に忙しく、城内も慌ただしかったから私たちは割り当てられてる客室でのんびり大人しくしていた。あ、精霊樹に初詣には行ったから、ずっと引き籠ってたわけじゃないよ。
ゲームをして遊んだりしたけど流石にちょっと暇だったから、手持ちの素材と錬金術を駆使してコタツを作ってみた。うん、これぞお正月だね。惜しむらくはお餅とミカンが無いことかな。
普通のお米はあるんだから、探せばもち米もあるのかな? お餅もアレだよね。しょっちゅう食べたいほど大好きってわけじゃあないけど、やっぱり一種の風物詩として無いと寂しい食材だ。
ま、もち米については今後継続して探すことにして、と。
聞いた話だと、一般参賀(仮称)ではアンリちゃん改めヘンリー殿下が王子様姿でお披露目され、たいそう盛り上がったらしい。美少年だからね。王子様の衣装も似合ってただろう。
で、最終日の五日目なんだけど、なぜか私たちは中庭でキッチンカーのプレオープンをしていた(笑)。
いやー、双子ちゃんとシェットさんからの圧が凄くてね~。まあ王族がそうそうお忍びでお祭りに出かけるわけにもいかないだろうし、気分だけでも協力しましょうってことで。
「こ、これが夢にまで見たハンバーガーセットなのですね! ううっ、お、おいひいでふぅ~。ぐすっ……」
「あー、もう、シェットったら、泣かないの。折角の味が分からなくなっちゃうでしょ?」
「ハッ! そ、そうだった。泣いてる場合じゃなかった。しっかり堪能しなくては……」
あはは。シェットさんは大喜びだね。まあブラックな勤務状況は改善されるだろうし、屋台通いも再会できるでしょう。たぶんね。
昨夜から仕込みはしておいてお昼頃から営業を始めたんだけど、キッチンカーは大盛況だ。先王陛下を始めとした王族の方々はもちろんのこと、騎士の皆さんにメイドの皆さんにその他王城で働いてる諸々の方々がひっきりなしにやって来る。比喩じゃなく千客万来だ。
食材の関係もあって割とお高めな値段設定だけど、飛ぶように売れる。アレかな。お祭り気分で財布のひもが緩むのかな。――いや、単純にブラックな環境でお金を使う暇がないだけとか? シェットさんとティーニさんみたいに? どっちだろう、興味深いね。
はいはーい、ポップコーンとポテトチップスはこっちだよ~。え? お酒は無いのかって? ワインなら赤と白とスパークリングがあるけど、ちょっとお高いですよ? それでもいい? オッケー、まいど~。ああ、ノンアルコールの飲み物なら鈴音の方にどうぞ。お茶とジュースと炭酸飲料がありますよ。
「怜那もちゃんと食べてる?」
「そう言えば忙しくて忘れてたよ。ちょっとお腹すいて来たかな」
「だと思った。ちょっと休憩しよう? リクエストだったオムライス作ってあげたよ」
「ホントッ!? やったー、舞依のオムライス!」
テーブル席の一つを陣取って、二人で向かい合って座る。
「では、さっそく頂きまーす!」「はい、召し上がれ」
ふわトロオムライスにスプーンを入れ、パクリと一口。オムレツの濃厚な卵の風味が、ちょっとゴロッとしたお肉のチキンライスを包み込み、ケチャップと粉チーズが甘みと酸味の絶妙なハーモニーを奏でる。
「うん、やっぱり舞依のオムライスは最高だね! ありがとう、舞依」
「ふふっ、どういたしまして」
しっかり味を堪能しつつも、スプーンは口と皿の間を高速で往復し、あっと言う間になくなっちゃったよ。でもこれは仕方がない。久しぶりだし、美味し過ぎるから。止められるものではないのである(断言)。
「あー、美味しかった! ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食後のお茶を飲んでホッと一息。
中庭を見渡すと王女様ズや双子ちゃんたち、護衛騎士の皆さんがそれぞれキッチンカーからハンバーガーセットや串に刺した唐揚げ、それからドーナツなんかを買って行っている。騎士の皆さんは途中で交代してるから、客足が途切れることが無い。大盛況だね。
久利栖はテンション抑え目でさり気なくレティーシア殿下にアプローチしてる。紳士的なようで一安心。不敬罪でしょっ引かれるのはちょっとねー。流石に見たくないから。
「ねえ怜那。今後の予定はどんな風に考えてるの?」
「大きな目標としては例の依頼を片付けなきゃいけないから、そこは変わらないね。目先の予定としては、早く醤油の開発に目処を立てないとね」
「旅に出る前にミクワィア商会に引き継がないとね。……ちょっと気になってるんだけど、神殿が大豆の量産をしてくれるっていう話はどう説明するつもり?」
「そう、それ。実はそこもネックなんだよ。だからこれは他の皆とも相談しないとだけど、もういっそのこと私たちの事を話してもいいんじゃないかと思うんだよね」
「私たちの事って……、つまりここに来た経緯ってことよね?」
幸か不幸か王族の方々と知己を得て、信用できそうな人柄だとも分かった。例の依頼を達成するにも知りたい情報が出てくると思うし、場合によっては船の手配も必要になるかもしれない。
女神様からの依頼はこの世界全体に関わることでもあるし、ある程度情報を開示して王家からの協力を取り付けておいた方が、スムーズに事を運べるんじゃないかなってね。
「そっか。私は賛成だけど、皆とも相談しないとね」
「うん。……あっ、忘れてた」
「もう、またそれ?」
あはは、そんなジト目で見ないで。でもこれは結構な大問題なんだよ。いや、脅してるわけじゃなくてね。心して聞いてね。
「……近い内に、双子ちゃんたちにサヨナラしなくちゃいけないんだよ」
「あ……」
思わず顔を見合わせてから、さり気なく双子ちゃんたちのいる方へ視線を向ける。
双子ちゃんは第三王女殿下と一緒に、鈴音や久利栖、それからカーバンクルと楽しそうに騒いでいる。年相応の無邪気な笑顔が戻って本当に良かったと思う。まあ、これから色んな意味で環境が変わるだろうから、あんな風にしていられるのはほんの一時の事だとは思うけど。それだけにこの時間は貴重だろう。
「…………難問ね」
二人で同時に溜息を吐く。
「まったくだよ。完全に関係が切れちゃうとは思わないけど、一度はちゃんと区切りを付けないとね」
思っていたよりも深入りしちゃって仲良くなったけど、こればっかりは致し方ない。
所詮私たちは根無し草の異邦人。ずっと一緒にはいられないから。
「ま、思い悩んでも仕方ないことは脇に置いておいて、販売に戻るとしよっか」
「うん。もうひと頑張りだね」
なんか予想してたのとはちょっと違う形だけど、これはこれでお祭り気分と言えなくもないしね。最後まで楽しむとしましょー。
ここまでで九章は終了。話も一区切りで、第一部が終了というところです。
※お知らせ※
以降、不定期更新となります。
週に2~3回は更新する予定です。




