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第2話 未来の桜を思い描く

 1週間が過ぎた。俺は前よりも明らかに勉強を頑張り出していた。塾の授業も前よりも真剣に聞き、わからないことがあれば、すぐさまその日のうちに講師に聞きに行った。熱心さが伝わったのか、講師の教え方にも熱が入っていた。


 勉強を家でも真剣に取り組むようになった反面、俺はどうしてもあの女性が気になっていた。塾のない日、学校帰りに出会った場所辺りをウロウロしてみたり、最寄り駅の辺りにも行ってみた。高校まで行く勇気はなかったから、結局辺りをうろつくぐらいしかできずに家に帰ってきた。


 そんなある日の朝、教室に行くと突然暢生が怖い顔で俺につっかかってきた。

「なんだよ?朝っぱらから」

「お前、やっぱり食ってなかったんだな」

「なんのことだよ?」


「陽菜のクッキー!今朝、教室の前の廊下にクッキーの入った袋がぐしゃぐしゃになって落ちてた。お前、捨てたのか?」

「捨ててない…。ああ、でも、落っことしたかもしれない」

「そうか。そうだろうな。いろんなやつに踏まれたんだろ。クッキーも粉々になっていたからな」

「それはどうしたんだ?」


「もう捨てた」

「そうか」

「俺がじゃない。陽菜が自分で捨てた」

「え?陽菜が?」

「ああ、たまたま昇降口で会って、教室まで一緒に来たんだ。で、俺より先に陽菜が見つけたんだよ!その時の陽菜の顔、今まで一度も見たことがないぐらいショック受けてた!」


 暢生は俺の顔ギリギリのところまで顔を近づけ、

「謝れよな」

と吐き捨てるように言った。

「なんで俺が…。踏んだのは俺じゃないし」

「はあ?なんだよ、その言い草は!お前が落っことしたんだろ?落としたことにも気づかなかったんだろ?!」


 確かにそうだ。昨日も陽菜が昼休みにクッキーを持ってきて、それをカバンにしまったところまでは覚えている。でも、家に帰ってクッキーがなかったことどころか、クッキーのこと自体忘れていた。


 塾の前に食べていたっていうのも嘘だ。家に帰ってから食べる時もあれば、そのまま放っておいたこともある。母親が見つけて、陽菜が作ったと言うと喜んで食べていた。母はなぜか陽菜を好いているからな。昔から。


 だが、悪気があったわけではない。それに、俺は甘いもの自体そんなに好きなわけでもない。だから、貰って喜んでいたわけでもない。そりゃ、断りもしなかったが、作って欲しいと頼んだことも一回もない。それなのに、なんで俺が謝らなくちゃいけないんだ?それに、そんなにショックを受けることか?だったら、もう作ってこなかったらいいだけだ。


 そんなことをその時には思っていた。目の前で怒りを露わにしている暢生の気も知れなかった。いつも、大袈裟に見せてはいるが、実は何に対しても冷めていて、真剣になったこともない暢生が、なんでこんなことで腹を立てているのかすらもわからない。正直うざい。


「落としたことも気づかなかった」

 俺は淡々とそう答えた。暢生は俺の顔をしばらく睨んでいたが、

「お前さ、そんなことじゃみんな離れていくよ。俺も、陽菜だって」

「いいよ?別にもともと友達ってわけでもないし」


「俺ら、友達じゃないんだ?へえ!そうなんだ!」

 暢生は目を丸くして、わざとらしく笑って見せた。そして、

「やってらんねえ。俺はもう知らない。勝手にしろ」

と、呆れた声で言うと、そのまま教室を出て行った。


 勝手にしろ?そっちこそ、勝手にしたらいい。どうせ、暢生だって他に友達もいないだろ。お互い、友達作りも苦手で、だから一緒にいる時間が多かったってだけだ。


 そんなふうに思っていた。どうせ、明日になれば、また今日あったことも忘れて話しかけてくるだろう。こんなことぐらいで、陽菜だって傷ついたりしない。またケロッと明日になれば、新しいお菓子でも作ってくるだろう。


 そうたかを括っていた。だが、その日以来暢生は俺に話しかけることもなく、他のゲーム好きなやつらとつるむようになった。


 そして陽菜も、その日以来昼休みに来ることはなくなった。朝も俺より早くに家を出ているようで、通学路で会うこともないし、帰りも会うことがない。陽菜に会わない日が数日続き、こんなことはいつ以来だろうとふと過去を思い出した。


 ああ、小学生の頃にもあった。突然毎朝元気に迎えに来ていた陽菜が来なくなった。2週間ぶりくらいに学校で会って、これからは一緒に行かないで別々に行こう。私、寝坊しちゃうこともあるから...と笑って言ったっけな。それから別々に登校するようになった。


 俺は別にそれでも良かった。約束をしたわけでもないし、勝手に陽菜が迎えに来ていただけだったから。


 そう言えば、去年もクラスが一緒だったが、10日以上休んだことがあったな。風邪をこじらせたと言っていた。いつも元気だから、クラスのやつらが心配していたっけ。あいつには友達が多い。他のやつらが見舞いに行くだろうと、俺は行かなかったっけな。


 いつもいつも、そばにいたわけではない。だけど、隣に住んでいるせいか、会っている時間も多かった。小学5年くらいまで、しょっちゅう俺の家にも遊びに来ていた。陽菜は明るくて礼儀も正しいから、母も陽菜のことは最初から気に入っていた。


 小学6年の時、2週間休んでから、うちに遊びに来ることもぐっと減った。一緒にどこかに遊びに行くこともなくなっていったな。まあ、そんなもんだろう。陽菜は陽菜で、仲のいい女友達も多かったし、俺とばかり遊んでいられなくなったんだろうな。俺だって、いつまでも隣に住む女子と仲良しこよししている気はなかったし。


