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第13話 陽菜とノブと俺

 翌日、教室に陽菜は元気に現れた。五十嵐率いるグループとも仲良く話している。だけど、俺と手嶋の席には来なかった。


「なあなあ、春が来る君」

 手嶋が俺の背中をつっついた。ああ、お前ならそう呼ぶだろうと予想はついていたよ。だが、その呼び名は先輩だけが言っていい呼び名だ。

「それ、やめろよな。お前、ちょくちょく俺のことからかってくるけど、うざいよ」


 俺はわざと低い声で、眉間にしわもよせて手嶋に返した。

「悪かったな。ほんと、お前も真面目って言うか、冗談のわからないやつだよなあ。先輩にはそう言われても怒らないくせに、俺のことは怒るんだ」

「先輩に対して、怒れないだろ?あ、お前だって、山鳥の手嶋とか言われていただろ」


「そうなんだよね。あの人変わってるよ。同級生のことも、そんなふうに勝手に呼んでた。あ、でも、男子に限ってだな。女子とはあまり話していなかったから」

「女子と仲が良くないってこと?」

「うん。なんつうか、一風変わっている先輩みたいでさ、多分、女子の中で浮くタイプなんじゃね?女子って、浮いてる人を仲間に入れないじゃん」


「……ふうん」

「でも、孤独でも大丈夫なタイプなんじゃね?奇麗だから男子からはチヤホヤされているみたいだし。あ、そういうところがまた、女子に嫌われるのかもね」

「チヤホヤ?」

 なんだって、そういう言い方するんだ。先輩のことディスっているのか?


「委員長の名前が真鍋まなべっていうんだけど、まことの鍋君とか呼んでんの。で、齋藤さいとう先輩には一番難しい漢字の齋藤君ってさ。普通に齋藤君って呼んだ方が短いのにさ。笑えるよな」

「へえ」

 なんだ。そうなのか。俺だけが特別じゃないわけか。


「だけど、辻村は苗字じゃなくて、名前の方の呼び名をつけられたんだな」

「ああ、作家みたいな名前だって言われて、春が来るって書くって言ったからかな」

「なるほどね」

 手嶋はなぜか変に納得している様子だった。


「ま、頑張れば?彼氏がいるかそれとなく俺、聞いてみようか」

「は?お前何言ってんの?」

「お前こそバレバレだよ。何言ってんの?図書室に行くまでどれだけ緊張していたんだよ。もっと積極的に話しかけなきゃだめだろ」


「図書室で話しかけられないだろ」

「昨日は図書室ガラガラで、大丈夫だったろ?新学期始まってあまり経っていないし、試験もまだまだだから、図書室利用する生徒もいないんだろうからさ」

「だけど、先輩忙しそうだった」


「まあね。入学式からいろんな行事もあったりしたし、年度が変わって、メンバーも入れ替わったみたいだしさ、不慣れな新人ばっかりで、仕事が山積みになったと嘆いていたよ。瀬野先輩と委員長と副委員長は図書委員を前期もしていたらしいけど、他はみんな変わったって言ってた」

「ふうん。委員長と」


「あ、でも、大丈夫そうだよ。委員長は副委員長とデキてるらしいから」

「よくそんなことまで知ってるな」

「瀬野先輩が教えてくれた。だから、副委員長にちょっかいだすなって。ちょっと、俺の好みだったんだよねえ」

「…へえ。そんな話をするほど、瀬野先輩と仲良くなったのか」


「大丈夫だって」

 バシンと背中を叩かれた。

「俺、別に瀬野先輩に気はないし。どっちかって言うと、安藤さんみたいな子がタイプだから」

「………」

 待てよ。今の一連の会話、俺が先輩を好きだって思われているってことだよな。


「言っとくけど、俺は別に先輩のことは」

「うんうん。淡い初恋なわけね?」

「ちげえからな。ほんと、お前ってムカつくよな」

 ついデカい声が出た。手嶋はにやついたままだったが、俺はすぐさま前を向いた。


 陽菜といい、手嶋といい、なんだって勝手なことを言ってくるんだ。俺は、先輩と仲良くなりたいわけじゃないんだ。いや、少しは話せたらとか思ってはいる。正直、もっと先輩のことを知れたらとも思っている。


