#01-07 セブンソードカリブー
トナカイと正面から対峙し、ハンマーを正眼に構える。
一方、トナカイの方もやや頭を落としてこちらを見据えている。
身に纏った魔力が目(視界)にも作用しているのか、トナカイが足に魔力を集中させているのが見て取れる。
互いに睨み合ったまま十数秒が過ぎた。
さぁっと潮風が吹き抜けていく。気分はまさに砂浜の決闘。
突っ込むタイミングを見計らってるのかな? 何も考えずに突っ込んできてくれた方がやり易いんだけど、こっちの希望どおりには動いてくれなさそう。
……ちょっと誘いをかけてみるか。
足に魔力を集中させてグッと踏み込み、
「疾ッ!!」
掛け声とともに踏み出しハンマーを振りかぶると、トナカイの方も魔力を込めた脚で一気に駈け出した。
うん、想定通り。私は一歩だけ踏み込んだところで立ち止まる。
伸びろ! と同時に電撃を付与。
振り下ろしたハンマーの柄がギュンッと一気に伸びて、トナカイの顔面へと迫る。
「ウォオン!?」
さしずめ「ナニソレ」とか「聞いてないよ」とか、そんな感じかな? 微妙に締まらない鳴き声を上げつつトナカイがハンマーに見事に激突。そして付与させた電撃が襲い掛かる。
トナカイはビリビリと痙攣するも、崩れ落ちるには至っていない。でも動きを止めることには成功した。
「収納」
接触しているトナカイをトランクに収納すると同時に元の長さに戻す。
せーのっ! っと。
全身の魔力を高めて、ハンマーを力の限り真上に向けて放り投げる。グルグルと回転しながら飛んで行くハンマーが、あっと言う間に点のように小さくなった。
これはアレだ。アニメならキラッと光ってこのまま消えちゃうパターンだね。
トナカイは電撃で動けなくなっていた。でもエリアボスなら簡単に付与した電撃程度、すぐに回復してしまうだろう。そうなると当然、あんな得体の知れない空間からは逃げようとするわけで――
ゥォォォオオオーーーーン
宙に放り出されてパニクるトナカイの声が聞こえる。
――と、こんな感じで敢えてトナカイを取り出す必要も無いってわけ。
回転するハンマーから出たせいで、トナカイもグルングルンと回りつつ落ちている。どうにかバランスを取ろうとしているのか手足をバタバタさせてるけど、必死さの割にあんまり効果は無さそうで、微妙に憐れを感じなくもない。
再びハンマーを手元に戻してトナカイを待つ。
そして程なくして、トナカイが砂浜に落下――というか着弾? ズシンと大きな音を立てて、白い砂を舞い上げた。
巨体なだけに自重による落下のダメージは相当なモノだったらしい。魔力反応はあるからまだ生きてるけど、脳震盪を起こしたのか動く気配がない。
ハンマーの形状を出来る限り薄く変形させる。
逃がすつもりは無い。きちんと止めは刺す。それは戦うと決めた時点で覚悟したことだから。
目を覚ます気配がないか注意しつつ位置取りをして、ハンマーを振り上げる。頭は角が邪魔だから狙いは首。頸椎を叩き折る。
力を込めてハンマーを振り下ろす。
何かを砕く音と感触がグリップを握る掌から伝わる。程なくして魔力の反応も消失した。
「はぁーーー……」
大きく深呼吸をすると、一気に緊張がほどけていく。
大きなトナカイの身体に触れてみる。美しい毛並みと見事な角を持った生き物は、今はもうただのモノになってしまった。
ごめんね、なんて自己満足の台詞は言わない。これは戦った結果で、私だってやられる可能性はあった。
でも――
なんだかよく分からない感情が溢れて、しばらく動けなかった。涙は――流れなかったけどね。
やっぱり女子高生に命のやり取りは、結構キツイものがある。だけどこの世界で生きていくには必要なことだろうし、慣れていかないと。あんまり慣れ過ぎちゃうのも、乙女としてはちょっとアレな感じがするところがなんとも……
なんだ、私にも結構繊細な部分があるんじゃない。みんなと再会したらちょっと自慢してやろう。
――ちなみに後日、舞依たちにトナカイを見せながらこのことを話したら「初戦でコレを選ぶなんて、怜那はやっぱりちょっとおかしい」と言われてしまうことになる。
おかしいな? 私の繊細さについて話したはずなのに。……解せぬ。
トナカイが確実に死んだことを確認した後、トランクに収納してスロットの時間を止めておく。いずれ解体するか、このまま売るにしても状態が良いに越したことは無いからね。
ちょっと(主に精神的に)疲れたけど、ほぼほぼ作戦通りにいったし、初戦闘は満点と言っていい結果じゃないかな?
卑怯? えげつない? 最初に醸し出してた決闘の雰囲気は何だったのか?
最高の褒め言葉です。
何しろ命が懸かってるんだから、安全策を取るのは当たり前。こっちにはトランクっていう神様からの贈り物があるんだから、積極的に活用すべきでしょ。
ちょっとがめついというか守銭奴っぽいことを言うと、今は換金アイテムの入手が目的だから、魔法は使いにくいっていう理由もある。
たぶん魔法の出力を上げて押し切れば大抵の魔物は斃せそうだけど、それじゃあ毛皮も肉も駄目になっちゃいそうだからね。高出力でかつ針や刃物のようにピンポイントの攻撃ができるように、もっと制御が上手くならないと。
ゲームだったらどんな倒し方でもアイテムがドロップするんだろうけどね。現実はなかなか厄介だ。