第7話 夢の話をした春休み
受験も終えると、特に学校に行く機会もなくなる。授業もないし、卒業式の練習に行くくらいだ。
そして、中学校卒業式の日も、クラスの奴らとも特に仲良くなかったから、俺は式を終えるとさっさとノブと学校を後にした。
校門で陽菜が友達と写真を取り合っていた。そして、みんなで泣きながら別れを惜しんだりしていたが、どうせ春休みにすぐに会うんだろ?俺は行かないけど、俺のクラスでも春休み中にクラス会があるらしいからな。
ノブと二人で卒業式の帰り道ぶらぶらと歩いていると、
「春休み、どっか行こうぜ」
と、ノブが突然切り出した。
「どうせ暇だろ?」
ノブ、お前のそういう要らない一言が、行く気を失せさせるってわからないのか。でも、マジで暇だしな。
「どっかってどこ?」
「クラスの連中はディズニーランド行くって言ってたっけな」
「げ。それに俺も行けって言うわけじゃないよな」
「言うわけないだろ、俺も行かない」
「でも、お前に付き合うってなると、どうせオタクが行きたいところだろ?」
「映画とか…。お前が観たいのに付き合ってもいいけど?俺、映画だったら、なんでもOKだし」
「ああ、映画ね」
「陽菜も誘う?」
「は?なんで陽菜?」
「いいじゃん。小学校の頃は3人で映画観に行ったじゃん」
「陽菜が観たいような映画じゃないよ。俺の場合ミステリーものとか、SFものとかそういうの観たいし」
「そうか。陽菜、あんまりそういうの得意じゃないか。あいつはディズニー映画とか好きだもんな」
結局陽菜を誘うのは却下して、翌日二人で映画を観に行った。だけど、ノブとはそのあと特に遊ぶ予定を入れなかった。きっと、ノブはノブでオタク友達と遊んでいるんだろう。
陽菜はと言えば、春休みの間、何日も俺の家に遊びに来た。なんでだ?女子と遊べばいいじゃないか。
「また来たんだ…」
春休みに入ってから、これで連続5日目じゃないか?
「だって、ノブ君がどうせハル君は暇だろうから遊んであげれば?って」
「ノブが?そういうノブと遊べばいいだろ」
なんだか癪に障る。まるで俺が一人で寂しい思いでもしているみたいな言い方。
「うん。ノブ君も今日は誘った。あとで来るって言ってたよ。それまでゲームしていようよ。ノブ君が来たら3人で対戦しよう」
「陽菜、弱いじゃん」
「そうだけど!でも、家でも練習してきたから」
そう言って、陽菜はズカズカ自分の家のように玄関からリビングに移動して、
「これお菓子。飲み物はウーロン茶でいいよ」
とテレビの前に座り込み、袋からポテチだのポッキーだのを出した。
「はいはい」
こいつ、俺の母親がいる時は礼儀正しいけど、いないと態度でかいんだよな。
ウーロン茶をグラスに二つ注ぐと、それを持ってリビングのテーブルに置き、俺も陽菜の隣に座った。
「で?どのゲームすんの?」
「スマブラ!」
「あ~~、これも陽菜弱っちいのに…」
「いいから!やるの!」
なんだか、小学生の頃に戻ったみたいだよな。
「なんで陽菜、春休みうちにばかり来るんだ?クラスの女子とどっか行ったりしないわけ?」
「うん。みんなディズニーランド行ったり、遊園地行ったりして遊んでる」
「行けばいいじゃん」
「……ジェットコースターとか嫌いだから」
「俺も…。なんだってあんなもんに乗りたいかわかんねえよな」
「だよね!だったら、ゲームしている方が楽しいし」
「女子だったら、その辺のクレープ屋行ったり、服買いに行ったりとかもするんじゃねえの?」
「うん。それは学校始まる前に行くと思うよ」
「へえ…」