 ガラリとドアが開き、担任が入ってきた。女子はまだ自分の席にも付かず、話に花を咲かせている。

「HR始まるわよ。席について!」

 大声で剛田先生が注意をしたが、女子は嫌そうな顔をして、だるそうに自分の席に戻って行った。


「慣れてきたからってたるんでるんじゃない?始業のベルは聞こえていたでしょう」

 あ~。こういう言い方をするから、嫌われるんだってことをわかっていないのか。それとも、わざと女子から嫌われようとしているのか…。周りの女子を見ると、明らかに剛田先生に対して非難の目で見ているのがわかる。


 男子生徒たちも、うぜえと小声で言っているのすら聞こえる。だが、剛田先生は男子に対しては注意をしない。女子の間では女子ばかり注意をして贔屓だとか、男子に嫌われたくないんだとか、そんなことを言われている。


 だけど、だんだんと観察しているうちにわかってきた。女子になめられないよう、女子の前では虚勢を張り、男子に注意できないのは単に怖いからだ。自分よりも図体のでかい男子。歯向かってこられても、対処もできないのだろう。

 一見、強そうで、しっかりした大人に見せているが、実は弱いからこそ虚勢を張る。自分の手には負えそうもない相手は、最初から当たり障りのない扱いをする。そんなところだろうなあ。


 そういうのも、俺だけじゃなく、周りの生徒もわかってきているようで、先生の注意を聞かなくなったり、態度が悪くなったりしている。まだ4月だというのにクラスがこんな空気じゃ、先が思いやられるな。

 とはいえ、俺はいつでも傍観しているだけ。クラスの雰囲気が悪くなろうが、先生がどうだろうが俺にとっちゃどうでもいいことだ。


 4月はあっという間に過ぎた。GWに入り、クラスの奴とは何の予定もない俺は、家でグダグダと過ごすことにしたが、なぜかGW初日からノブが家に遊びに来た。

「どうせ、GW予定ないんだろ?ハルも」

 俺が暇だと決めつけやがって…と、ノブの言葉に腹を立てそうになったが、ハルも…ってことは、こいつも暇だってことか。


「ノブはオタク友達とどっかに行かないのか?」

「う~~~ん。高校で仲良くなった奴ら、どこかに積極的に遊びに行くタイプじゃないんだよねえ」

「へえ、それは寂しいな」

「いや、オンラインゲームしてる。ただ、みんなゲームするのが基本夜なんだよ。昼間は寝てるみたい」

「お前は寝てなくてもいいわけ?」


「午前中は寝てた」

 なるほど。だから、12時過ぎになって遊びに来たわけか。

「陽菜も呼ぶ?」 

 ノブが聞いてきた。実は陽菜とは最近話もしていなかった。


「いいよ。陽菜は陽菜で、新しい友達と仲良くやってるだろ」

「陽菜、ちゃんと友達出来たんだ」

「ああ。陽菜は明るいし、楽しそうにやってるよ」

「ふうん。まあ、同じクラスになったって聞いたから、大丈夫だとは思うけど」

「誰と誰が?」


「お前と陽菜。ハルがついているから、大丈夫だろ?」

「何が大丈夫なんだ?陽菜なら女子グループに入って、そこで楽しくやっているし、俺とは関係ないだろ」

「体のことだよ。無理していないか、ハルが見守っているんだろ?」

「え?」


 どういうことだ?見守る?

「陽菜のお母さんとかに頼まれていないわけ?」

「……。ああ、俺がいるから安心だとか言われた気が…」

「やっぱ、陽菜も呼ぼう。なんか、心配になってきた」

 ノブは陽菜にラインを送った。俺は、ノブが何を言っているのかよくわからなかった。


「心配って?」

「だからさ!春休み無理して、陽菜が寝込んだことあっただろ?陽菜のお母さんもそういうの心配してるんだよ」

「それと俺がどう関係するわけ?」

「お~~ま~~~え~~!隣に住んでて、幼馴染で、もっと陽菜のことちゃんと見守ろうとか思わないわけ?!」


 ノブが眉間にしわを寄せ、ものすごい真剣な顔をして俺に迫ってきた。俺が後ずさりすると、ノブは我に返ったのか、テレビの前にあぐらをかき直して座った。それから、またゲームのリモコンを持って、ゲームを再開した。


 黙りこくったノブの隣に俺も座り直した。ノブや、陽菜のお母さんが心配性で大袈裟なんだと思っていた。でも、大袈裟なんじゃなくて、そこまで陽菜の体が弱いってことなのか?俺だけが認識不足だったっていうことか?


