序章
「黒き魔女よ、どうした貴殿はこんなものではなかろう」
どれだけ時間がたっただろうか。自分では認識できな程に消耗し、この戦いに熱中していた。互いに大きな傷はなくとも、魔力の消耗は激しい。魔女もいままで布で覆われていた顔をさらけ出している。まだ、もう少し。この時間が惜しい。かつてないほどの熱戦、血肉沸き、心躍る。税収なんて考えなくていい、他領地との小競り合いも関係ない。領民からの理不尽な訴えも来ない。この戦いの中でだけは誇りも役目も何もかもを忘れて自由でいられる。自分にとっての最後の自由。だから、まだもう少し持ってほしい、体も、魔力も。
「……」
息が切れる。いかに疑似的な不老不死の身だといえども疲れはする。何なんだこの男は?もう2日は戦っている。普通の人間なら、魔力切れを起こすか、その前に私の手によって殺されているはず。呪いでもって対処しようとしても軽く流して見せる。かといって魔力の塊をぶつけたところで受け流すか、避けるか、当たっても回復してくる。……ジリ貧だ。失敗した。実験とか称して魔物の再現体やサンプル回収とかいって人をさらってくる場所を間違えた。近隣の国こんな化け物がいるとか聞いていない。頼む、さっさと死んでくれ。
騎士が振るえば、魔女の肉体は飛ぶ。身体能力では騎士が遥かに上だった。魔女が魔力を放てば、騎士の皮膚は焼け、鎧の隙間から肉の焼けるにおいが漂ってくる。魔法の精密さ、威力、魔力量においては魔女が上だった。しかし、互いに傷を受けたとしても再生し、立ち上がる。魔女が逃げる素振りを見せれば圧倒的な速さで退路を断つ。騎士は意地でも魔女をこの地で滅ぼすつもりだ。剣が舞い、血が飛ぶ。魔力の荒ぶり、肉が焼ける。木々は裂け、大地を割り、命は干からび、残るのは騎士と魔女。騎士の鎧などすでに役立たずとなった。魔女も全身を覆っていた外套は散り、ところどころ皮膚があらわとなっている。
相手を仕留めるためには、魔力を涸らさせる必要がある。魔女の疑似的な不死、騎士の再生。魔女の魔力は騎士の倍は軽く超える総量である。それでも、騎士には秘策がある。この戦いのために友に叱責されながらも施してもらった策。
騎士の魔力は限界に近づいていた。
(確実に仕留めるのはやはり難しいか、ならば)
剣で魔女を突き刺しにし、地面へと縫い付ける。魔女は勢いよくたたきつけられ、たまらず空気を吐き出していた。そのまま、剣に体重をかけ、限界まで大地へと押し込む。体同士が密着する。
(魔女も体温は暖かいのだな)
どうでもいいことに一瞬思いを巡らせ、そして
「これで終わりとしよう、魔女よ」
騎士の肉体に残った、魔力が一斉に励起する。暴走、過剰に生成された魔力は大きな流れとなり体外へと漏れ出す。
「まさか、貴様!」
魔女が全力で足掻く、仕方がない。騎士は自爆しようとしている。しかも、ここまで魔女との戦いについてこられただけの持久力をもった肉体から過剰に生成された魔力の量だ。この魔女であろうと消し飛ぶ。騎士により強く縫い付けられた魔女は身をよじることすら許されない。
轟音が曇天へと響く。戦いの終わりが告げられた。