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第6話 合否が決まる日

 今日は合否の発表の日だ。朝から、また胃痛がして朝食も食べる気がしない。母親にそう言うと、

「受かっても落ちてても、連絡しなさいよ。もうそんなに気を揉まないの!わかった?」

と、ホットミルクだけ用意してきた。俺はそれを半分だけ飲み、

「行ってきます」

と家を出た。


 父親は会社が遠いからすでに家にいなかった。昨晩も遅かったのか、夕飯時にいなかったし、そのあと俺は部屋にこもったから、父親には会えずじまい。顔を合わすのなんて、休みの日ぐらいだ。まあ、顔を合わせたとしても、たいしたことを言ってくることもないんだけどさ。


「は~~~~~」

 重いため息を吐き、トボトボと桜が丘高校に向かった。そして、合格者の受験番号が貼りだされた紙の前に人だかりができているのを見て、またため息と共に足を止めた。


 は~~~。暗いため息と共に、自分の受験票を眺めた。もう番号は暗記してあるのに、もう一回確認した。「1142」42って番号は不吉だ。と、受験票をもらった時に思ったっけな。

「ハル君、おはよう」

 後ろから声が突然聞こえて、びっくりして振り返った。


「あ、ああ。びっくりした。陽菜か…。一人?」

「ううん。お母さんと来たんだけど、人込みすごいし、見てくるからここで待っててって」

 過保護だな、陽菜の母親は。そう言えばこの前も、俺と一緒なら家に帰るのも安心ねとか言ってたな。


「何番だっけ?」

 俺の手にしている受験票を陽菜は見た。そして、

「1142…。いい番号だね」

とわけのわからないことを言った。


「え?どこが?しにん…みたいな番号じゃん」

「え~~?いいよ…に~~~!っていい番号じゃない?」

「いいよに?」

「そう。いいよ~~~、に~~~!って笑っている感じで」

「……なんだか、それ、無理やりこじつけているみたいだな」


「なんでも、いい方に解釈しちゃえばいいんだよ」

「まあ、今さら番号なんてどうでもいいんだよな…。今大事なのは受かっているかどうかってことで」

 チク。また胃が痛くなった。顔が歪むとそれを陽菜が悟ったらしく、

「お母さんにラインして、ハル君の番号見てもらう?」

と心配そうな顔で聞いてきた。


「い、いいよ。自分で見てくる」

 そんな恰好悪い事できるか。そう思いながら一歩踏み出した。そして人込みの中に入って、人の頭と頭の間を覗き込み番号を探した。1133、1135、1140。げ…。いきなり番号が飛んだ。この間の番号、4人落ちてるってことか…。いや、人のこと気にしている場合じゃない。


 1141、1142…。

「あった?」

 もう一回確認した。1142。確かにある!!!

