#08-21 アンリちゃんの願い
野営は一応、二人組で見張りを立てた。魔物に関しては安全地帯だけど、人間が来る可能性はある。未発見のダンジョンだから可能性は低いし、実際何事も無かったけどね。
ちなみに管理されているダンジョンだと、安全地帯の治安維持の為に軍や騎士が常駐しているらしい。だからダンジョンに挑む者は、安心して休めるのだとか。エイシャさん情報です。
では、朝ごはんも食べたから出発しよう。あ、朝ごはんは見張りの順番の都合もあって私と舞依で用意した。私は“食べる係”じゃあないしね! 舞依と肩を並べて料理するのは、なんだかほっこりと幸せを感じた。
ちなみに日課の果物の収穫と精霊樹の水(魔力)遣りもちゃんとやっている。ただトランクの中に入れるのは伏せているから、精霊樹の方は寝る時にコッソリとね。
三番目のエリアは二番目までとは違って、魔物の強さが明確に一段上がったね。種類的には虫系が居なくなって、その代わりに鳥系とたまーに爬虫類系が出るようになった。あと全体的に大型化している。
これくらいならまだ秀と久利栖で無双できる。数が多くて若干時間を取られる時だけ、中衛の鈴音が参戦して牽制と援護をする感じかな。
私は後衛の舞依、それからその後ろにいる双子ちゃんとエイシャさんの護衛ね。ああ、カーバンクルは私の引っ張るトランクの上にちゃっかり乗っかってる。――別に構わないけど、トランクを使う時はすぐに退くようにね。ぼさっとしてたら振り落としちゃうよ?
地形はほぼ平坦なのは変わらないけど、木々が密集している部分が所々にある。森と言うには領域が狭いけど、見通しが悪くなったのは確かだからその点は注意が必要だね。
エリアへの入り口とボスがいる地点のちょうど中間あたりでお昼時だったから、小休止をとることに。座るのにちょうど良さそうな岩がゴロゴロしている場所があるね。あそこにしよっか。
お昼ご飯は簡単に、トマトベースの野菜スープ(マグカップ入り)にハンバーガー。どっちも作り置きだから時間もかからない。
では、いただきまーす。スープは私の作り置きだけどどう? ちょっとー、ピタッて手を止めるのは失礼じゃない? これには別に創作要素は無いから。ウンウン、これは大丈夫――って、なんでキミが保証するのかな? 皆もカーバンクルをそんなに信用しないように!
そんな感じで和気藹々なランチタイムを過ごす。ザコ相手とは言え戦闘は緊張の連続だからね。定期的にリラックスしないと。
――さて、美味しく楽しくランチしている皆の中で、物憂げな表情の人物が約一名。実は朝からずーっとそうだったんだけど、なんだかアンリちゃんが私にチラチラと視線を送ってくるんだよね。
うーん、まさかこんな小さな子までホレさせてしまうとは。私ったらなんて罪作りな。
…………
いや、分かってるから。今のはほんのジョーク。
アンリちゃんの視線には、そういう熱は感じない。真剣というよりも深刻な、何か大切な相談事がある感じ。でも相談していいのか分からなくて思い詰めてる――そんな風に見える。
寄り添って座っている舞依にチラリと視線を送ると、微笑んで私だけに分かるように小さく頷いてくれた。
うーん、相談なんてガラじゃないんだけどね。ま、でもここは年長者――ほんの一〇年足らずだけど――として、こちらから話を振ってあげないと、かな。
「アンリちゃん、何か話があるなら聞くよ? それとも今はまだ止めておく?」
びっくりして目を見開いた後、数秒の逡巡の後でアンリちゃんは少し身を乗り出して、ちょっと意外な事を言った。
「レイナ! 私に……、剣の稽古をつけて欲しいの!」
「アンリ……」「お嬢様、それは……」
剣の稽古……、かあ。
私たちは五人とも鈴音のところの道場に通っていた。舞依は結局、基本的な体力づくりと護られる側の心得を学んだくらいだったけどね。一応、全員で通っていた。
表向きには古武術の流れを汲む護身術って触れ込みなんだけど、その本質は武器の扱いも含めた極めて実戦的なものだ。で、そういう実戦的な部分まで師範から手ほどきを受けたのは、私と秀だけ。で、師範曰く、性格的に私の方が向いている――とのこと。
っていうか性格が実戦向きってどういう事よ。うら若き乙女に対して酷くない? 失礼しちゃうよね!
ま、失礼な師範(と秀)はともかくとして。五人の中から剣を教わる相手として、アンリちゃんが私を選んだのはそういう意味では間違いじゃあない。恐らく体格的に一番小柄な私がヒヒの群れを一蹴したのを見て、自分でももしかしたら――って考えたのかな。
それとやっぱりライトケイボーを触らせちゃったのが大きい。アレ、軽いんだよね。そりゃそうだ、剣の柄の部分しかないんだから。子供でも簡単に振り回せる。
うーん、ちょっと責任は感じる。でも最初から結論は出てるんだよね。
「ゴメンね、アンリちゃん。それは出来ないよ」
「……それは、私がまだ子供だから?」
私を真っ直ぐに見つめる視線には、真剣さ以上に何かとても思い詰めたような焦燥感が見て取れる。
「理由は色々あるけど、全部ひっくるめて一言に纏めるとそういうことになるかな」




