#09-30 災厄の片鱗
「ただの雇われ者なら、ここでわざわざ命を捨てる必要はあらへんわな」
「ああ、投降して洗いざらい喋ってしまえば、命は助かるかもしれないからね。でもここで投降されると暴走の発生は無いから……」
「敵味方双方の犠牲は無いんだし、情報も証人も得られるかもしれない。それでいいじゃない?」
鈴音がそう窘めると、秀は肩を竦め久利栖は腕を組んで渋い顔をした。
鈴音の言う事は正論だけど、傭兵からはどうせ大した情報は得られないだろう。それならここで犠牲にして、今後遭遇するかもしれない暴走っていうのをここで目の当たりにしておいた方がいいのではないか。
うちの男性陣はそんな風に考えたんだろう。私もどっちかというとそっち側、かな?
この状況では傭兵の心情は投降する方に傾くだろう。自爆アイテムは持たせてるだろうけど起動させなければ意味が無い。さて、首謀者側はこの状況を想定しているのかな?
――いや、案外想定はしていないか。こんな下らないことを考える輩なんて、自分では賢いつもりで上手くいく未来図しか見えてないからね。本当に救いようがない。
一方で傭兵を捨て駒にしか考えてない残酷な人間ではあるから、証拠隠滅の保険はかけておくだろう。自爆アイテムを使う前に捕縛される可能性はあるからね。
魔力探知の精度を上げてその時に備えていると、街道近くの丘の辺りで魔法――いや、魔道具かな? が起動する反応があった。それに呼応するように、膝をついて両手を上げてた襲撃犯たちの腕輪が光を放つ。
やっぱりね。本当にゲスな連中だ。
「ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃい」「って、何処へ?」「ちょっ!」「ここ空の上やでぇ~!?」
気球のバスケットからひらりと飛び降り、空中を蹴って加速する。幸い遠隔起動を行った者は移動する気配が無い。――ちょっと危機感が薄過ぎじゃない? 自分は見つからないとでも思ってるのかな。
木の陰に一応隠れていた遠隔起動犯のすぐ横に着地する。
「なっ!! 貴様っ、一体どこから!?」
答えるわけないでしょう。それにすぐに逃げようとも剣を抜こうともしないなんて、反応が鈍すぎる。
テイザー魔法を浴びせて気絶させ、拘束魔法も掛けておく。
尋問? 今はしないし、私がすることでもないよ。確保しておいてドゥカーさんに引き渡せばいい。
捕虜を掴んで自分ごとトランクに収納。捕虜は別のスロットに移して時間を止めておく。たぶんこの人は黒幕への報告役も兼ねてるはずだから、情報も得られるだろう。もしかしたら素性を調べれば公爵に繋がるかもしれない。
トランクから出てバスケットの中に着地する。
「ただいまー」
「お帰りなさい。どこに行ってたの?」
かくかくしかじかで、ドゥカーさんに手土産をね。
「傭兵に戦意は無さそうだったからね。あの状況から自爆は考えにくかったけど、リモートで起動させたのか」
「そういうこと。……で、鈴音はどうしちゃったの? 突発性気球恐怖症でも発症しちゃった?」
何故か鈴音がバスケットの中でしゃがみこんで、カーバンクルを抱き締めて一緒にプルプルしてる。私が行って帰っての短時間で一体何が?
「いや、アレは突発性じゃ無くてもっと昔からの症状だね」
うん? 下を見ろって?
……あ~、なるほどね、納得。自爆アイテムで召喚された魔物が、巨大ヘビだったのか。
「あのサイズになっちゃうと、蛇じゃなくてもう別の何かっていう気もするけど、それでもダメ?」
「むりムリ無理っ! 普通サイズだって嫌なのに、あんなにデカいのなんてもう最悪! もう誰でもいいから、さっさと跡形もないくらい細切れにして、燃やして灰にしてよ……」
原形を失くした上で灰にまで……。結構根深い恐怖症だね。
「お? なんやなんや、なんぞ気色悪いことになっとるで!」
気色悪い? 巨大ヘビが実は小さいヘビの集合体で、無数に分裂したとか? あっ、鈴音ゴメン。想像したら今のは私でも気色悪かった。はいはい、鈴音は見ないで良いから。
――で、一体何が起きてるのかなと。
なるほどね。これは確かに不気味だ。
黒っぽい靄のようなものが帯状になって巨大ヘビに巻き付き、触れたところから徐々に異形化している。
なんか体中のあちこちからトゲトゲしたものが生えて、首が裂けて――うわっ、これは本当に気色悪い――二股になり、尻尾の先が槍のように変化する。よく見ると新しく生えた全身のトゲとか尻尾の槍とか、全部魔法発動体かもしれない。
黒っぽい靄のようなものは恐らく、目で見える程に濃くなった瘴気だろう。蛇に巻き付いたものだけでなく、四方八方にまるで意思があるかのようにスルスルと伸びていく。
グオォォォーーー!!
魔物たちの咆哮が響き渡る。地鳴りのように低く響くならまだしも、まるでサイレンのように甲高くて、何というか生理的な不快感がある。端的に言って悍ましい。
そして地響きが聞こえてくる。
暴走が始まった。