 だけど、陽菜はいつも俺の前で元気な顔をしているし、俺にも心配しないでと言っている。陽菜が嘘をついているのか?


 それから30分して、陽菜がやってきた。陽菜はいつものようにお菓子を入れた袋を持って、

「ノブ君、久しぶり!」

と元気な声を出した。

「よう、俺もハルも暇していたんだ。陽菜もゲーム付き合えよ」

「うん。誘ってくれてありがとう。私も…、特に予定入っていなかったし…」


 陽菜は俺の顔を見ると、声がだんだんと小さくなった。もしかして、俺とは顔を合わせたくなかったのか。


「えっと…。ハル君」

「え?」

「あの…」

 陽菜は俺の横に来ると、困ったような表情を浮かべた。


「何?陽菜。どうした?」

 それを見たノブが、心配そうに聞いた。陽菜は、明るくノブには、

「ううん。別に」

と答えたが、俺の顔を見るとまた顔を曇らせた。


「ハルと喧嘩でもしていたのか?」

「ううん。喧嘩…とかじゃないんだけど。あの、ごめんね」

「え?何が?」

 突然陽菜に謝られ、俺は思いきり戸惑った。


「私、ハル君を怒らせるようなこと言ったでしょ?」

 ああ、瀬野先輩のことだよな。確かに、あのあとずっと陽菜は俺に話しかけてこなかった。俺からも話しかけなかったから、ずっと俺が怒っているとでも思っていたのか。

「別に、俺は怒っていないし」

「そうなの?」


 陽菜はほっとした顔をして、俺の横にちょこんと座った。

「何を言ってハルと怒らせたんだ?」

「あ…、私、ほら、考えなしに言っちゃうところあるでしょ?空気読めないっていうか…」

 そこまで言うと陽菜はへへっと笑い、

「お菓子適当に食べて」

と袋からチョコだのポッキーだのを出した。


 それから、またほっと息を吐いた。陽菜の方を向くと、口元を緩ませ、安心しきったような顔をしていた。

 もしかして、ずっと話しかけられずに悩んでいたのか。今日も俺の家に来るの、ためらったりしていたのだろうか。俺、そこまで陽菜が悩んだりするようなこと言ったのか?


 陽菜は黙って俺とノブがゲームをしているのを横で見ていた。いつもなら、陽菜もやるだの、はしゃいでうるさくしてくるのに、今日はやけに静かだ。具合でも悪いのかと思ってチラッと様子をうかがうと、穏やかな表情でテレビ画面を見ているだけだった。


 口元に笑みを浮かべ、幸せそうな顔をしている。特にどこか具合が悪いだけでもなさそうだ。

「陽菜もゲームする?」

 俺が聞くと陽菜は俺の方を向き、ううんと首を横に振った。

「自分が弱いっていうのを、ようやく自覚した?」


 俺はわざとそんな皮肉を言ってみた。前みたいにムキになって、弱くないと言ってくるか、陽菜がどんな対応をするのか確かめたくなったからだ。

「うん。それに、対戦しているのを見ているだけでも楽しいし」

「……?」

 俺はついノブと顔を合わせ、二人で陽菜はどうしたんだ?と無言で会話をしていた。ノブもいつもと様子が違うのを感じているらしい。


「なんかね…。高校入ったら、こんなふうに3人でまたハル君の家で、集まったりできなくなるかな…と思っていたから。また3人で集まれたのも嬉しいし、二人がゲームで遊んでいるのを見ることが出来て、幸せだな~~って、浸ってたの」

「変な奴だな。家も近いんだし、会おうと思えばいつでも3人で会えるじゃん」


「ハルの言うとおりだよ。俺は別の高校行ったけど、これからもハルや陽菜と遊ぶと思うよ?」

「だよね。何も前と変わったりしないんだよね?」

「しないよ。だから、陽菜、安心しろよ」

 ノブのいう言葉に、陽菜は嬉しそうに頷いた。


 俺はまだ、この頃はよくわかっていなかった。陽菜の言っている意味も、ノブの言葉の真意も。そして、3人で集まっていることのどこが幸せなのかとか、陽菜がどうして俺の隣で安心して、幸せそうにしているのかも、何もわかっていなかった。

 


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