それからは、特に話すこともなく陽菜はゲームに熱中し始めた。1時間経った頃、ノブが来た。
「ノブ君遅いよ」
「う~~ん。なんかまた寝てた」
「ラインしたの1時だよね。今起きた。昼まだだから、昼飯食べたら行くって言ってなかった?もう3時だよ?」
「飯食った後、ソファに横になったら寝てた。くわ~~~~!眠い。ハルのお母さん、何時に帰ってくる?」
「4時頃」
「じゃ、あと1時間くらいは遊べるか」
「母親いても別にいいけど?」
「迷惑だろ」
「俺の部屋に来て、漫画でも読めば?」
「私もいい?」
「陽菜も?」
陽菜はいつも2時過ぎに来て、母親が帰ってくると挨拶をしてそのまま帰って行った。リビングでゲームをするか、テレビを見ているくらいで、とっとと帰って行ったのにな。
「うん。久しぶりに3人で集まったんだもん。いいよね?」
陽菜がそう言うと、
「うん。全然いい」
とノブのやつが返事をした。なぜ、お前がいいと言うんだ?俺の家だぞ。ま、いいけど。
4時、母親が帰ってきて、二人は挨拶をすると、お菓子と飲み物を持って2階に移動した。母親は暢気に、
「まあ、二人そろって遊びに来るのは久しぶりねえ」
と喜んでいた。あまり友達が来ないから、ノブや陽菜が来るだけで、母親は能天気に喜ぶ。
俺の部屋に入ると、
「わあ。ハル君の部屋久しぶりだけど、殺風景になってる」
と、陽菜が部屋をぐるりと見まわした。そして本棚の前に行くと、
「参考書と漫画しかないね」
とその中の1冊を手にした。
「あ!ジャンプ買ったんだ。今日出たやつじゃん」
「うん。午前中駅の方に行ったから買ってきた」
「読ませて」
「いいよ」
ノブは勝手に俺のベッドに横になると、ジャンプを読みだし、陽菜はベッドを背もたれにして絨毯の上に座り、漫画を読み始めた。
俺は居場所に困り、仕方なく机の椅子に座った。なんつうか、俺の部屋なのに、俺が一番窮屈な思いをしていないか?ノブがなぜ、ベッドに寝転がって一番寛いでいるんだ?
「ねえ…ハル君」
漫画から何もない壁に視線を移動させた陽菜が、
「もう絵は飾ってないの?」
と聞いてきた。
「何?絵って」
ノブが聞いてきた。
「小学生の頃、図工の時間に描いた絵とか、ここら辺に貼ってあったよね。机の辺りにも奇麗な色の絵を飾っていたのに…」
「そんなもん、とっくに捨てた」
「捨てたの?!あれを?!」
「大袈裟だな。なんでそんなに驚くんだよ」
「だって、あんなにキレイだったのに。捨てるなら貰ったのに」
「は?小学生の時に描いた駄作だよ。そんなの貰ってどうするわけ?」
「駄作じゃないよ。芸術作品だったよ。私の部屋に飾ったのに」
「あほらし…」
俺がため息交じりにそう言うと、
「ハル、絵うまかったもんなあ」
とノブまでが言い出した。
「小学校の卒業文集に、ハル、画家になるって書いてあったの覚えてる」
「くだらない。そんなガキの戯言」
「そうか?いいじゃん。そういう夢持ってるの。まあ、叶うかどうかは別として」
「ノブ君はゲームプログラマーだったよね」
「俺の場合はちゃんと叶えるけどね」
「すご~~い。いつか、ノブ君が作ったゲームで遊びたい!」
「おう。でさ、エンディングのところに、プログラマー、ノブオ・フジイって載るんだよ」
「すごいね!絶対にそうなるね。楽しみ」
陽菜は本当に嬉しそうに笑った。それを見て、ノブもまんざらではないらしい。かなり嬉しそうだ。
俺にはノブを喜ばせるような言葉は言えない。陽菜はこうやって、ノブや俺に元気をくれる。昔からそうだったよな…。その辺、すげえなって今でも思う。思うことは思うが、俺には真似できない。
