第6話:下水に棲む怨念
今回は不愉快な描写があるので、ご注意してください。
私は姿を変える暗殺者"シェイパー"を撃破し、謎の組織に助けて貰った。
これは私にとって、自警団からスーパーヒーローに変わる良い出来事だと思っていたが、現実はそう甘く無かった───
「───私の力を?」
私が目覚めると、スーツ姿の大柄な男から力を借りたいと頼まれた。これってまるでヒーローチーム結成の導入みたいじゃない?
「そうだ」
藤堂昭夫という男は椅子から立ち上がると、私に対して付いて来るよう言う。私も立ち上がるだけの元気は戻っていたから難なく立ち上がって彼に付いて行った。
私が連れて来られた場所はなんと、大量のモニターとパソコンがある作戦司令室だ。よく映画で見る場所だが、実際見るのは初めてで私は胸が高鳴るほど興奮した。
「ここで我々は君の動向を監視していた───って、おい?」
あまりにも見入っていた私は話が耳に入らなかったため、藤堂さんに呼びかけられた。
「あっ、すみません。つい・・・」
我に帰った私が謝ると、彼は溜め息をついて説明を再開する。どうやらこの部屋で秋津市中にある監視カメラを介して、私の事を見ていたようだった。
「ということは、マダムヴァイパーに襲われた時、みんなを助けたのも?」
「そうだ。少し遅かったが・・・」
ただ、彼の言っている事は本当だと信じるが、そうなると彼等が何者なのかますます気になった。
「結局、あなた達は何者なんですか?」
「我々は、"I.S.M.A."───世界平和の維持をする為に活動している機関だ」
彼の言う、I.S.M.A.とは、国際特殊対策機関の略で、英語にすると長いから今は解説を省く。ざっとで解説すると、映画や漫画によく出て来る正義の秘密組織だと思えばいいと思うよ。
「なら、どうして秋津市に拠点を?」
「まぁ、支部は別で、ここは"臨時"で設立された所だ」
「なんで"臨時"なんですか?」
「君のような超人が日本の秋津市で発見され、しかも名だたるI.S.W.がこちらに押し寄せている。だからその手間を省く為に臨時でこちらに人員と設備を送ったという訳だ」
私は何となく納得して相槌を打つが、それにしても用意が早かった。
「とにかく、これからは我々に協力してもらいたい。支援も行う」
私は『うーん』と悩む。確かに彼らを信じられるかどうかは分からない。ただ、協力したことによる見返りも大きいし、何より私のイメージアップにも繋がる───そんな訳で自分の利益を優先した私は、彼らに協力した。
・・・後で後悔しないかって? まぁそれはおいおい分かるよ。
「───是非協力させてください」
「感謝する。それなら君に"新しい"コスチュームを渡そう」
私はその言葉を疑問に思いながら彼に付いて行った。
彼に付いて行くと、そこは研究室で奥には何か入ってそうな大型のカプセルがあった。
私はその部屋の雰囲気に気分を高める。周りは映画で使われるようなハイテク機器ばかりで、研究員達が何かを調べていた。
「あの鉱石って・・・」
「テクノマイトだ、あの鉱石を我々の方でも調べていたんだ」
そして奥のカプセルに辿り着き、彼が近くのモニターに映し出された番号を押すと、カプセルは上下に開き、中からは赤と青のコスチュームとマスクが出てきた。
実際に試着してみるとこれが中々に───凄い。私の語彙力が更に無くなるぐらい凄い。
研究員が鏡を持ってきて、コスチュームに身を包んだ私を映し出す。赤と青を基本とした戦闘スーツに腰蓑のような布が付いている。そして、マスクは口元が見えるようなヘルメットで、頭の上にある2本角が特に気になっていた。
「何この角?」
「それに関しては、私の方で解説します」
気になっていた私に、1人の女性研究員が話を始めた。
「その戦闘用スーツは、貴女が活動し始めてから研究して作った物よ」
「そうだったんだ・・・」
「それで、コスチュームは貴女の地元にある"伝承"をモチーフにした物で、マスクにある二本の角の中には電波を拾う小型アンテナが内蔵されています」
多分、彼女が言っている"伝承"って私のいる秋津市ではなく隣の市なんだけど・・・まぁ良いか。
確かにそう言われてみると、全体的に"それ"に似ている。何でぼかすのかはご想像に任せる。
コスチュームの機能や使い方の説明が一通り終わり、藤堂さんは私に彼女を紹介した。
「彼女は"柚宮カレン"、研究班で班長を務めている」
カレンさんは長い金髪に眼鏡を掛けた物静かで淡々とした人で、何とハーフだ。
その後、私は施設の中を見学させてもらい、その中でも説明を受けて色々分かった。
