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第12話 図書委員の瀬野先輩

 図書室のドアを手嶋が開けた。そして、静かに3人で図書室に入った。

 カウンターには瀬野先輩の姿が見えた。下を向き、静かに書き物をしている。

「先輩、遅くなってすみません」

 手嶋は小声で先輩に声をかけた。


「ハル君は、どんな本を借りるの?」

 俺が先輩を見ていると、横から俺の腕をつっついて陽菜が聞いてきた。

「え?何か言った?」

 俺がぼんやりしているのを陽菜がわかったのか、不思議そうに首を傾げた。

「あ、悪い。聞いていなかった」

 今でも俺は先輩が気になって、陽菜の方を向くでもなく、カウンターの方にどうしても視線が行ってしまう。


「あ、春が来る君だ」

 先輩はそう大きめの声をあげた。図書室なのに、それも図書委員なのに、案外大きい声を出すんだな。俺ら3人は気を遣って小声で話していたのに。なんて思いながら周りを見回したら、ああ、なるほど、本を読んでいる生徒も勉強をしているらしき生徒も誰もいなかった。


「先輩、なんですか、その春が来る君って」

 手嶋も遠慮がちに小声で話していたのに、普通の声のトーンで話し出した。

「え?名前の漢字、そう書くんだよねえ?」

 先輩は手で俺を呼んだ。俺はカウンターの方に近づいて、

「そうですけど」

とぶっきらぼうに答えた。ああ、気にしすぎて、ぶっきらぼうになってしまった。


「ふふ。そっちの可愛い子は合格発表の日に会ったわね?」

「え?そうなんですか?同じ中学でクラスも同じなんです」

 そう答えたのは手嶋だった。

「へえ、そうなんだ。3人とも同じクラスなの?」

「あ、はい」

 陽菜も先輩の近くに来て、にこりと微笑みながら頷いた。


「お名前は?」

「安藤陽菜です」

「ヒナちゃん。雛鳥の?」

「いえ。太陽の陽に菜の花の菜」

「わあ。ぴったりの名前ね。可愛い。お日様みたいな名前だ!」


 先輩は優しくそう言ってから、

「えっと、山鳥の手嶋君。仕事早速だけど覚えてもらいたいから、カウンターの中に来てくれないかな。あ、陽菜ちゃんと春が来る君は、借りたい本があったら持ってきて」

と、早口にそう言うと、手嶋にも「早く、早く」と急かした。

「あ、はい」

 手嶋は慌ててカウンターの中へと移動し、先輩の隣の椅子に腰かけた。どうやら、仕事は山積みだったようで、先輩は忙しそうだった。


 カウンターには返却されたらしい本が山積みだ。もしや、手嶋が来る時間が遅かったとか?それとも、いつも図書委員は忙しいのだろうか。などということは、今の俺にとってはどうでもいいことだった。何よりも、手嶋に寄り添うようにしてあれこれ教えている先輩を見て、俺の心は穏やかではなかったからだ。


「………」

 俺はその光景をしばらくぼけっと見ていたらしい。陽菜がちょんちょんとまた俺の腕をつっつき、

「本、どれ借りる?」

と聞いてくるまで。


「あ、うん」

 我に返り、俺は陽菜と図書室の中にどんな本があるか見て回った。でも、ほとんど本の題名も目に映ることはなかった。俺はずっと先輩が気になった。隣に座って図書委員の仕事を教わっている手嶋が羨ましくて、やっぱり俺も図書委員に立候補すればよかったと、そんなことばかり思っていた。


 今さらそんなことを思ったところで、どうしようもないのにな。


 何の本だかもわからず、俺は1冊の本を無意識に本棚から取り出していた。

「それ、読むの?」

 陽菜がすぐ隣で、小声で俺に聞いてきた。また、俺は我に返り、

「え?あ、何が?」

と、陽菜に聞いた。


「ハル君、変だよ。大丈夫?具合悪い?」

「い、いや…。別に」

 陽菜の顔を見ず、俺はそのまま視線を手元に向けた。俺が手にしていた本は、量子力学の本だった。

「量子…力学?難しそうな本だね」

 陽菜が俺の手にある本を覗き込みながらそう言うと、

「こんなの、興味あるんだ~~」

と、本から俺の顔へと視線を移した。


「陽菜は、借りるのか?」

「う~~~ん。そうだね~~。私は童話とかがいいな」

「童話って、小学生じゃあるまいし」

「ないのかなあ」

 童話…。なんだろう。今、何かを思い出しかけた。でも、もやっとするだけだな。


「あ、私の大好きな本あった。星の王子様」

「それ、陽菜の家にもあるだろ」

「うん。図書館にあって嬉しいな…」

「……その本、ほんと、好きだよな」

「うん」


 陽菜は小説のコーナーを眺めていたが、結局どの本も借りなかった。俺は、先輩と話がしたくて、手にしていたよくわからない量子力学の本を持ってカウンターに行った。

「あ、ほら。今教えたとおりにやってみて」

 先輩は手嶋に任せて、自分はカウンターに積みあがっていた本を持ち、本棚にその本を返しに行ってしまった。


 ああ…。なんだよ。瀬野先輩に会いに来たのに、ほとんど話すこともできなかったじゃないか。

 恨めしい目で手嶋を見て、それから図書室の中を少し見回した。先輩が本棚のどこのコーナーにいるのかもわからず、わざわざ声をかけに行く勇気もなく…、いや、陽菜がいなかったら行っていたかもしれないが、俺は陽菜のあとに続いて図書室を出た。


