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第23話 色が突然現れてきた

「お父さん?」

 そこに陽菜が麦茶の入ったグラスを二つ持って、2階に上がってきた。

「どうしたの?」

 陽菜は不思議そうに俺とお父さんを見た。お父さんが仕事が出来なくて怒っているとは思わないんだな。それもそうか。お父さんの雰囲気が柔らかいもんなあ。


「陽菜、少しでいいからお父さんに春来君を貸してくれないかい?」

 え?貸してくれって?

「いいよ」

 陽菜もなんで何も聞かず、いいって返事をするんだ?


「あの?お、俺、じゃなくって僕になんの用事が…」

 不安しかない。思わずそう聞いてしまうと、

「今、実はアイデアに詰まってしまっているんだ。春来君のアドバイスが欲しくてね」

と無理難題なことを言ってきた。

「無理ですよ。僕にそんなことできるわけないじゃないですか」


「前はよく、アドバイスしてくれたじゃないか。こういう色を使うともっと楽しそうになるとか、僕だったらこういう色を使うとか」

「僕がそんなこと言ってましたか?」

 そんな生意気なことを言っていた覚えがない。っていうか、無理だ。今はモノクロの世界で生きているんだ。


「まあ、アドバイスがなくてもいいから、見てくれないかい?陽菜もおいで」

「うん!」

 陽菜は嬉しそうにテーブルに麦茶を置くと、お父さんについて廊下を進んだ。陽菜の部屋の隣の隣の部屋が、お父さんの仕事部屋らしい。少し距離があるのにもかかわらず、陽菜の笑い声が聞こえたということか…。


 俺も仕方なく、陽菜の後に続いた。そして部屋に入り、真っ白な壁と真っ黒な家具しかないのに驚いた。こここそ、モノクロの世界じゃないか!


「これなんだよ」

 大き目の机の上に、デザイン画が広がっている。そこには、何色も使った絵が描かれていた。ああ、そうか。部屋がモノクロだからこそ、デザイン画の色彩が目立って見えるのか。


「今、子ども向け観光用パンフレットを作っているんだ。アスレチックもあって、自然も豊富で、子どもが小さな冒険ができるような観光なんだよ」

 そういうパンフレットも依頼があるんだな。


「それとポスターも頼まれたんだ。ポスターも何枚か作ってみたんだが、どれもパッとしないんだよねえ」

 そう言うと、何枚かデザイン画を俺らに見せて、

「この中ならどれがいいと思うかい?」

と聞いてきた。


「私だったらこれ」

 陽菜は迷うことなく一つを選んだ。全体的に元気な色合いのものだ。黄色やオレンジが多めに使われている。陽菜らしいな。


「僕だったら…」

 緑色がベースのものを選ぼうとした。だけど、あまり元気が出るような雰囲気のものでもない。

「えっと…」

 4枚のデザイン画を見比べた。


「う~~ん」

 悩んでいると、

「だろ?」

とお父さんが俺の顔を覗き込んできた。


「やっぱり、どれもいまいちだろう?」

 ここは、はいと頷いていいものなのか…。選べないのはただ単に、色とは無縁の生活を送っているからかも。


「素直に言ってくれていいんだよ。昔から春来君のセンスは鋭かったからね」

「い、いえ。買い被り過ぎです。特に今の僕は…。もう絵も描いていないですし」

「センスは失われていないと思うなあ」

「そうだよ」

 お父さんの言葉にかぶせ気味に、陽菜までが俺を煽ってきた。


「イメージはね、自由で、延び延びとみんなが遊んでいる感じなんだ。だから、元気が出るだけでもないし、かといって、自然の緑だけでもないし。う~~~ん」

「空の色は欲しいような…」

 1枚は空が前面に出るようなデザインだった。自由な感じと言えば、空を思い浮かべるのはお父さんも一緒だったのか…。


「でも、インパクトがないよね。ありふれたポスターだ」

「確かに」

 確かにと言ってから、しまったと思った。だが、お父さんは俺の隣でうんうんと頷いて、怒っている様子ではない。


 陽菜は部屋の隅にある一人がけのソファに腰かけて、

「のんびりやって。私、ここで見てる」

と微笑んだ。陽菜のお父さんも、

「ああ。陽菜。こうやってまた春来君と話せて、嬉しいよねえ」

と陽菜にほほ笑みかけた。


 まただ。なんでそんなに喜んでくれるのか。陽菜も嬉しそうに「うん」と頷いているし。


「春来君だったら、どんなポスターにするかい?」

「僕ですか?」

「うん。色だけでもいいからさ、教えてくれないかい?」

「え、えっと」

 僕は、そんなことをいきなり言われ、頭が真っ白になった。だが、そんな真っ白な中に色が何色か浮かんできた。


「あ…」

「うん。はい」

 お父さんは、どこからともなく真っ白な画用紙と、パステルや色鉛筆を持ってきて机の上に置いた。俺は画用紙に、なんとなく浮かんだ色をただ、塗ってみた。


「色のイメージだけです」

「うん」

 お父さんはにこりと笑って頷いた。そして、黙って俺の描いている様子を眺めている。


「う~~~ん、こんな感じかな」

 色だけでなく、なんとなく形みたいなものも描いてみたが、実際自分でも何が描きたかったのかわからない。


「すごくきれい!」

 陽菜がソファから降りてやってくると、俺の描いた絵(と言えるかどうか?)を見て飛び跳ねた。

「ハル君の描く色彩が好きだなあ」

 そううっとりとしながら呟くと、「ね?」と陽菜はお父さんに同意を求めた。


 お父さんは黙って俺の絵をただ見ている。気に入らなかったのか。それとも、たいしたことないと思っているのか。俺は、お父さんが何か言う前に、怖くなって、

「パソコン使ってデザインしたりしないんですか?」

と質問をした。


「うん。パソコンも使う時もあるよ。でも、どうもね、まだ紙ベースで描く方がいいんだよね。パステルで色を重ねてみたりね。あまりアイデアが湧かないときは、こんなふうに色だけをのせて見たりするんだ。だけど、春来君みたいな色合い、やっぱり出せないんだよねえ」