まず、私が今まで倒してきたヴィラン───特に、I.S.W.に該当する面子はアメリカの方にある"テラーゲート刑務所"っていう場所に護送済みのようだ。
あとは、I.S.M.A.と連携を取るためにどんな班がいるのかとか色々聞いた。
この組織には、事件があった時に行動する"捜査班"、科学的に立証する為に研究や調査をしたり、装備などを製作する"技研班"、捜査官の手に負えない時や武力行使する為の"実働部隊"・・・あとは司令室のオペレーターさん達やちょっと色気のあるミステリアスな女医さん、それに清掃員さんや食堂の料理人などと言った人達など・・・いろんな人で構成されていた。
最後にある部屋の前に辿り着く。そこは執務室で、中には彼等を指揮する人がいた。
藤堂さんが扉を叩き、私は固唾を飲みながら入って行った。
部屋に入ると、その中央には長い黒髪をした女性が座っていた。
その人物は艶のある長い黒髪の女性で、顔の半分が隠れていた。
「───この方が、我々の指揮官を務める"枢木衣莉奈"さんだ」
綺麗───私がまず最初に思った感情はまさにそれで、顔半分隠れていてもその美しさは変わらず、むしろ私も大人になったらこうなりたいな。
枢木さんは私を見て、穏やかな笑みを浮かべながら挨拶した。
「初めまして、立花未可矢さん。いや、レディブラストさん」
「どちらでも好きな呼び方で大丈夫ですよ」
「分かりました、それなら状況に応じて使い分けますね」
そう言って彼女は、立花未可矢としてではなく、レディブラストである私に話した。
「レディブラストさん、貴女の活躍は存じており、私も感激しております。それでなのですが我々に───」
「是非協力します!!」
───やらかした。この時の沈黙はとても気まずい雰囲気で、正直言って私は何故か死を覚悟していた。
そんな雰囲気の中、枢木さんは口を抑えて上品に笑う。相当私のミスがツボに入ったのか、協力してくれる事を嬉しく思っていたのか───今でも真意はわからないままだ。
「もう伝わっていたのですね」
「申し訳ありません!!」
藤堂さんが彼女に頭を下げて謝ると、彼は横目で私を見る。その目は私も謝れって意味だったのか、私も頭を下げた。
「二人共いいのよ。では、レディブラスト───よろしくね」
私は元気よく声を出して返事した。
部屋から出た私は、とりあえず藤堂さんに怒られた・・・というより、注意を受けた。
「立花、枢木さんが話し終える前に話をするのは駄目だろ」
「すみません・・・」
しょんぼりする私を見て、彼はため息を吐いて言った。
「・・・お前はまだ学生だから仕方ないが、社会のマナーは覚えておくんだぞ」
社会のマナーは最低限知っているつもりだと思っていたが・・・今でもわかってるとは言い難い。
コスチュームはちょっと特殊なトランクケースに入っており、これを手に持って悠々と私は帰って行った。
新しいコスチュームを貰って家に帰ってきた私はまず───怒られた。
あの戦いから一日しか経ってないものの、私の家族は過保護なのかそれとも心配してくれているからなのか・・・どっちにしろ、申し訳ないとは思っていた。
謝ってから自分の部屋に戻った私は古いコスチュームを洗濯して乾かした後、すぐ箱に入れる。やっぱり捨てるの勿体無いし、愛着もあるから大事にしたかった。
ちなみに新しいコスチュームはというと───すみません、今庭にあるんです。
バレるわけにはいかないし、あんなものを持ってきたらそれこそ家族会議になっちゃうから、それがとても嫌だった私は、一度庭の物置に隠して、人気が無くなった時に部屋へ戻す気でいた。
それから次の日、私がヒーロー活動をして小休憩を挟んでいる時、気になるニュースがスマホの画面に現れた。
それは、秋津市内外にあるポンプ場の一つから三人の遺体が発見された事で、死因は"硫化水素による窒息死"だった。
まぁ多分不幸な事故だったのだろう───私はそう思っていたが、I.S.M.A.は違った。
もう一方のスマホではなく、マスクの耳元が反応し、そこに触れると本部へ繋がった。
「こちらレディブラスト、何かありましたか?」
『───応答したな。早速だが、本部に来てほしい』
その通信を聴いた私は、疑問に思いながらも本部へ向かった。
本部は秋津市内の人気が無い場所───元々役所だった建物の地下に本部を設置していて、土地の所有権もなぜか持っているという用意周到ぶり・・・とんでもない組織だ。
ちなみに衛星画像からは見られないような仕組みになっていて、ますます胡散臭さに磨きがかかっている。私は好きだけど。
作戦司令室に入った私は、その中で待っていた藤堂さんが腕を組んでいた。
