#01-06 最初の獲物は……
「ハンマーモード」
トランクを手元に引き寄せるのとモードチェンジを同時に行う。この感覚はもう既に体で覚えた。
ハンマー形態はハンドルの部分から一本の長く太い柄が伸びて、トランク本体がハンマーの頭の部分になる。元の形は縦長だから、縦横比がちょうど逆になった感じかな。あと厚みが増して断面がほぼ正方形になってる。ちなみにグリップ側の先端に、何故かハンドルがくっついてる。お茶目か(笑)
ブンッ、ブンッ。……ビュオォンッ!
縦に振り下ろし、横に薙ぎ、大きく回転するように振り回し、ピタッと制止。白い砂がブワッと舞い上がって、円を描くような跡が砂浜に残った。
うん。このサイズのハンマーを振り回したことなんて無かったけど――当たり前です――ものすごく手に馴染んで使いやすい。ナイフよりも魔力のノリが良いような気もする。
重さは空っぽのトランクと大体同じくらいで、これはトランクの時と同じ。それでもそこそこ重いはずだけど、上乗せされた身体能力のお陰で力を入れようと意識すればピコピコハンマーくらいの感覚で振り回せる。
ブンッと振り上げて肩に担ぐ。
うん、なかなかの使い心地。問題があるとすれば、大きいから狭い場所では扱いにくいってところかな。
さて、お次は――
「シールドモード」
盾形態にすると、元のトランクが縦横に拡大したような形状になり裏側――キャリー用の伸縮ハンドルの付いてる方――に両手で持てるくらいの取っ手が現れた。
うーん……、これ、盾? ちょっと厚みがあり過ぎるんじゃない?
――と思ったら、にゅにゅっと縮んで厚みが減った。元の半分くらいかな。
これって大きさを変えられるんだ。じゃあ、ハンマーもピコハンサイズにできる?
……無理でした。残念。
あれこれ試した結果、大きくする分には制限が無い? みたい。ハンマーの柄を二〇メートルくらいまで伸ばしてみて、そこでやめたから限界は不明。
逆に小さくする方は、一辺の長さを元の半分よりも小さくは出来なかった。さらに元のトランクよりも小さい体積にすることも出来ないっぽい。
トランクを小さくできれば持ち運びに便利なのに……って、そんなこと気にしなくていいのか。なにしろ必要な時に手元に呼び出せばいいんだから、そもそも持ち運ぶ必要がない。置きっぱにしたところで、私以外には使えないからね。
最小でトランクサイズってことは、人(私)が動けるだけのスペースが有れば持ち込むことは出来るわけだし、致命的な問題にはならない――はず。無い物ねだりは建設的じゃない。
それより大きくなるのは良いけど視界が遮られるのはな――なんて考えてたら、意識すれば本体部分が透明になって向こう側が見えるようになった。CGでよく見る、アウトラインとエッジ部分だけが白いラインで表示されるようなアレね。
ちなみに取っ手とキャスター部分は透明にならない。この辺の仕様は謎というかお茶目というか――神様の趣味かな?
ハンマーと盾の検証はこんなものかな。それじゃあお次は探知魔法に再挑戦といきましょう! もちろん前とは違う方法で。
お昼を食べながら考えてたんだけど、さっきのやり方は例のマンガに倣って、領域全体を自分の魔力で満たそうとしたところに問題があった。ついでに言うと、加減を間違えて密度を濃くし過ぎたっていうのもある。
というわけで、解決策その一。薄―い膜状――中身は空っぽの――の魔法を拡大させていって、それを通過した魔力反応を読み取る。参考にしたのは潜水艦の出る戦争映画で見たアクティブソナー。
では慎重に魔力量を加減して……。えいっ!
魔力の薄い膜が広がっていくと同時に、様々な反応が読み取れた。
ほうほう。この位の薄さなら魔物たちを刺激することも無いと。
ではでは続いて解決策その二。細ーい魔力の糸を立法格子状に展開して、接触した魔力反応を読み取る。こっちは蜘蛛の巣がお手本。形状についてはジャングルジムだけど。
取り敢えず範囲は五メートルくらい、格子の一辺を一メートル……ではちょっとざる過ぎるかな? 五〇センチくらいにしよう。よし、展開!