 俺はさほど気に留めなかった。いや、気にしないようにしていたというのが真実だ。俺はいつも気になること、不安なこと、心配なことがあっても、それを観ないようにする癖がある。俺だったら平気だ。このくらいなんてことはないと、そう自分に言い聞かせ、自分が今どんな感情があるかとか、実は落ち込んでいるとか、凹んでいるとか、そういうことを感じないように蓋をして、さも何事もなかったように平気な顔で過ごすということに慣れている。


 いつから、こんなふうになってしまったのかは覚えていない。覚えていないが、自分が傷ついていることを見ないようにして、苦しまないようにする最善の策なのだろう。わざわざ苦しむ必要はない。過ぎてしまえばたいしたことではないはずだ。今までもそうだった。これからもそうだ。


 二人のことを友達だと認識したことはなかった。だから、友達がいなくなったわけではないし、俺は別に一人でも一向にかまわないんだ。そう答えを出し、俺は弁当も一人で食べ、一人で昼休みも机にうつっぷせて寝ているか、図書館に行って勉強をするかしていた。


 塾のない日の帰り道、また俺は駅の辺りをうろついた。するとなぜか、駅の改札口から陽菜と陽菜の母親が出てきた。そして母親の方が俺を見つけ、

「あら、春来君、こんなところでどうしたの?」

と話しかけてきた。


「え、いえ。別に用はない…っていうか、もう用は済んだから帰ろうと思っていたところで」

「そうなの?じゃあ、陽菜と一緒に帰ってくれるかな。陽菜、お母さん、買い物してから帰るから。春来君がいれば安心でしょ?」

「え?」

 陽菜は俺の顔をうかがうように見た。


 安心ってどういうことだ?まあ、辺りは暗くなっているとはいえ、家までの道もそこまで暗い個所もない。駅から歩いて7~8分、商店街の中を通ればずっと明るいし、商店街を抜けたとしても、ところどころにコンビニや、クリーニング屋もあるし、ファミレスもある。


「用事済んだの?家に帰るの?」

 陽菜にしては珍しく、小声で俺に話しかけてきた。

「ああ、もう家に帰るだけで用事はないよ」

「じゃあ、一緒に帰ってもいい?」

「いいけど。陽菜のお母さん、大袈裟だよな。この時間、そんなに危なくないだろ」


「うん、そうだよね。過保護なんだよね」

 陽菜はそう言って、微かに笑った。でも、いつもと様子が違って見えた。

「学校は?どっかにお母さんと行ってたとか?」

 俺が聞くと陽菜は、

「うん。ちょっと…」

とそっぽを向いた。


 陽菜は嘘をつく時、俺の顔を見れなくなる。いや、俺の顔を見て嘘を言うと、口元が引きつったり、目が泳いだりしてバレバレだから、顔を見れなくなるんだ。まあ、どんな用事があってもいいけど。俺には関係ないし。


 ああ、そっか。もしかして、居づらいのか。クッキーのことで、まだへそ曲げているのか。こいつ、案外根に持たないやつだと思っていたのに、今回だけはしつこいな。

「クッキーのことだけど」

「え?」

 驚いたように陽菜はこっちを向いた。


「あれ、悪気があったわけじゃないんだ。カバンから落ちたのに気付かなかったのは悪かったけど、わざとじゃないし」

 ああ、俺は何を言っているんだ?結局謝れない。言い訳するだけだ。

「いいよ。気にしていないから」

 明らかに陽菜は、作り笑いをしたのがわかった。こいつは本当にわかりやすいよな。


「やっぱり、甘いの苦手なんだもん。クッキーとかお菓子とかいらなかったよね。ごめんね。私が無理やり渡してて、迷惑だったよね」

 作り笑いをしたまま陽菜はそこまで言うと、目を伏せて一瞬暗くなった。だが、

「お菓子作りが楽しかったから、食べてくれる人がいるとありがたかったんだ~~。でも、お菓子作りも飽きちゃったし、もう作ったりしないから安心してね」

とにっこりと笑って見せた。


「……そう」

 俺は返事に困り、ただそう言った。陽菜もそんな俺に対して、なんにも答えなかった。

「寒くなったね。もう12月だもんね。あ~~、もうすぐクリスマスなのにさ、受験のこと考えると、気分落ちるよね。今年はクリスマスも正月もないのかなあ」

 陽菜はそう声のトーンをあげて言った。明るく話す話題でもないのに、わざと明るくしているように見える。


「そうだね。受験生には正月もないだろうな。俺もラストスパートで頑張らないと…」

「すごいね!なんだか、ハル君、やる気満々だね。私も頑張らなくっちゃ」

「陽菜は大丈夫だろ。桜が丘A判定だったじゃん」

「うん。でもさ、油断禁物だから。もし二人とも受かったら、また高校でもよろしくね」

「そうだね。受かったらね」


 そう言うと陽菜は、少しだけ不安そうな顔をした。だが、またもやすぐに明るい顔になり、

「大丈夫だよ!一緒に桜が丘に行こうよ」

と笑って見せた。


 赤い傘のあの人が行っている高校は、春になると坂道が桜で埋まる。だから桜が丘高校という名前の学校だ。もし、春になっても彼女が通っていたら、俺が受かれば会える…。そう思うとなぜか、勉強も苦ではなくなる。明るい未来があるっていうのは、なんとも人を励ましてくれるものなんだな。そんなことを俺は思いながら、なんでもない話を明るくしている陽菜の横で未来ばかりを思い描いていた。


 

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