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第16話 色とりどりの花たち

 その日は、先輩は子どもの頃からの話を少ししてくれた。両親揃って獣医だからほとんど家にいなかったらしい。だが、父親側の祖母と同居していて、先輩はおばあちゃんっ子なんだと知った。おばあちゃんが優しくて寂しい思いもしなかったとか。


 ただ、中学1年の時におばあちゃんが転んだ際に足を骨折し、その後誰かの介助が必要となり、父親の妹、つまり先輩の叔母さんの家におばあちゃんは行ってしまったらしい。そこからは先輩が一人で料理もしたり、他の家事もするようになったとか。


「偉いですね。家事を全部やろうとするなんて」

「そんなに大そうなことはしていないわよ。もともとおばあちゃんのお手伝いをするのも好きだったし、料理は最初失敗もいっぱいしたし」

 先輩はそう言うと思い出したようにくすっと笑った。


「俺なんて、ほんと、なんにもできないです。姉貴もできなかったし」

「お姉さんいるの?」

「あ、はい。歳離れてて、もう家にいません」

「そうなんだ…」

 先輩はそう言って黙り込んだ。


「俺…そろそろ…」

 時計を見ると、そろそろ予鈴が鳴る時間だった。

「そうだね。今日は春が来る君が来て楽しかった。また来て。あ、そうだ。公園には来ないの?私、雨の日以外は散歩に行ってるの。春が来る君、また来ないかなあってずっと思っていたんだ」

「え?」

 俺はその言葉にびっくりしてしまった。


「あれ?どうしてそんなに驚くの?くすくす。面白いねえ、君は」

「すみません。なんか、ちょっと…。えっと…。早起きができたら行ってみます」

「ふふふ。そうか。あの日はたまたま早起きしたのか」

「まあ、そんなもんです」

「朝早いのも気持ちいいから、頑張って早起きして来てよ」


「……あ、頑張ります」

 俺の言葉に先輩はさらにくすくすと笑った。


 俺は衝撃を受けながら教室に戻った。また公園に行けば先輩に会えるかも…と期待をしながらも、嫌がられるのも嫌で行けなかったわけだが、まさか先輩からこうもあっさりと誘われるとは思ってもみなかったからだ。


 昼休みだって、一人でいたいと言っていたから、俺が来たら迷惑なんじゃないのか?あ、俺はそんなに喋る方じゃないから邪魔にならないのか?いや、これって所謂社交辞令的なやつか?

 まさかな。先輩はそういう事を言ったりしないだろう。嫌なら誘いそうもないし、その辺はっきりしていそうだし。


 それとも…。

 衝撃を受けて一瞬真白になった頭が動き出し、俺は5時限目の授業の間ずっと先輩のことを考えていた。

 

 もしかしたら、先輩は一人が好きなのではなく、逆に一人が嫌なのかもしれない…。家に帰っても一人だろう。学校でも友達がいないようだった。なんでいないのかはわからない。誰とでも仲良くなれそうな雰囲気があるのに…。


 俺は先輩のことを知れた喜びや、これから公園や屋上に先輩に会いに行ってもいいんだという嬉しさと、先輩は実は寂しいのか、あまり幸せではないのか…という考えが入り混じり複雑な心境だった。


 そして、昼休みはどこに行っていたんだ?と案の定、手嶋に聞かれた。

「どこでもいいだろ」

「…体育館裏に呼びだされいじめにあったとか、告白されたとか?」

「そんなドラマチックなことないから…」

「だろうな」


 そこまでで手嶋の追及は終わった。こいつはただ単に、小説のネタになるようなことを探しているだけに過ぎないのかもしれないな。先輩との話は、こいつには言わないようにしておこう。


「今日、俺図書委員だ…」

「ふうん」

「来る?」

「……いや…行かない」

「だよな。先輩当番じゃないしな」


 手嶋は放課後、かったるそうに教室を出て行った。図書委員になれたのを喜んでいる感じだったのに、どうやらもう飽きてきたらしい。


 一人で学校を出て家に向かった。大通りから路地に曲がり、家に向かって歩いていると、陽菜がいた。なぜか、じいっと道路脇の一点を見つめている。そして、おもむろにしゃがみ込むと携帯で何かを撮っている。