「は~~~~~~~~~~」

 今までで一番長いため息を吐いた。今度のは安堵のため息だ。


 それから書類をもらいに行き、合格した実感を得て、来た時より軽い足取りで校門を出た。

「春が来る君」

「え?」

 この呼び方…。俺は慌てて周りを見回した。

「くすくす。ここだよ」


 瀬野先輩が赤いマフラーを首に巻き、校門の陰から顔を出した。

「先輩…。なんでここに?」

「ふふ…。びっくりした?今日は委員会があって出てきていたの。もう帰る時間なんだけど、春が来る君いるかなって思って待ってみたの」


「俺を待って?」

 ドキドキした。わざわざ俺を待っていてくれたなんて。

「手に封筒を持っているっていうことは、受かったんだよね?」

 俺の手にしているA4サイズの封筒を見て、瀬野先輩が聞いてきた。

「あ、はい。受かりました」


「おめでとう!4月からは後輩君だ」

「は、はい。先輩、よろしくお願いします」

「ふふふ。その節はこちらこそよろしくね」

 ああ、やばい。嬉しくて顔がにやける…。それをバレないよう、俺は下を向いた。


「ハル君!」

 後ろからまた陽菜の声が聞こえてきた。振り返ると陽菜と、陽菜の母親が俺を見ている。

「受かったんだよね?」

 陽菜もまた、俺の手にしている封筒を見てそう大声で聞いてきた。

「あ、うん」


「良かったわね~~。ハル君も一緒で安心だわ」

 また、陽菜の母親が安心だと言って来た。なぜだろう。俺は陽菜の保護者でもなんでもないのに。

「彼女かな?」

 いつの間にか俺のすぐ横に来て、小声で瀬野先輩が聞いてきた。


「いいえ!違います。隣に住んでいる子で」

「ああ、幼馴染っていうやつかな?」

 にこりと瀬野先輩が笑った。そして、

「じゃあね、また春にね。春が来る君」

と、先輩は坂道を下らず、反対方向へと歩き出した。


「あれ?駅、こっちですよね」

 思わず後ろ姿に声をかけると、

「家、こっちからの方が近いの」

と、振り返ってそう言うとまた微笑み、先輩はさらに坂を上り、その先の道路を左に曲がって行った。


 そうなんだ。電車で通学していないのか。じゃあ、駅でうろついていても、会えないわけだ。と妙に納得しながら俺は坂道を下りだした。顔が喜びでほころばないよう気を付けながら。


「陽菜ちゃん、毎日こんな坂を行き来して大丈夫?」

「大丈夫だよ。かえって鍛えられちゃうよ」

「そんなこと言って、無理しないでちょうだいよ」

 陽菜と陽菜の母親が俺の前を歩いていた。そして、その横を横切り、追い抜かそうとした時にそんな会話が聞こえて来た。


 そこまで過保護なのか。陽菜も大変だな…とそんなことを思いながら歩いていると、

「ハル君!学校に行くんでしょ?私も一緒に行く」

と陽菜に呼び止められた。

「……」

 振り返ると陽菜が、

「じゃあ、お母さん、もうここまでで大丈夫だから」

と、母親にそう言っているのが聞こえてきて、仕方なく立ち止まって陽菜が来るのを待った。


 できればさっさと一人だけで、学校に行きたかったんだけどな。先輩に会った喜びの余韻にも浸っていたかったし。


「ハル君も受かってて良かった。また高校でもよろしくね」

 俺のところまで来ると、陽菜は嬉しそうに笑った。そして、俺の返事を待つことなく、少しだけ顔を曇らせ、

「えっと、さっきの奇麗な人は知り合い?」

と聞いてきた。


「さっき?ああ、瀬野先輩」

「瀬野先輩っていうの?」

「うん。知り合いっていうか、なんていうか…。駅の近くに公園あるじゃん」

「うん。駅の向こう側でしょ」


「そこで会ったことがある」

「なんでそんな公園に?」

「たまたま、えっと…。なんか寄り道したくなって」

「ふうん。あっちからも家に帰れるけど、遠回りになるからあまり行かないよね。でも、気分転換にはいいか~~。あ、塾の帰り?塾、駅の近くだし」


「うん、多分」

「公園で会って話とかしたの?」

「猫がいて、野良猫。瀬野先輩が猫と遊んでて…。それ見てたら声をかけられて…。いや、俺が声かけたかも。よく覚えていないけど、桜が丘の制服着ていたから、受かったら先輩になるんだなあって思って」


「珍しいね、知らない人とあまり話さないハル君が。人見知りもするのに」

 陽菜は本気で驚いているようだ。目を丸くしている。

 俺は何も答えず、そのまま前を見て歩いていた。陽菜は俺を見ていたが、そのうち前を向いた。俺が黙っていると陽菜は、それ以上いつも話しかけてこない。


 陽菜はしばらく黙っていた。だが、

「受かったってノブ君に連絡した?」

と聞いてきた。

「いや。別にしなくてもいいだろ。学校で会えるんじゃないのか」

「そうだね」


 陽菜はにこりと笑って、また黙って歩き出した。


 これがノブだと、勝手に一人でしゃべっている。俺が返事をしようがしまいがおかまいなしに。だから、うるさいと言えばうるさいが、楽と言えば楽だ。普通は、話しかけてくると、俺からの返答を待つ奴が多く、あまり返事をしないでいると、面白くなさそうに去って行くのがほとんどだ。そして、そのうちに話しかけてくることもなくなっていく。