「俺が作りたいゲームってのはさ…」
ノブはいい気になったらしく、そのあともずっと夢を語っていた。それを嬉しそうにうんうんと頷きながら陽菜は聞いていた。俺は、聞いているふりをしながら、他のことを考えていた。
俺にはノブみたいな夢もなければ、やりたいこともない。画家っていうのだって、適当に言っただけだ。絵を描くのが当時は好きで、ノブや陽菜に褒められていい気になっていたから、中学校でも美術部に入って絵を本格的にやりたいと言っても、親にそんなことして何になる。部活なんて入らなくていいから、塾に行って勉強しろって言われたしな…。
「そう言えば、陽菜は卒業文集で将来何になりたいって書いていたっけ?」
ノブが自分の話を終え、陽菜にそう質問した。そうだ。それ、俺も気になっていた。陽菜の夢ってなんだったんだろう。
「……なんだったかな?えへ。忘れちゃった」
「自分のことなのに?」
俺がつい口を挟んだら、二人とも俺のことを黙って見て、
「忘れることもあるよ。俺だって、幼稚園の時に書いた未来の夢は忘れたし」
とノブは遥か昔の話を持ち出した。
「そんな昔のこと俺も覚えていないけど、小学校卒業は3年前だろ」
そう言うと、ノブは俺のことを睨んできた。そして、
「ま、忘れてもいいって。うん」
と陽菜には笑顔を向けた。
なんだよ。わざとらしいな。ノブが聞いたんだろ?今のノブの顔は、なんだか失敗したっていうようなばつの悪そうな顔をしているし。まあ、いいけど。忘れたんじゃなくて、言いたくないだけかもしれないし。恥ずかしいのかもしれないし。俺だって、画家になる夢のことなんて、触れて欲しくなかったしな。
「私の夢はさ、きっと二人に比べたらたいしたことなかったと思うよ。だから、自分でも覚えていないんだと思う。うん。たいしたことなかった」
陽菜はそう言うと笑った。でも、明らかに作り笑い。わざとらしく明るくしている。
こういう時、俺もだけど、ノブもそれ以上はこの話に触れることをやめる。なんとなくその辺は、空気を読める。
「私、そろそろ帰るね、ノブ君はまだいたら?」
そう言うと陽菜は、バイバイと言って部屋を出て行った。
「なんだったんだろうな、陽菜の夢。なんだか、居づらくなったのか様子変だったしな」
ポツリと俺は、陽菜が出て行ってから黙りこくっているノブに聞いた。
「文集まだ持ってるか?」
「うん、多分卒アルと一緒に取ってある。確かこの辺に」
俺はクローゼットを開けた。やっぱりあった。捨てずに取っておいた雑誌やら漫画の下に、卒業アルバムと文集があった。少し埃をかぶっている。
上に重ねてあった雑誌類をどけ、文集を取り出した。手で簡単に埃を払い、
「あったよ」
とノブに渡した。ノブは中をペラペラとめくり、
「あ、これだ…」
と陽菜の将来の夢を書いた作文を見つけたようだ。そして、またもや黙りこくった。
「なんだよ。なんて書いてあったんだ?」
文集をノブの手から奪い取り、陽菜の作文を読んだ。
「私の夢は、お嫁さんになることです。そして、家族を持ちたいです…。なるほど、平々凡々な夢だな…。こりゃ、忘れてもしょうがないな」
それも、たったの2行で終わっている。
「どんな気持ちで書いたんだろうな」
ポツリとノブが言った。どんなも何も、そんなことわかるわけないし…。俺はなんて言っていいかわからず、黙っていると、ノブはいきなり立ち上がり、
「俺も帰るよ。なんか、漫画読んでいる気分じゃない」
と暗い顔をして部屋を出て行った。