「何撮ってんの?陽菜」

 声をかけると、相当びっくりしたらしい。一瞬陽菜はしゃがんだまま跳ねた。

「うわ。びっくりした!ハル君か」

 俺だとわかると、陽菜は安心したように笑った。


「これ見て、ハル君。可愛い黄色い花。こっちは紫の花」

「雑草撮ってたのか」

「雑草だけど、名前はあるよ。家に帰って調べてみようと思って」

「陽菜、こういうの好きだよな。昔から公園に咲いてるたんぽぽとか、雑草に興味あったもんな」


「雑草って言っても、それぞれに名前もあって、それに可愛いし、たくましいし」

「たくましい?」

「そうだよ。こんな人が踏んじゃいそうな場所でも、アスファルトの間からでも咲くんだよ?たくましいよ」

「…」

 俺は何も言えなくなった。


 陽菜は自分と比べているのかもしれない。こんな小さい雑草が羨ましいと思っているのかもしれない…。

「この時期っていいよね。いろんな花が咲いて。そこの公園にも色々と咲いているの。色とりどりで奇麗だよね」

「そうだっけ?」


 そこの公園って言うのは、駅近くのコンビニ横にある公園だろう。

「ハル君、時間あるよね。ちょっとこっち来て」

 陽菜は自分の家の門を開け、俺を引き入れた。そして家をぐるりと周り、庭へと俺を連れて行った。

 

「へえ…。陽菜んちの庭がこんなに花がたくさんあるって知らなかったな」

「でしょう?ガーデニングって言うの。お母さんが最近になって始めた趣味。私も一緒にどんな花を植えるか考えたの」

「……ふうん」

 俺がわかるような花はなかったが、本当に色とりどりだった。


 陽菜はまた携帯を取り出して写真を撮った。

「これ、ちゃんとプリントアウトして、部屋に飾ろうと思って。そうしたら花がない季節も楽しめるじゃない?」

「………」

 俺はまた何も言えなくなった。陽菜は学校を休む時も多いし、遠出もできないから、花を見ると言っても、近所の公園や庭くらいに限られるだろう。だから、こうやって写真に撮っておきたがるのかもしれない。


「あら、陽菜、帰っていたの?ハル君もいらっしゃい」

 リビングの窓を開け、陽菜のお母さんが顔を見せた。

「ハル君に庭を見せていたの」

「じゃあ、家に上がって来てここから見たら?」

 