「よく来たな、さっそくだが君に"初任務"だ」
私は"初任務"という言葉に心をワクワクさせるが、正直敵が何なのかを知っていればすぐ断っていただろう。
会議室に連れて来られた私は、彼から任務の内容を伝えられた。
話によると、あのニュースが関連しているようで、私は驚く。あのニュースってのは、"硫化水素による窒息死"によるあの事故だ。
「現在、柚宮達技研班が調べているが、どうやら"それ"は今も移動しているようだ」
「"それ"って?」
「我々にもよくは分からないが───科学班と捜査官が調査している時に地下の方から声が聴こえてきたらしい」
「えぇ・・・脅かすのはやめてくださいよ」
「脅かしたいわけで言っているわけじゃなくて本当だ・・・とにかく、その物体が事件に関わっているのは確実だろう」
「それで、私にそれを捕まえろと?」
「そうだ。"犠牲者は少ない"が、これから先も出ないとは限らない───頼めるか?」
そう言われたが、私の心は決まっている。そいつが今回の主犯なら、懲らしめて二度と悪さ出来ないようにしてやりたかった。
私がまず最初にやる事───それはいつもと変わらず、パトロールと懲悪活動だ。
新コスチュームに変えてから、最初は他の人も別人だと思っていたようだが、徐々に私をレディブラストだと気付いてくれた。
しかし、そんな事をしていても今回の大物は見つからず、私もイスマの面々も途方に暮れていた───そんなある日だった。
それは夜のこと、私が市外の方まで操作範囲を広げていると、鼻に異様なにおいが入ってきた。
鼻腔を刺激する嫌なにおい───ゆで卵のにおいというべきか何というか、臭い。
正直、硫化水素をあんまりよく分かっていない私は、無視しようとするが、どう見ても臭いが強いし近い。まるで、"近くにいる"ような感覚を覚えた。
私はその場で止まり、嫌な臭いの方向を探し出す。正直、こんな臭い吸い過ぎたら普通に自分の命がヤバいから、すぐ見つけ出した。
その臭いはどうやらある場所から出ており、名前を見るとそこには『マンホールポンプ場』と看板に書かれていた。
私はすぐ通信し、現場へ向かってもらうよう伝えた。
「さて、開けてみますか」
私は臭いの濃いマンホールを開けようとするが、そうする必要性が無くなった。
マンホールが急に開き、後ろに強く倒れる。マンホールに留め具があったからそうなっている事を私は知ったが、気にするところはそこじゃなくて、その中から出てきた"奴"だ。
そう、"奴"は固体と液体が入り混じっており、この時は夜だから姿は見えない筈だが・・・新コスチュームの新機能をここで一つ紹介しよう。
それはマスクの機能で、今見ている視点をサーマルモード、ナイトモードにすれば夜でも風景がバッチリ見れるのだ。
ちなみに見たものは───正直悪夢のような相手で、サーマルモードにすると全身が青色で、人型ではあるが完璧に人間では無かった。
「あなたが最近の事件の真犯人ね・・・覚悟しなさい!!」
威勢良く言ったものの、相手にそれが通じる訳も無く、それは巨大な雄叫びを上げた。
しかもその臭い───それに何かが蠢いているようにぬるぬるした身体に私は吐き気を催した。
生理的に受け付けないというべきか、そんな事を直感した私が取った行動はまず、サウンドブラストを相手に撃ち込むことだった。
撃ち込むと何かが辺りに飛び散り、相手は痛いのか雄叫びを再び上げた。
臭いは徐々に強くなり、私の喉元には酸っぱいものが込み上げてくるが、私は我慢しながら戦闘に入った。
敵は、腕を伸ばしたり、口から変な液体を出して攻撃するが、それを全て避ける。寧ろ避けないとトラウマになるような攻撃だから尚更避ける方向で戦った。
サウンドブラストで何回か攻撃するものの、相手に効いているのか分からない。撃ったところから何かが出てきてはいるものの、すぐ再生するせいでノーダメージな感じだった。
手応えなくエネルギーを消耗するだけの戦いに、私は苛立ちを隠せなかったが、相手は何か思い出したようにすぐ液状化して地下へ降りていった。
その出来事を不思議に思うものの、辺りの気持ち悪い臭いに耐えきれず、私は吐いた。
それからしばらくして、I.S.M.A.の捜査班や技研班が来て、現地調査をする。そして、警察官やそのポンプ場を管理している会社から派遣された従業員も来て、彼等はそれぞれの仕事をしていた。
コスチュームは技研班が預かる事になり、私も最初は驚いたものの、どうやら消毒の為と敵の手がかりが付いている可能性があるらしい。
家に帰って寝ようとするが、この日帰ってきたのは午前3時───そしてここで寝れなかったと言うことは・・・もう分かるね?
