#09-22 王宮は案外仕事が早い
私だけが妙に疲れた入浴を終えて、仮眠室へ戻って来ました。あ、お風呂から上がった時点で変身魔法は解除したよ。だいぶ遅い時間になってたから、撮影会はご遠慮頂きました。――ほっ。
ベッドに寝っ転がってちょっとお喋りをする。あ、一人一つのベッドね。残念だけど舞依と一緒ではありません。理由はというと――
「二人のベッドから、その……、へ、変な声とか聞こえて来たら、気になって寝られないでしょ」
だって。一緒にくっ付いて眠るだけなのにね。同じ部屋に鈴音もいる状況で何もしないって。フッフッフ……、これで鈴音がムッツリであることが証め――え? これは単なる風紀の問題? ま、まあ商会の仮眠室だしね。
「それにしても、王宮へ行くことになるとは思わなかったわね」
「そう? 今頃男子部屋では異世界転移のテンプレがどーのこーの言ってるんじゃない?」
「こういうテンプレもあるの?」
うーん、私の読んだ何作品かだと、どれもトントン拍子に強くなったりいろんな人と知り合ったりして、その内王様とも顔パスで会えるようになったりしたね。いや、だからそんなバカなって思うけど、そういうものなんだってば。
「っていうか今の私たちが、正にそういう荒唐無稽な状況になりつつあるって話でしょ?」
「王宮に行くことにはなったけど、ホイホイ顔を出せるようになるとまでは思ってないわよ? 双子殿下とはまあ友達って言っていいくらいには仲良くなったけど、今後はおいそれとは会えないでしょ、たぶん」
「話の流れによっては、アンリちゃんが王太子なるかもしれませんからね。これまでは偽りの身分を使って比較的自由に街に出ていたようですけれど、これからは……」
「今まで通りってわけにはいかないでしょうね。っていうか、特別な教育も始まるんじゃないかしら? ロッティちゃんとも一緒に居られなくなるとすれば、ちょっと心配ね」
「二人とも気が早いよ。公爵とやらの名分を潰す為にもアンリちゃんのことは公表するだろうけど、その後のことはまだ分からないしね」
上に二人王女様が居るって話だし、双子っていうところもちょっと引っ掛かる。後ろ盾になるのが子爵家ではたぶん弱いだろうしね。男子が一人とはいえ、その辺の問題をどうクリアするかの目途が立たない限り、立太子は難しいんじゃないかな。
まあ何にしても、私らがあれこれ考えても仕方がないよ。
「怜那はこの件に関して割とドライよね?」
「あー、うん、私は割と早い段階で双子ちゃんが王族で、アンリちゃんが男の子だって気付いてたからね。肩入れし過ぎないように気を付けてたせいじゃないかな」
「……そう言えば、アンリちゃんから相談を受けた時も、怜那にしてはバッサリ切り捨て過ぎで、少し変だなとは思ったの。普段なら断るにしても、今できる事を教える方向にシフトするように説得するでしょ?」
小さい子には優しいからね――って、そんな風に言われるとなんか照れ臭い。っていうか、私って子供に甘いかな? そんな意識は無いんだけど。
「そう……、かな? まあ、それも時間があればの話だけどね」
と補足してはみたものの、照れ隠しと思われたらしい。くすくすと笑い声が聞こえてくる。
もー、そろそろ寝るよ! 状況がいつ動くか分からないからね!
明けて翌日。
トランク内のドードル飼育小屋に人数分以上の卵があったから、舞依と秀に頼んでオムレツを作って貰って朝食に提供した。私でも作れるけど、半熟具合とか、ふんわり丸めるのとかがけっこう難しいからたまに失敗するんだよね。なので、今回は確実な二人にお任せ!
ドードルの卵は黄身が濃いオレンジ色で、味も濃厚。とっても美味しいオムレツでした。ありがとう舞依、オムライスも期待してるね。あ、買って来たお米も試してみないと。
オムレツが大好評の朝食を終え、お茶を頂いている時に手紙が届いた。まさか――と思ったら、そのまさかだったらしい。会頭さんの表情が変わった。
昨夜のうちに手紙を出しておいたって話だけど、反応が早すぎるでしょ。余程心配されてたってことかな。それとも罠だったり?
会頭さんと秀にその可能性について問われると、ドゥカーさんは「それは無い」とい断言した。きっと返信の方にも何らかの符丁があったんだろうね。
会頭さんと執事さんは、慌てず騒がず速やかに王宮へ向かう支度を整える。頼もしい限りだね。
と、いうわけで。皆~、さっさとトランクに入った入った。
「では、私も中に入りますので、トランクをお願いします」
「分かった。では手筈通りにいこう」
トランク内の乳白色の空間に入り、皆と合流する。今回は全員で外の様子を確認しながら行きたいから、一緒のスロットね。
ウィンドウを開くと会頭さんが早速伸縮ハンドルを伸ばして、トランクを引いて移動を始めていた。そうすると見た目は現代のビジネスマンとあんまり変わらない感じだね。まあ服装は若干装飾過多って感じだけど。
「「うわぁー!」」「これは……」「うーむ、何とも面妖な」
面妖なんて言葉を活字じゃなくて実際に聞いたの、これが初めてかも(笑)。
ウィンドウに移る外の様子に、双子ちゃんは目を輝かせ、エイシャさんは素直に驚き、ドゥカーさんは何か奇妙なものを見るような表情になった。あはは、双子ちゃんがウィンドウに手を突っ込んだり、向こう側に回り込んだりしてるね。
舞依たちは特にそういう反応は無い。現実では何の媒体も無く宙に結像するウィンドウは現代日本にも無いけど、その手の表現はアニメや映画でよく見るからね。感心はあっても、驚くほどじゃあない。
馬車に移ってからは、外の様子に変化が無くなってしまった。後は城に着くのを待つだけだね。