「私は朝日図書館に本を借りに行くから、高校の図書館にはもう来ないかも」

 廊下を歩きだすと陽菜がすぐにそう話しかけてきた。

「だって、童話とか絵本とかないし…。つまらないもん」

「陽菜はそういう本をいまだに読んでいるわけ?」

「うん、だって夢だった…」


 陽菜はそこまで言うと言葉を引っ込め、

「まさか、そんな小難しそうな本に興味あると思わなかった」

と、俺の手にしていた本を指さした。

「夢って?」

「なんでもないよ。それよりさ、ハル君はこれから図書室通えばいいんじゃない?勉強するスペースもあったし、ハル君にはいいかもよ?」


 明らかに陽菜は誤魔化している。夢っていうのは、陽菜の夢か?

「それに!瀬野先輩奇麗だしね」

「ああ…。え?今なんて言った?!」

 陽菜が何を言おうとしていたのかが気になっていて、ほとんど条件反射的に頷いてしまった。でも、今、先輩が奇麗だとか言わなかったか?


「ああいう女性がハル君の好みか~」

「陽菜、何適当なこと言っているんだよ」

「適当じゃないよ。ハル君、先輩見てぼ~っとしていたじゃない」

「べ、別にそんなことない」


「そうやって、ムキになるとかえって怪しいんだよ?素直じゃないなあ。入学式の時もなんとな~~くそんな気がしたんだ」

「違うって言ってるだろ?」

 無性に腹が立った。小学生の頃、だれだれがだれだれちゃんを好きだとか、そうやってよくからかったりしているやつがいたが、陽菜にからかわれた気がした。それに、先輩のことを軽々しく言われるのにも腹が立つ。


「陽菜は応援するよ」

「は?」

 なんだよ、応援って言うのは。

「同じ委員会に入れたら良かったのにね。でもさ、手嶋君が図書委員だから、瀬野先輩が当番の日とか聞きださせるし、手嶋君にも協力してもらってさ」


「いい加減にしろよな!そういうんじゃないって言ってるだろ?!」

 まじでムカついて、陽菜に怒鳴った。すると、陽菜はびくっとしながらその場に固まった。

「……」

 俺を黙ってただ見ている陽菜に、俺は特に何も声をかけず、そのまま陽菜を置いて昇降口に向かった。


 陽菜とは家が隣なんだから、一緒に帰ればいいのだが、腹が立って、陽菜を待つこともなく俺はどんどん先に家に向かって歩いて行った。しばらく歩いたところで振り返った。陽菜は俺よりもだいぶ離れたところで、下を向いて歩いていた。


 ふん…。知るか。変なことを言うからだ。クルっと俺は前を向き、また歩き出した。


 陽菜はどうしてすぐに、応援するとか言い出すんだ。そりゃ、ノブの夢を応援するならわかる。だけど、なんだって俺のことまで…。


「陽菜は応援するよ」

 昔も聞いた。小学生の頃。俺の絵を見て、画家になるのを応援するよと言っていた。

「ハル君には才能あるもん。素敵な画家になるよ」

「そうかな…」

 俺はその頃、そんな能天気な言葉を真に受けて喜んでいたよな。


「陽菜も、絵本が好きで絵本作家になりたいんだろ?僕も応援するよ」

 ポンとその頃の記憶が蘇った。そう言ったのは俺だ。そうだ。陽菜の夢は絵本作家だ。


 そうか。だから、さっき、陽菜が自分の夢を言おうとした時、何かを思い出しそうになってモヤっとしたのか。だけど、なんだってさっきは、陽菜は言葉を引っ込めたんだ?

 それも、この前、夢の話をした時には絵本作家になるのが夢だとは言わなかったよな。


 そうだ。思い出した!

 陽菜は絵が下手だから、物語は私が書くけど、絵はハル君が描いて。二人で絵本を作ろうよ…と陽菜が俺に言ったんだ。俺は、それも喜んで受け入れて、二人の共有の夢にしたんだった。


 いつか叶えようと、その時約束をした。なんだって忘れていたんだろう。陽菜も俺が忘れたから、絵本作家になる夢を諦めたのか?


 モヤモヤ…。もっと、モヤモヤしてきた。


 家に帰り部屋に直行して、ベッドにダイブした。くそ。

 せっかく先輩に会えたのに、気分が悪くなっただけだ。手嶋に嫉妬して、陽菜にからかわれ、最悪な気分だ。


 あ~~。何が応援するだよ。じゃあ、何が陽菜に出来るって言うんだよ。なんにも出来ないだろ?それに、俺は別に先輩と付き合いたいとかじゃないんだよ。ただ、学校に行って先輩に会えたら、それだけでも、学校に行くっていう意味ができるんだよ。それだけでも、モノクロの世界に色がつくんだよ。


 モヤモヤはなかなかおさまらなかった。


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