授業中、私は居眠りしてしまい、先生からは注意を受け、周りからは笑われた。
「ミカ、あなた寝てるの?」
橙子が私の机に頬杖しながら訊くと、私は顔を上げて彼女を驚かせた。
「・・・って、隈出来てるじゃない!?」
私は疑問に思っていたが、彼女がスマホの鏡アプリで見せてくれたおかげでやっと気付けた。まぁ、寝れなかったし仕方ないよね。
彼女に早退を勧められたが、それを断ってそのまま下校時間までいた。
その後、自分がどうやって帰ったか覚えていないし、その日寝たらすぐ次の日になっていた。
学校行って下校・・・そして本部に行って現状を訊いた。
「貴女と戦った相手が判明しました」
カレンさんからそう言われ、私は更に耳を傾けた。
「現場に残された成分は"スカム"、謂わば汚泥が腐敗したもののことね」
「それと何が関係?」
「要するに、貴女が戦った相手はスカムの塊・・・いや、怪物と言った方が良さそうね」
スカムの怪物───私はそれを"スカム・シング・モンスター"、略して"STM"と命名した。
とにかくその後も彼女の説明は続き、私が戦った相手は、スカムの怪物で、そこから発せられる硫化水素は、完全に常人には耐えられない数値を叩き出しているらしい。
正直、スカムに取り憑いた幽霊だと思っていたが、実際違うようだった。
現場から採取したスカムを更に調べた結果、"ナノボット"が発見されたようで、誰が作ったのかは分からないものの、これがSTMの身体を構成していることに何ら変わりは無かった。
今回のヴィランの正体は判明したものの、下水から流れてくるものの集まり・・・正直言って私は戦いたくなかった。
表情を暗くしてしまい、それをカレンさんは淡々と指摘した。
「戦うのが嫌なの?」
「いいえ、そんな訳では───」
「本当の事を言いなさい。嘘ばかり言うと後で後悔すると思うから」
私はそう言われ、誤魔化すのをやめた。
「はい・・・正直言って戦いたくないです」
それを聴いて、彼女は静かに頷いた後、話をした。
「もし、再び"犠牲者"が出ても?」
その言葉が心を突き刺す。私だって、出来る事なら犠牲者を出したく無かった。
「貴女は今では正義の味方なんだから自覚を持ちなさい。残酷な事だけど、嫌な事でも嫌だって言えるような世の中じゃないの」
「それは・・・」
私はその言葉に辛い感情が込み上げてしまい、目がうるっとした。
「・・・でも、貴女の嫌な気持ちは嫌でも分かるし、ヒーローとはいえまだ少女なんだから、少し考えてきなさい」
そう言われて、私は『えっ』と言ったが、彼女は話を続けた。
「私達だって、世界を守る組織なのに、レディブラストや他の人達に頼り切りだったら、何のためにいるのか分からないもの」
そう言われて、私は家に帰される。その時に藤堂さんとカレンさんの声を聴いた。
「なぁ、未可矢を家に帰してよかったのか?」
「確かに、怒って現実を突きつける方が良いのかもしれないけど、私は他人に怒れるような人間じゃないし、かと言って現実を突きつけてもし彼女が戦ったとしても、彼女自身はただ不満が残るだけだと思うわ」
「うーん・・・」
「それに、彼女は多分戦うわ」
「何でそう思うんだ?」
「だって、そんな娘が今まで痛い思いや怖い思いしてでもヒーロー活動なんて続けるのかしら?」
「・・・お前らしくないな」
「そう?」
私はこの一連の会話を聴いてか、トイレの洗面所で、目に溜まった涙を流し終わった後、顔を洗って再び戻ってきた。
戻ってきた私に、藤堂さんは話を聞かれたと思って動揺するが、カレンさんは案の定とでも言うように、表情を変えなかった。
「───私、やっぱり戦います」
「後悔しない?」
彼女からそう言われて私は悩んだが、それでも私は言った。
「後悔はするかもしれませんが、多分、STMを止めなきゃ、それよりもっと後悔することになるから・・・私は戦います」
それを聴いて、彼女は少し笑う。初めて会った時は冷たい無感情な人だと思っていたが、実際のところ違った。
それからというもの、私はI.S.M.A.と連携を取ってSTMの存在を探し出す。目的については未だに不明だったが、ナノボットについては解明された。
あのナノボットは、体の細胞組織などを組み替える特性を持っているらしく、例えるなら私のような超人を生み出す事も出来るって話になる。