 ガラガラと大きく窓を開け、陽菜のお母さんは手招きをした。

「ハル君、紅茶でも飲んでいかない?クッキーもあるから。ね?」

 半ば強引にそう陽菜のお母さんに誘われ、断れなくなり、俺はリビングに上がらせてもらった。


 窓の近くに二人掛けの椅子とテーブルがあり、そこに陽菜と向かい合わせに座った。カーテンが全開にしてあるから、窓から庭がよく見えた。

「俺んちの庭は、芝生と物干ししかないつまらない庭だから、いいっすね。こういうのも」

 紅茶を運んできた陽菜のお母さんにそう言うと、

「でしょ?今まではうちも芝生だけだったけど、花を植えたらいつも家から楽しめると思って始めてみたの。この前、ハル君のお母さんも来て喜んでたわよ」


「そうなんですか」

「自分にはできないってぼやいていたけど。ハル君のお母さん、仕事や学校の委員で忙しそうだしね」

「ああ、はあ、まあ…」 

 曖昧に答えた。実はそこまで忙しいとは思えない。忙しいと口癖のように言っているだけだ。


 陽菜は俺の顔を見て嬉しそうに笑い、庭を見てまた、嬉しそうに笑った。

 そんな陽菜をチラッと陽菜のお母さんは見ると目を細めた。ああ、この庭は、陽菜のための庭なんだろうな…ということは考えなくてもわかった。


 俺も紅茶を飲んでから庭に目を向けた。黄色、赤、紫色…。色んな種類の花が咲いている。

 この前まで、紺色の制服の中に、薄いピンクの桜の色が交じり合っていた。だが、世界にはこんなに色があったんだなあと、俺はなんとなくしみじみ思っていた。


 あれ?おかしいな。学校の屋上にも花が植わっていた。でも、そこに目を向けなかった。先輩だけを見ていたからか。


「花っていいよね、ハル君」

「…うん」

「私、ハル君の名前も好きだな。季節では春が一番好きなんだ」

「陽菜だって、春みたいな名前だろ?」

「……そうかな」


「陽菜にぴったりの名前だろ」

「ハル君もだよね?」

「俺が?まさか。俺は春に縁遠いよ。どっちかって言えば、冬って名前の方が合ってる」

「そんなことないってば!春君がそばにいると、春が来たみたいな気分になるもん」

「………」


 俺はその言葉に驚き、一瞬陽菜を凝視した。陽菜の方が先に恥ずかしそうに視線を外して、

「このクッキー、お母さんの手作りなんだよ」

とクッキーに手を伸ばした。

「あ、そうなんだ」

 俺もクッキーを一つ摘まんだ。


 お日様に菜の花。陽菜こそ名前通りだろ。陽菜の笑顔は、そこに花が咲いたようになる。俺は違うだろ。なんだって、陽菜は俺の横にいることを喜んでいるんだ?


 視線を感じてふと顔を上げると、ダイニングテーブルに座っている陽菜のお母さんが嬉しそうに俺らを見ていた。そう言えば陽菜のお母さんも、やけに俺に対して親切だし、信頼もしているようだ。こんな不愛想で、礼儀正しくもない俺に…。


 それだけ、親同士の仲がいいってことなのかな。


 紅茶を飲み終え、おかわりもあると言われたが断った。そして、リビングの入り口に置いてあった靴を手にして玄関へと移動し、靴を履いていると、玄関近くにある階段の上から陽菜のお父さんが降りてきた。


「あれ?春来君か…。久しぶりだなあ」

 そう言えば、お父さんに会うのは何年ぶりだったか。いや、陽菜の家に来たのも何年ぶりかだもんな。

「ご、ご無沙汰しています…」

 こんな挨拶でよかったのか不安になりながらもそう言ってみた。


「大きくなったなあ。今、何年生?」

「嫌だわ、お父さん。陽菜と同じ年よ」

「そうか。そうだそうだ。同じ高校だっけね」

「お父さん、ハル君はクラスも一緒なの」

「そうか~~。そりゃ、良かったな、陽菜」


 あれ?陽菜のお父さんにまで信頼されているってことか?何年も顔も見せていないのに。

「すみません、お邪魔しちゃって」

 家で仕事をしているから、人が来ることを嫌がるって陽菜が言っていたよな。それを思い出し、慌てて謝った。


「いや、いいんだよ。たまに遊びに来てくれ。いつも陽菜のほうが邪魔しているんだろう?」

「俺の家は別に…。母も陽菜が来ると…、あ、えっと陽菜さんが来ると喜んでいるし」

 実際陽菜のことは気に入っているけど、陽菜は俺の母親のことをどう思っているかはわからない。パートから帰ってくるとそそくさと家に帰るか、俺の部屋に移動しているからなあ。


「なんだか、春来君、しばらく見ないうちに大人になったねえ」

「え?どこがですか」

「言い回しとか。陽菜にさん付けとかしなくてもいいのに。ははははは」

 陽菜のお父さんはなぜか大笑いをしてから、

「本当に遊びに来てくれてかまわないよ。たまに僕も春来君と話がしたいから。今日ももうちょっといてくれてもいいんだけど?」

と言ってきた。


 うわ。勘弁してくれ。陽菜のお父さんとなんて、何を話していいかわからない。

「今日は帰ります。すみません」

 俺はそう言うと玄関のドアを開けた。

「また来てね、ハル君。ハル君が好きそうなおやつ用意するから」

「え?は、はい」


「じゃあね、ハル君!」

「うん、あ、えっと、ご馳走様でした」

 俺はぺこっとお辞儀をして、そそくさと玄関から外に出た。そして、足早に家に帰り、大きな安堵のため息をついた。


「おかえり、ハル」

 キッチンから母親が顔をのぞかせた。俺は、小声でただいまと言うと、すぐに階段を上り自分の部屋に入った。


 ドサッとその辺にカバンを投げ、またベッドにダイブした。

「は~~~~。なんか、驚くことばかりだ」

 なんだって、あんなに陽菜の親に歓迎されているんだ?陽菜のお父さんは気難しかったんじゃなかったか?何年か前に何度か会ったが、神経質そうな感じだったのにな。


 それとも、俺の勘違いだったのか?

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