#02-01 異世界での第一歩
第二章は舞依サイドの話となります。
恐らく異世界の第一印象は、私を含めた四人とも同じだったと思います。
「なんや、思うとったよりも普通やな?」
拍子抜け、という表情で久利栖くんが感想を言い、私たちもそれに同意しました。
映画などから想像するファンタジーの世界というと、竜が空を舞っていたり、奇妙にねじれた木々が鬱蒼と茂っていたり、空に島が浮かんでいたりというのをイメージしますが、見たところそういうものはありません。
――いきなり竜と遭遇したら、それはそれで大変ですけれど。
空は青く、草原は緑色で、木々もどことなく地球で見たことがあるような広葉樹です。これと言って特に不思議なところはありませんでした。
「あ、でも月が二つありますね」
空にはうっすらと青白く、月が二つ光っていました。
「なるほど、確かにここは異世界ね。……それで、これからどうするの?」
鈴音さんの言葉に、私たちの視線が秀君に向きます。特に決めているわけでは無いのですけれど、私たちのグループでは秀君がリーダーシップを執ることが多いですから。
「そうだね、とにかく先ずは落ち着ける拠点を確保しよう。街へ行って、最初はそこそこのクラスの宿を探す。情報収集、神様から貰った道具のチェック、魔法の練習、戦闘の訓練、やりたいことは色々あるけど全てはそれからだね」
冷静で堅実な提案です。迷いなくハッキリと提案してくれる秀君の言葉には、安心感があります。
「せやな。ってか、街って……あの壁の事かいな?」
「まあ……」「そう……」「なりますよね……」
小高い丘から見下ろした先には、壁がどこまでも伸びています。比喩的表現ではなく、文字取りの意味で延々と壁が続いているのです。
外壁に囲まれた所謂城塞都市の一種なのでしょう。神様の話では定期的に魔物の暴走が起きるということでしたから、その侵攻を防ぐためのものと考えれば納得できます。
視線を右手にずらすと、門と思しきものとそこから続く街道が見えますが……
「あそこの門から街に入れそうだけど……」
「ちょっと……。いえ、かなり遠いですね……」
運動が苦手な私としては思わずため息が出てしまいます。
「神様ももうちょいサービスしてくれてもええのに、なあ?」
「はは。もう十分僕らはサービスして貰ったからね。それに何も無い所にいきなり人が現れたら悪目立ちするだろうから、これは仕方ないんじゃないかな? まあ、面倒だとは思うけどね」
ここでぐずぐずしていても仕方がありません。少々気は重いですけれど、私たちは街へ向けて出発しました。
小一時間ほど歩き、私たちは巨大な城壁に対して妙にちんまりした印象の門の前に到着しました。門番さんからの簡単な質問――海外旅行の時に渡航目的を訊ねられる感じです――に答えてから街の中へ入ります。
ここに至るまでに私は、こちらに来る際に神様に上げてもらった身体能力を強く実感していました。それなりの距離を歩いたのというのに、あまり疲れがありません。
上乗せする力の多くを魔法適性の方へ振り分けた私ですらこうですから、秀くんなどはどうなっているのでしょうか? 力を持て余すようなことにならないか少し心配です。私も魔法に関しては、慎重に練習した方が良さそうです。
怜那については……、考えないようにします。とにかく器用で、何でもあっさり使いこなしてしまう子ですからね。
それにしても分厚い壁です。五~六メートル程はあるでしょうか。門の先の通路はちょっとしたトンネルのようです。外から見た感じでは高さも同じくらいだったので、比率的には余り高さが無いとも言えますね。
そのトンネルを抜けた先には――のどかな田園風景が広がっていました。
「分厚い城壁を抜けて農村がある。……これは、ちょっと意外な展開だね」
秀君がぐるっと見回しながら、そう感想を述べます。
「まあ立ち止まっててもしょうがない。とにかく街……って、もう街の中ではあるのか。住宅地? を目指そう」
私たちは城壁の中にいるので、定義としては既に街の中に居ると言っていいはずです。ですが、周囲に見えるのは畑、畑、畑です。秀くんが言葉に迷うのも当然でしょう。
それにしても風に吹かれて波のように揺れる小麦畑がとても綺麗です。あ、遠くに果樹園のような場所もあります。この分だと、酪農を行っている場所もあるのではないでしょうか。
「街の外縁部は一次産業を行う区域なのでしょうか?」
ふと思いつきを口にすると、鈴音さんが「きっとそれよ」と同意してくれました。
鈴音さんの推測では。恐らく千年前の大暴走で小規模な農村や集落などが滅びてしまい、そこで生き残った人々が大きな都市に集まって、新たに街を作ったのだろうとのことです。
中央が領主や貴族などがいる政治エリアで、その外側に商店や工房などがある商工業エリア。そして私たちの居る外縁部が農業、酪農、林業などが行われるエリアという風に構成されている。――という想像でした。
都と街、村、集落を一まとめにして強大な城壁で囲んでしまった。そう言い換えてもいいかもしれません。
「ちなみに鈴音さん。なんぞ根拠はあるん?」
「根拠と言える程じゃないけど、エリア区分はあるんじゃない? だってほら、壁」
そうですね。私も気付いていましたけれど、鈴音さんの指差す先に外壁とよく似た巨大な壁が見えます。かなり遠いので正確には分かりませんけれど、外壁より若干高いかもしれません。少なくとも街が大きく区分けされているのは間違いなさそうです。
合理的かもしれませんけれど、農業には適した土壌が必要ですし、水の問題もあります。上手くいくのでしょうか?
「こっちには魔法っていう要素があるし、何より神様もいるからね。その辺をクリアできる方法があるんじゃないかな?」
「ああ、言われてみればそうですね。あちらの農村の風景とよく似ているものですから、すっかり忘れていました」
「確かに普通の田舎って感じよね。……でも一体どれだけの規模の街なのかしらね。それで宿はどうするの? 一つ壁を越える……のは、ちょっと無理そうよね」
「距離的にね。そのうち壁を越えた先も調べたいけど、今日のところはこのエリアで良さげな宿を見つけたいね。あると良いんだけど……」
「まあ、田舎っちゅうても駅前はそれなりに栄えてるもんやし、なんかしらはあるやろ。取り敢えずは人の居そうなとこにゴーや」
久利栖くんが楽観論をいってニカッと笑います。
そうですね。思い悩んでも仕方がありませんし、今はとにかく足を動かしましょう。
基本、怜那視点以外の話は閑話として挟む予定なのですが、舞依サイドの出だし部分はちょっと詳しく描きたかったので、第二章をそれに当てました。
時系列的には第一章とほぼ同じになります。