うん。反応を読み取る限り、こっちの方も大丈夫っぽい。
ただ予想通り、どっちも一長一短かな。ソナーの方は比較的楽だけど、情報がリアルタイムじゃない。立方格子の方はリアルタイムだけど、制御がちょっと面倒な上に小さい対象は網目をすり抜ける可能性がある。
目の粗い立方格子を展開しつつ定期的にソナーを使って、両方の欠点を補う使い方をすれば問題無いか。
まあ、使い方次第っていう意味では最初の領域型もそうなんだけどね。例えば乱戦状態で敵味方の位置を常に把握する為とか、相手に気付かれるのは承知の上で炙り出す為とかね。
う~ん、どっちも物騒な使い方っていうのがなんとも……
それはさておき、ね。
森の中は落ち着きを取り戻している。一点(一体)を除いて。
いるんだよね~。森を一〇メートルほど入ったところ、ちょうど木々と森の影に紛れてこっちからは見えない位置に、大きいのが一体。じっと動かず、さりとて気を緩める様子も無く、こちらを警戒し続けている。
たぶん休憩前の領域型でこっちに気付いて様子見に来て、それからずっとあそこに居座ってるってことだよね……。しつこくない? 何事も引き際が肝心だよ。粘着質は良くないって。
――なんて文句を言っても始まらない。
魔力の反応はこの辺りでは一番強い。たぶん四つ足の獣で、全長は三~四メートルくらいかな。ここらのヌシ的な存在、ゲーム的に言うとこのエリアのボスかもしれない。
安全策を取るなら、アレが警戒を解くまでやり過ごすのがいいんだろう。でもあのしつこさを考えると、警戒を解かれたあとはもう大丈夫ってことにはならないと思う。
アレはもうこっちを完全にマークしてる。ほとぼりが冷めたと思って森に入ったら、襲い掛かってくる可能性もある。っていうか、きっとそうなる。勘だけどね。
だからここで叩いておく。森の中で先手を取られるより、開けた砂浜におびき寄せた方が有利だ。
初戦の相手がエリアボス(推測)っていうのはどうなんだろう、とは思うけどね。
ハラは決まった。鈴音のところの道場で師範と手合わせをする時のように、呼吸を整え、心のスイッチを切り替える。
――うん、大丈夫。やろう。
属性の無い魔力弾を一〇〇個余り生成し、森の中にいる敵に意識を向ける。姿は見えないけど、探知魔法でしっかり補足しているから外すことは無い。
行けっ!
まずは真っ直ぐ高速に飛ばす。それが命中したタイミングで弧を描いて飛ばしたものが左右から襲い掛かり、さらに上空からも降り注ぐ。
一つ一つの魔力弾は小さいし、敵の魔力量を考えると直撃しても大したダメージにはならないだろう。これは避けられないように、ひたすら当て続けるだけの攻撃だ。
目的は挑発。もっと露骨に言ってしまえば、ただの嫌がらせ。
ウォォォーーーーーッ!
想像よりも高い鳴き声と同時に、魔力が渦を巻きドーム状に広がった。
周囲の木々が倒れてはいないから、魔法に対してのみ有効な盾魔法かな? ふーん、そういう魔法もあるのか、覚えておこう。
なんにしてもこれ以上の挑発は無意味だろう。それに誘いに乗ってくれたみたいだしね。
比較的ゆっくりと歩いてくるのはボスのプライドかな? それともこの程度の魔法なら大したことは無いって、こっちを甘く見積もってるのか。
やがてそれが砂浜へ姿を現す。
「へぇ……」
現れたのは巨大な鹿……いや、角の形がどっちかというとトナカイに似てるかな?
トナカイとはいっても頭部の特徴が似てるってだけで、それ以外は別物といって生き物だ。マッシブで大きな体つきに、堂々とした立ち姿はエリアボス(個人的想像)たるに相応しい風格がある。
で、最大の特徴はその角。頭から二対生える金属的な光沢を持ったそれは、根元で二股に分かれて湾曲し、まるで剣のような鋭いエッジと切っ先がある。さらに前足の膝と、ゆらりと揺れている尻尾の先にも同様の剣が生えていた。
名付けて、セブンソードカリブー。……ちょっと中二っぽいかな?
なんにしても白いお髭の太っちょお爺ちゃんに御せるような、かわいい奴ではないね。
では、初戦闘といきましょうか。