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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第九章 王家にまつわるエトセトラ>
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#09-06 れい散歩(八歩目 王都で楽器をゲット編)




 ルトルを構えて、シャランと音を鳴らす――って、全然調律されてないじゃん。一応弦を張っただけって感じ? 楽器を売ってるお店なのに、すぐに弾けないとはこれ如何に? うーん、あんまりお客さんが来ないからかな。いや、それは失礼か。


 ま、考えても仕方ないか。ではサッと調律してっと。キコキコ、クルクル、うん、調律もスムーズにできる。――よし、こんなもんでいいでしょ。


 ではでは、ちょっと弾いてみましょう。舞依、何かリクエストはある? 私のお任せで? オッケー。店内だし、借り物だし、弾き語りは控えておこう。


 じゃあまずは日本のちょっとマイナーなミュージシャンの曲を。ケルトの音楽を取り入れていて、すごく好きな響きなんだよね。私の部屋でかけてたこともあるから、きっと舞依も聞き覚えがあると思うよ。


 ♪~♪♪~~……


 続いてクラシックとかボサノバとかジャズとか。一曲全部じゃあ無くて、印象的なフレーズのところを適当にメドレーっぽく繋げたものを。


 うん、やっぱりいいね、この楽器。響きが良いし、持った時に手に馴染む感じがある。ストラップを付ければ立って演奏も出来そうだしね。


 パチパチパチパチ……


「良かったよ、怜那。メドレーの繋げ方が強引過ぎるところは、ちょっと笑っちゃったけど」


「あはは、即興だからね。粗削りなのはご愛敬ってことで」


「とても素敵な演奏でございました」


「ありがとうございます」


「ああ……、決してお世辞などではございませんよ。初めて聞く曲ばかりでしたが、本当に感服いたしました」


 社交辞令と受け取ってるのが分かったのかな? ま、お世辞がゼロってことはないだろうけど、(高級)楽器店の店長さんに褒められるのは悪い気分じゃあ無い。だからってわけでは無いんだけど――


「良いですね、この楽器。いくらなの?」


「そちらのお値段は――」


 ふむふむ、なるほど。


「よし、買うよ。替えの弦も一セット見繕ってもらえるかな?」


「畏まりました。少々お待ち下さいませ」


 即決した私に舞依が目を円くし、店長さんは恭しく胸に手を当てて頭を下げた。ちなみに若い店員さんはあんぐり口を開けて絶句している。ふむ、修行が足りんね!


「怜那、別に止めはしないけど、ちょっと高過ぎる買い物じゃない? 普段使いするならもっとグレードが低いのでも問題無いと思うけど」


「まあそれはもっともなんだけどね。でも生活費以外に使い道が無い現金を沢山抱え込んでるのは、経済的にあんまり良くないでしょ?」


 もともとがあぶく銭なわけだし、ここらで欲しいものを買うのも良いんじゃないかな。もちろんちゃんと使うから無駄遣いじゃないよ。なんならキッチンカーを始めたら、演奏で客引きもやっちゃうんだから!


「分かった。……あ、でも私の分まではいらないからね? こっそり買うとか、無しだよ?」


「(ギクッ!)な、なな、なんのことかなー?」


「もう……、怜那ったら。似ている楽器だからって、誰でも怜那みたいに器用に弾きこなせるわけじゃないんだから」


 そう? いや、すぐには無理でも、練習すれば近い将来一緒に演奏できると思うんだけどなー。あ、なんでもないですよ? そんなジトッとした目で見ないでって。そういう表情も可愛いけど。


 ホントホント、誤魔化してなんかないって。まあちょっとは考えたけどね。買う時はちゃーんと相談するから、安心して。


 なんなら、皆の分も買ってバンドでも組んじゃう? キッチンカーでバンドワゴン。大繁盛間違い無しだね!


「――あれ、案外いいアイディアのような気がしてきたかも」


「アイディアそのものは、ね? キッチンカーだってまだ手を付けたばかりなんだから、なんでもかんでも急ぎすぎ。自重しなさーい」


 はーい、分かりました。えーっと分かりましたので、両頬を引っ張るのは止めて頂けないでしょうか? 舞依さん。


 あ、ほらほら、店長さんが来たからね。


「こちらのケースの中に弦も入れておきました。それからこちらが製作した工房の証明書となります」


「ありがとう。お代は……、あっちのカウンターに出した方が良いか」


「はい。ではこちらへ」


 店長さんの案内でカウンターへ。スロットの肥やしになってた高額金貨を数枚出して支払いを済ませる。


 ケースにしまった楽器をトランクに収納して、と。舞依はまだ見たいものとかある? そっか、じゃあそろそろ出よっか。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


「良い買い物ができました。楽器が必要になることがあったら、またお世話になるかもしれません」


 見送ってくれた店長さんと挨拶を交わして店の外へ。


 さて、次はどうしようかなー……っと、そう言えば。


「舞依は疲れてない? どこかで休もうか?」


「ううん、大丈夫。……あっ、そうか。怜那、私もこっちに来てから体力が大幅に上がったんだよ?」


 おっと、そう言えばそうだったね。それならこれからは舞依も一緒に色んなアクティビティーに挑戦――それは無理? なんで? 体力は付いても、運動神経が良くなったわけじゃないからと。怖いものは怖いんだ。


 うーん、でもそれって……


「こっちに来てから試してはいないんでしょ? 単なる食わず嫌いの苦手意識なんじゃ……?」


「ち、違います。高所恐怖症とかと同じで、本能的に生命の危機を感じるというか、嫌悪感で近寄りたくないというか……。そういう感覚は変わらないから」


 お……、おう。主張に魂がこもってるね。


「そういうものなの?」


「そういうものです。怜那、そんなことよりも、どこかで座ってゆっくりお茶にしようよ。屋台街の雰囲気も良いけど、落ち着いたお店にも入ってみたいな?」


 舞依がきゅっと腕を絡めてくる。そういうことなら、どこか良い感じのカフェでも探そうか。――ちょっと誤魔化されてる気はするけど、ま、いいか。相変わらずチョロいな、私。








怜那のギター(ルトル)の技術に関して割と長めの補足を。


怜那のギターの腕前はかなりのもので、高校や大学の部活動レベルを余裕で超えています。真面目に受験すれば、音大に入れるくらいのレベルはあります。

以前、舞依が純粋な技術そのものはそれほどでもないと言ったのは、いわゆるプロの演奏家と比較したらという話で、この辺りの価値観は怜那の影響をモロに受けています(笑)。

また楽器屋の店長が驚いていたのは、この国の音楽はエルゼート(バイオリン)が基準で、高温が綺麗に出て音量も負けないフルートやオーボエ等が好まれる傾向にあり、ルトル(ギター)はマイナーな楽器となっています。従って演奏技術も未発達なため、怜那の演奏に衝撃を受けたという訳です。

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