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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第九章 王家にまつわるエトセトラ>
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#09-05 れい散歩(七歩目 王都でちょいトラブル編)




「あ、ここ楽器屋だ。寄っていい?」


 シックで重厚な扉に、エルゼートがデザインされた鉄製の黒い看板。ショーウィンドウは無いけど、窓の向こうには楽器が並べられてるのが見えるから、工房ではなくて楽器店だと思う。立地や店構えからして、高級店っぽい。


「うん、もちろん。……でも、トランクが楽器にもなるって言ってなかった?」


「チェロとコントラバスじゃあ、弾き語りには向かないでしょ?」


「ああ、えっと……ルトルだっけ? ギターに似た楽器ね」


「そそ。他にもこの世界独自のオモシロ楽器とか無いかなーって」


「民族楽器ぽいものってことね。……でも、王都の高級店街の楽器店で?」


 やっぱ無いかな? いや、諦めたらそこで試合終了。ほんのり期待もしつつ、ドアを開けると――うん、舞依の予言が正しかった。


 やや抑えめで柔らかい照明の店内には、大小のエルゼートが整然と並べられているのが真っ先に目に入る。やっぱり楽器と言えばエルゼートなんだね。


 あとは縦横大小の笛に、壁際に大きなハープ――これは地球のものとほぼ同型――がある。


「金管楽器の類が見当たらないね? こっちの世界では無いのかな?(ヒソヒソ)」


「どうなのかな? ピストンとかロータリーの構造がちょっと難しいのかも?(ヒソヒソ)」


 あー、この世界ってなまじ魔法と魔道具であれこれできるものだから、機械的な技術は正直かなーり遅れてるからね。


「ならシンプルなラッパくらいならどこかにあるのかもね。倍音だけ出せるヤツ」


「管をくるっと巻いてベルとマウスピースが付いてるだけの?」


「そそ。軍艦でセーラー服の水兵さんが吹いてるイメージのアレね」


 店内をウロウロキョロキョロ。あっちの世界の楽器と似てるように見えても微妙に違うから面白いね。リードを使う木管楽器はあるんだね。オーボエとイングリッシュホルンに似てる、二枚リードの楽器もある。


 それにしても舞依に言ったのとは違う意味でのオモシロ楽器はあるね。なんていうか、装飾過多なヤツが結構沢山ある。エッジを縁取る模様くらいは別に良いけど、彫刻やら絵付けやらはいらないよね。


「演奏が貴族の嗜みなら、楽器は富の象徴みたいな側面もあるんじゃない?」


「分からなくはないけど……。ってか、宝石を散りばめるのは、どう考えてもやり過ぎでしょ」


「ふふっ、確かに実用的では無さそうかも。これはきっと、前に博物館で見た“宝剣”みたいなものじゃないかな?」


「あー、本来の用途からは外れた、楽器をベースにした宝飾品ってことか」


 世界が変わっても似たようなことを考える人が居るってことかな。


 あ、あったあった、ルトルのコーナー。


 ふむふむ。形はほぼ完成されてるってことなのかな。ルトルは大きさや形状の違いがほとんど無い。それだけに職人の腕と素材の良し悪しがよく分かる、とも言えそうだ。あ、ヘッド部分だけは職人の趣味なのか拘りなのか、それぞれ形が違って特徴があるね。


 ――あっ、この楽器は良いね。深い色味の木材が綺麗に磨かれていて塗装ニスも丁寧、細部を見ても造りに隙が無い。ヘッド部分の形状もシンプルかつ優美だ。


 楽器の美しさとは、良い音を求めた先にある機能美の事である――っていう職人さんの声が聞こえてくるね。幻聴? うん、まあ、ちょっと話を盛ったかも(汗)。


 ウェットティッシュで手を拭いて、魔法でサッと乾燥させてと。


 ひょいっと手に取った瞬間、良く手に馴染む感じがある。これは――良いものだ。


 へー、よく見たら、デザインのようにも見えるけど、ストラップを取り付けるのに良さそうな突起もあるね。職人さんのアイディアかな?


「ちょっと! あんたいきなり何をやってるの!」


 うん? 血相を変えた店員が早足でこっちに来る。はて、何かあったのかな?


 ぐるっと見回しても、そう広くない店内には私たち以外の客は――いないね。


「あんたのことだよ。いきなり何してるの! それが一体いくらすると思って……」


「うん?」


 二〇歳前後くらいの店員さんは、白いシャツにダークグレーのスラックスとベストに蝶ネクタイという落ち着いた服装の割に、顔色が青くなったり赤くなったり忙しないね。――はて、何を怒ってるのかさっぱり分からないんだけど?


「あれ? もしかしてここって美術商かアンティークショップだったの?」


「はぁ!? 見りゃわかるだろう、ここは楽器店だ!」


「だよね。楽器は弾いてこそ価値がある実用品だよ。インテリアじゃあない。だから手に取って確かめるのは当たり前の事でしょ。……で、あなたは一体何に怒ってるの?」


「なにを――」「申し訳ございません、お客様」


 更に言い募ろうとした店員を、別の店員が遮った。


 白髪をオールバックにして銀縁のメガネが良く似合う、これぞ老紳士っていう感じの人だね。服装は若い店員さんとほぼ同じだけど、どこかパリッとした印象がある。


「どうぞ、そのままお確かめください。あちらの椅子をお使いになるとよいでしょう」


「店長――」


 若い店員さんが何か言おうとするのを視線で制止する店長さん。


「ありがとう。お借りします」


 壁際に設置されている椅子へと移動する。舞依が店長さんに微笑んで目礼をしてたけど……。何かあった? 私は気にしないでいいの? じゃあまあそうするけど。








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