 そうか?まったくたいしたことないと思うんだけどな。


「絵、やめたのは、本当に勿体ないね」

 またか…。二度目だな。そう言えば、その言葉、陽菜やノブに当時言われた。俺も悔しくて、二人の前では我慢したけど、一人の時泣いたっけな。だけど、今となってはどうでもよくなってしまった。


「僕には、取り立てて才能もないだろうし。勿体ないとは思っていません」

「え?!」

 陽菜のお父さんは、目を丸くして俺を見た。

「なんでそんなことを言うんだい?春来君は才能あるよ」

「いえ…」


「は~~~~。君の両親はね、絵を描かない人だからわからないんだよ。春来君が絵をやめさせられた話は、節子から聞いたよ」

「節子って、お母さんのことだよ」

 陽菜がそう説明を加えてくれた。


「ああ、そうそう。僕の奥さんの名前。春来君のお父さんとお母さんが揉めて、お母さんが画材道具を捨てちゃったんだよね」

「………はい。もう、昔のことです」

「それを聞いてびっくりしたよ。その頃から、春来君はうちに来なくなったよね。そんな事情があったことを節子も知らなくて、だいぶたってから、春来君のお母さんから聞いたって言っていたなあ」


「そうなんですか…」

「節子も、憤慨してね。君のお母さんにも、それはあまりにも春来君が可哀そうだと言ったんだけど、うちにはうちの事情があるからと、突っぱねられてしまったんだ。それ以上はよそ様の家のことだし、何も言えないと節子は言っていたけど、僕は家に乗り込んで、君の両親を張り倒したいくらいに憤りを感じてね」


「え?」

 びっくりすると、

「節子に止められたから、行かなかったけどね」

と、真面目な顔でそう言った。冗談かと思ったら、本気で張り倒したかったようだ。


「お父さん、たまに見境なくなるんだから。ダメだよ。お母さんと春来君のお母さん、一応友達なんだから」

 陽菜がお父さんをなだめるように言った。

「まあね。陽菜も春来君のお母さんには気に入られているようだし、僕が問題を起こしても困るだろうし。ああ、でも、僕はずっとそのことが気になっていたんだよ」


「………」

 正直驚いていた。陽菜のお父さんは、俺のことなんか別にどうも思っていないだろうと思っていたし。

「……春来君。また絵を描かないかい?家で絵を描くのが無理そうなら、うちに来て描いたらいい」

 少し間を開けてから、そうお父さんが俺に聞いてきた。やっぱり真面目な顔をしている。とても真剣な目だ。


「……」

 俺は返答に困っていたが、陽菜までが真剣な眼差しで俺を見ている。

「そうですね…。実は絵を描きたいのか、描きたくないのかすら自分でもわからないから…。今は、考えられない」

「じゃあ、たまに遊びに来てくれるだけでいいよ。今日みたいにアドバイスをしてくれればいい。それに…、ほら、昔よくスケッチもしていたよね。そういうのから始めたらいいさ」


「スケッチ…」

「庭の花でもいい。なんでもいい」

「…はい。そうですね」

 俺はそう曖昧に答えた。


「この色合いは面白い。参考にさせてもらうよ」

 にこりと笑ったお父さんを見て、少しだけホッとした。そして、俺と陽菜は部屋に戻った。


 陽菜は嬉しそうに麦茶を飲んだ。俺も、なぜか喉が渇いていたのか、一気に麦茶を飲みほした。氷が溶け、かなり薄まった麦茶の味だった。


「陽菜のお父さん、なんで、俺のこと喜んでいたのかわからないな」

「え?お父さん、昔からハル君のこと、大のお気に入りだったじゃない?覚えてないの?」

「……。陽菜のお母さんは、うちの家族と交流あったけど、お父さんは、そんなにうちの両親と仲良くなかったし」


「それは、多分、ハル君から絵を奪ったから。前は、もうちょっとハル君のお父さんと話をしたり、会えばお母さんとも話したりしていたよ。覚えていない?」

「……覚えがない」


 そうだ。数年前のことを思い出そうとすると、なぜかわからないが、ぼやけてしまう。記憶が曖昧になってしまうんだ。


 ボケッとしながら、陽菜の話を聞いていた。陽菜の話が、右の耳から左の耳に抜けていく。だけど、なぜだか陽菜の机の前に貼ってある俺の描いた絵が、浮き出して見えた。そこに描かれている色が、あまりにも鮮明で、色ってこんな鮮やかだったのかとか、この世にこんな色もあったのかと、そんなことを不思議に思っていた。


 そして…。さっき、陽菜のお父さんに言われて描きだした色たち。俺の中にぽんと湧き出して、真っ白な画用紙に塗っていった色たち。俺にはまだ、そんな色を感じる心があったのか。


 モノクロの世界に、一気にいろんな色が飛び出してきて、正直俺の頭はクラクラ眩暈がするほどだった。



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