そうなると、人間の素体が必要になってくるので、そこは"捜査班"が調べてくれる筈だろう・・・私が人任せなのは如何なものか。
相手に直接触れてしまうと破傷風になると言われるものの、銃弾や刃物を通さない私にワクチンは打てないし、かと言って今打っても手遅れだと言うことで、絶対に接近しないよう釘を刺して言われた。
しばらくして───奴が見つかる。しかもその日は梅雨で、雨もだいぶ降っていた。
今日は土曜日だから普通なら休みだけど、ヒーローに休みは無い───私はコスチュームの上に黄色い雨合羽を羽織ってヴィランを待っていた。
STMの動向については未だ解らなかったものの、今までの出現位置から推測して、奴の狙いは下水処理場だと判明する。倒す手段はI.S.M.A.の方で準備してあるようだ。
となると、私の役割は・・・囮だ。時間稼ぎの為に私が奴の注意を引き付けて、その間にI.S.M.A.が秘密兵器を出すという作戦だ。
そして、その時はやって来た───STMは、下水処理場内にある一箇所のマンホールから現れると、奴は施設の方に向かって動き出した。
あの時は夜だったから鮮明には見えなかったものの、今だと見える。雨に当たって潤うその姿が相変わらず気持ち悪いし、何よりグロく、そして前より一回り大きかった。
前回はおよそ3mしかなかったが、今では7m程はある。私なんてあれからすると、蝿とか蚊にしか見えないんだろうなぁ・・・
硫化水素の濃度が濃すぎる為か、私も防毒マスクを口に付けて戦いに臨んだ。
STMは自身の掌から、スカムの塊を生み出してそれを私に投げつける。私はサウンドブラストで破壊したり、避けたりするものの、その塊が衝撃で飛び散り、私にも付着した。
腕についたスカムの破片を見て、私は気持ち悪くなる。肌色の何かに、髪の毛などと言った物が絡んでいる。レインコートを着ていたから良かったものの、これがコスチュームに付着すれば、発狂モノだっただろう。
何とか平常心を保って私は攻撃を繰り出す。やはり相手の身体に攻撃しても効いているような感じはしない。これの元が実際に人間だとは思えなかった。
何度も攻撃するものの、大雨により、敵の身体は少し崩れているようにも感じる───それを弱体化だと思った私は、モチベーションを上げるように攻撃の手を緩めなかった。
そして、勝機は訪れる。苦戦している私のところへ駆けつけたのは、特殊部隊の格好に身を包んだ人達・・・そう、実働部隊だ。
部隊の隊長である"山内宗一郎"、もとい山内隊長はロケットランチャーをSTMに構えると、それを発射した。
発射と同時に奴が気付いて、彼らの方向を見るが、その時には既に遅く、体内にロケットが入った。
勝ったと思ったが、ロケットが爆発しない・・・私は失敗したと思い、再び臨戦態勢を取ったが、STMは急に苦しんだ。
私は山内隊長との通信を開き、彼に訊いた。
「これでいいんですか?」
『ああ。これは、技研班で作った兵器で、奴の体内にあるナノボットを全て破壊する粒子が組み込まれているそうだ』
私はそれに納得していると、STMの身体は徐々に崩れていく。しかし、そんな時に奴は私に手を差し出した。
それに反応して、実働部隊は銃を構え、私も腕を構えるが───それはどう見ても攻撃する意志というよりは、何か別の意味があるような感じがあった。
溶け出すSTMは、意外にも自身の最期に声を出す。それは、他でも無く、私にとって衝撃的な言葉だった。
「ア リ ガ ト ウ」
その言葉を聴いて、私は思考停止する。どうしてこんな事を言ったのか、私には解らなかった。
その後、スカムの塊をした怪物は、溶けていき、その中からは大量の髪の毛やミミズ、それに誰かが廃棄したようなゴミが大量に出て来て、私はその光景に対して完全に吐いた。
その後、本部へ戻り、雨合羽やコスチュームは消毒の為に預かってくれるようで、私は藤堂さん達に送って貰った。
彼に、STMが言った最後の言葉を言うと、彼は『そうか』と言って、そのまま車を走らせる。しかし、その表情に少し陰が見えた。
それから次の日───私はテレビに映ったニュースを見る。そこには、『下水処理場で働いていた一人の従業員が行方不明になっている』という今更な話で、その人は今も見つかっていないようだった。
最後まで見ていただきありがとうございます。