#02-02 最初の街
結局私たちは、商工業エリア――鈴音さんの推測は当たっていました――との壁にほど近い場所にある宿に、部屋を借りることにしました。
農村エリアも壁に近づくにつれて農地よりも建物の方が目立ち始め、壁に沿ったエリアは村ではなく町という様相になっていました。その辺りになると商店や飲食店、宿屋などもちらほらと見かけるようになります。
私たちが部屋を借りたのもそんな場所にある宿の一つです。この辺りでは屋号をつける習慣が無いらしく、女将さんの名前で“モッタームの飯屋”と呼ばれているそうです。“飯屋”なのは、ここが基本的に食堂で、空き部屋を貸しているというスタンスだからです。
私たちは丁度いい時間だったので昼食を頂き、女将さんから少しお話を聞いた後で今後の方針を話し合うために部屋に移動しました。
ちなみに料理はメニューを見た感じでは調味料や調理方法のバリエーションが少ないのかな、という印象でした。素材の野菜やお肉が美味しいので、それで十分ということかもしれませんね。
私たちが借りた部屋は四人部屋で、両側の壁際にシンプルなベッドが二つずつ、窓際に小さな机と椅子が二つありました。他の家具は――コート掛けのような物が二つあるだけですね。クロゼットなどはありません。
正直に言えば、付き合いが長く気心も知れた友人とは言え、男性と一緒の部屋はちょっとという気持ちはあります。しかし今のところ無職で異世界の常識も知らない私たちは、金銭面や安全面から一緒にいた方が良いに違いありません。
生活の目途が立ち、ある程度身を守る術を習得したら、男女で別の部屋を借りればいいでしょう。
――あ、ですが鈴音さんはどうするつもりなのでしょうか? 二人になる機会があったら、一度ちゃんと訊いておいた方が良さそうですね。
「取り敢えず、やっと一息つけた感じね」
「せやなぁ。なんも知らん土地で頼るもんもおらんっちゅうんは、想像してたよりずっとキツイもんやったんな~」
「そうですね。海外旅行に行くようなものと、少し安易に考えていました」
「ガイドブックも無い、ネットからも情報を得られない、文字通りの手探りっていうのは大変なものだね」
私と鈴音さんはベッドに並んで座り、秀くんは窓際の椅子に腰かけ、久利栖くんは私たちと同じようにベッドに腰かけていましたが、ぼやいた後で体を後ろに倒してぐでっとしています。
「そういう割に、秀は結構余裕があったじゃない。女将さんからあれこれ情報を引き出してたでしょ?」
「いや、まああれくらいならね」
ひょいと肩を竦めて謙遜しますが、秀くんのお手並みはなかなか見事だったと思います。
女将さんはふくよかで愛嬌があり、気が大きくて声も大きい。一言で言えば“豪快なおばちゃん”という感じの女性です。
この辺りでは基本的に食事は朝と夜の二回で、昼食は仕事の合間に軽くパンなどを食べるくらいで済ますそうです。従って食堂は空いていて、食事をしながら暇だった女将さんからあれこれ(主に秀くんが)話を聞きました。
会話するうちに、私たちは自然災害の影響で故郷から旅立たざるを得なくなった、それなりの家柄出身でちょっと訳ありの四人組という設定に、いつの間にやらなってしまっていました。
――微妙に事実と被っているところが、実に上手いと思います。
「へえ、故郷を出て旅をしてるのかい。で、この国は住みやすそうだから、定住先も探している、ねえ。
しかし何だって故郷を飛び出したんだい? 大きな災害があった? 口減らしっていうと、普通はもっと小さい子供を……。ああ、もしかして訳ありかい?
どうしてそう思うのか? あんたたちはちょっとちぐはぐなんだよ。身なりは質素なのに、立ち居振る舞いが妙に綺麗だ。話し方だとか食べ方だとかも、砕けた感じにしちゃあいるが、どこか洗練されてる。商業区の良いところか、もう一つ壁向こうに住んでたって感じさね。
お貴族様かその関係者なのに口減らしで領地から出されたってなると、まあ訳ありなんじゃないかってね? 当たったかい?