 陽菜は別だった。昔は俺も今よりもおしゃべりだった。いつ頃からかな。口数が減ってきて、それでも陽菜は俺の隣にいた。俺が返事をしなかったら、そのまま陽菜も黙って隣にいる。なんで隣にいるのか、つまらなくないのか、不思議に思って陽菜と見ると、なぜか嬉しそうにしていることが多かった。


 話をしないでもいいらしい。俺の横にいるのは陽菜にとって苦痛ではなく、安心するのだと言っていた。他の奴らは、俺といてもつまらないとか、何を考えているかわからないから疲れるとか言っているのに、陽菜は俺といる方が楽だと言う。本当に昔から不思議なやつだ。


 まあ、ノブも俺といると気を遣わず、言いたいことだけ言えるから楽だって言っていたなあ。まあ、あいつの場合は暢気なだけだろうな。


 陽菜とあまり会話することもなく、中学校に着いた。坂道を下って、大通りに出てからさらに10分以上は歩くから、高校からは25分くらいかかったかな。俺が一人で歩いていたら、20分もかからなかったかもしれないが。


 陽菜は少しだるそうにしていた。

「もしかして、具合悪いとか?」

 昇降口で上履きに履き替えながらそう聞くと、

「ううん。ちょっと体力落ちていたかもしれないけど、大丈夫だよ」

と陽菜はにっこり笑った。


「……まあ、最近体も動かしていなかったし、体力が落ちてるかもなあ」

 そんな俺の言葉にも笑っていたが、明らかに作り笑いだ。こいつの作り笑いは見抜ける。本当に具合が悪かったのかもしれない。だから、母親が心配でついてきたのかもな。


「あの坂道をいつも歩いていたら、体力着くと思うよ」

「そうだよね」

「陽菜のお母さん、心配性だよな」

「うん。本当にそうなんだよね」

「一人娘だとそうなるのかな。俺の親、姉貴の心配は一切していなかったけど、あれは姉貴が強かったからか」


「夏お姉ちゃん、元気?」

「元気なんじゃないか。あんまり連絡来ないけど」

 俺には一人姉貴がいる。夏生まれの元気なやつ。名前は夏実なつみ。7歳上で、高校卒業と同時に家を出て、東京で美容師見習いになった。とにかく親のいう事を聞かないたちで、勉強が嫌いだからと塾にも行ったこともなく、高校の時もフラフラしていて、その分親が俺に期待をするようになったんだ。


 姉貴が高校卒業して家を出て行ってから、母親は俺にかまうようになって、それで塾だのなんだの行かされるようになったんだよなあ。


「あ!ハル、陽菜」

 今から職員室にいる担任に、合格したことを報告しに行こうと廊下を陽菜と歩いていると、前からノブがやってきた。

「受かったのか?」

「うん!ハル君も受かったんだよ。ノブ君は?」


「もちろん」

 そう言ってから、ノブは手に持っていた封筒をかかげた。

「おめでとう!」

 陽菜がノブに言うと、ノブは嬉しそうに笑った。


「でも、春から別々の高校になっちゃうね」

「陽菜はハルと一緒だから安心だろ?」

 ノブの言葉に陽菜は、俺の顔を見てから、

「うん、安心」

とノブに微笑んだ。ノブはなぜか優しい目で陽菜を見ていた。


「ま、俺も近所なんだし、すぐに会えるし。な?寂しがるなよ、ハル」

「え?俺?寂しいわけないだろ」

 そう言うとノブは大笑いをして、

「じゃ、報告済んだら帰っていいんだとさ。また明日な」

と昇降口へと向かって行った。




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