あっはっは! なぁに、答えるこたあないよ。あたしゃ、ただの飯屋の女将だよ。知ったところで、どうしようもないからね。
うん? この国でも跡目争いなんかがあるのかって? なんだい『この国でも』なんて、やっぱりそういうことなのかい? あっはっは。
まあ大きな声じゃあ言えないけど、あたしらの耳に届く噂話でもちらほらあるくらいだからねえ。実際はそりゃあもう、山ほどあるんじゃないのかい。
うーん、原因ねぇ。お貴族様にゃあお貴族様なりの理由ってもんがあるんだろうけど、とどのつまり平和だからなんだろうねえ。ある日突然魔物の暴走が起きたとしても、壁のお陰で慌てる必要は無いからね。だから安心して権力争いにうつつを抜かしていられるってわけさね。
逆に壁が広げられないからこそ、土地やら利権やらが頭打ちで、それを奪い合ってるっていう見方もあるよ。
壁のお陰でもあり、壁の所為でもある。されど壁は捨てられず……ってね。
ああ、あんたたちの故郷にゃ、壁が無かったのかい? あったけど普通の城壁だった? へえ、他所の国にはそんな街もあるんだねぇ。
あたしも詳しくは無いけど……、確か壁が出来たのは、六〇〇年とか八〇〇年とか昔の話じゃなかったけね。なんでも精霊樹のご加護を得られる特別な魔法が施されてて、魔物は空からも入って来れないんだとさ。だから壁よりも高い建物は作れないんだよ。
あんたたちも折角この街に来たんだから、一回くらい精霊樹を見に行ってくると良いよ。何せ唯一の観光地だからね。あっはっは!」
「ま、宿屋や酒場での情報収集はRPGのセオリーだからね」
「せやな。しっかしあのおばちゃん、大きな声じゃ言えないーゆうときながら、でかい声でしゃべっとったなあ」
久利栖くんが的確なツッコミを入れます。確かに、全く声を抑えていませんでしたね。見方を変えれば、この程度の貴族批判は許容されているということかもしれません。
さておき、女将さんとの会話からは沢山の収穫がありました。
中でも一番大きかったのは精霊樹に関する情報でしょう。精霊という名称ではありますが、壁に加護の力を与えているということから考えると、神様に近い、少なくとも関係のあるものではないでしょうか。
「やっぱり精霊樹っていうのが、神様とコンタクトを取れる場所ってことよね?」
鈴音さんの言葉に頷きます。余りにも簡単に分かってしまったので、物語ならばミスリードを疑いたくなります。
「あっさり分かってしまったけど、あくまでも形式的な手続きっていう話だったから、追加の特典みたいなものってことじゃないかな? 折を見て行ってみることにしよう。それよりも、今後の方針についてなんだけど……」
久利栖くんが私たちをぐるっと見回します。
「大きな目標は怜那さんとの合流ってことで異論は無いと思うけど、どうかな?」
「はい、賛成です」
「そうね。差し当たってそれ以外に考えられないわ」
「せやなあ。怜那さんがおらんっちゅうんは、どうにも落ち着かんわ」
皆が同じことを考えていてくれて良かったです。最悪、一人旅も視野に入れなくてはならなかったので、正直ほっとしました。
あからさまに安堵する私を見て、鈴音さんがクスクスと笑っています。
「そんなに不安に思うことなんて無いでしょ? そもそも私たちは、怜那がくっ付けたグループみたいなものなんだから」
「でも……。グループのリーダーには鈴音さんか秀くんが居れば大丈夫でしょう?」
怜那が居る時でも、グループのまとめ役や方針の決定は大抵の場合は秀くんがしていました。鈴音さんは意識的にアドバイザーとして振る舞っていますが、本来はリーダーシップも発揮できる能力の持ち主です。
「そうかもしれないけど、怜那さんがいないのは僕らっぽくないというか、纏まりはあるけど個性が弱いというか……」
「アレや。秀はリーダーやけど、センターは怜那さんっちゅうこっちゃ」
なるほど。センターという表現は、怜那の立ち位置にピッタリと合っているように思えます。
「私たち、いつからアイドルグループになったの? ちなみに久利栖の考えるセンターって、どんな存在?」
「グループの性格や方向性を体現しとる存在、やな。曲ごとに代わる場合は、その曲のイメージに置き換えてもええ」
鈴音さんの問いに、妙にキリッとした表情の久利栖くんが答えます。アイドルに一家言あるのでしょうか? ゲームやマンガに詳しいのは知っていましたが……。知られざる一面です。
というか、腕を組んで何度も頷いている秀くんの方も気になります。もしや秀くんも、実はアイドルが大好きだったのでしょうか?
「アイドルにおけるセンターとリーダー論か。言われてみると、確かに似て非なる役割か……。そう考えると、絶対的センターというのは両刃の存在で、それが抜けたグループが空中分解してしまうのもある意味自然な――」
「…………(白い目)」
えっと……、秀くん? 鈴音さんが人を凍死させそうな勢いの妙に冷めた目で見つめているのですけれど……。気付いていますか? 戻って来てくださーい。
あ、気付いたみたいです。
「んんっ! 興味深いけど、今は置いておこう。大きな目標として、我らがセンターの怜那さんとの合流を設定するのは良いとしても、差し当たっては異世界で生活が出来ないとどうしようもないからね。要はどうやってお金を稼ぐかって話だ」
「せやな。っちゅうことは、や。やっぱここは異世界のお約束の?」
「うん。アレが一番じゃないかな?」
秀くんと久利栖くんが顔を見合わせてニヤリと笑います。お二人には何か当てがあるのでしょうか?
頼もしいような……、ちょっと不安なような。
鈴音さんを見ると、首を横に振って手のひらを上に向けます。なるほど、鈴音さんも分からないのですね。
「ま、やる気はあるみたいだから、取り敢えず任せてみましょ」
「そうですね。私たちは私たちで何か考えておきましょうか」
「それがいいわね。……なーんかあの二人、オタク知識的なお約束が無条件に通用すると考えてるようで、ちょっと不安なのよね」
あのー、鈴音さん? 私でも分かります。
そういうのを“フラグを立てる”って言うんですよね?




