第11話 陽菜の入ったグループ
しばらく俺は手嶋を睨んでいたらしい。
「そんなに怖い顔で睨むな。俺、何か悪いこと言った?」
「……儚げな女の子をなんで期待したのかって聞いているんだ」
「なんだよ。ちょっと小説とかに出てきそうだろ?儚げで、色白で、髪とか黒くてロングで…。で、文学少女なんだよ。だから、俺と気が合ったりするかもって」
「……何それ。手嶋が読んだ小説に出てくるのか?趣味悪いな」
「悪かったな!でもま、図書委員の先輩で、それに近い先輩いるからいいんだけどさ」
「へえ…。色白で儚げなんだ」
「一見ね。本当はそこまで儚げではないんだけど。ついでに言うと髪も真っ黒じゃないんだけどさ。でもロングで、少し癖があるのかな。大きくウェーブかかってて。色白で美人なんだよ」
「……」
それを聞いて瀬野先輩を思い出した。まさかな。
「へえ…。なんて先輩?」
念のため聞いてみた。
「あれ?興味あるの?」
ムカ。こういう返しが一番嫌いだ。
「別に興味があるわけじゃない。ただ、お前の話に合わせようとして」
「めっずらしい。いつも、あまり興味示さないのに」
わかってて、ベラベラ勝手に話していたのか。たち悪いな。いや、返事を期待されるより楽でいいけど。
「名前は瀬野明日美。名前も奇麗だと思わん?」
「え?!」
「なんだよ。なんでそんなに驚くんだよ。あれ?知ってる先輩?」
「あ、ちょっとだけ…」
「あ~~~~!そうか。なんだよ。やっぱ、辻村も儚げ好きなタイプじゃん!」
「ちげえから」
そう慌てていると、
「儚げって、何の話?小説?映画?ドラマ?」
と、知らない間に俺の席の横に陽菜が来ていた。
「あ!どうも、初めまして。出席番号1番の安藤さん。俺は…」
「手嶋君」
「なんで名前?」
手嶋がキョトンとしていると、
「ハル君から聞いた。同中なんだよね?よろしく」
と陽菜はにっこりと笑った。
「ハル…君?」
手嶋が、豆鉄砲でもくらったような顔をして俺を見た。
「幼馴染なんだ。私たち家が隣同士なの」
「へえ!家が隣の幼馴染!小説にありそうな設定」
手嶋が今までで一番、口元をにんまりとさせた。あ、そう言えばこいつ、なんちゃって小説書いているとか言っていたな。その題材に使う気か。
「それで?ハル君はなんて呼んでるわけ?」
「は?」
「安藤さんのこと、陽菜ちゃんとか?」
「呼び捨てだよ。陽菜って呼ばれているの」
俺が返事をする前に陽菜が答えた。いや、俺は返事をする気もなかったが。
「いいね~~。俺にはそういう幼馴染もいなければ、女子の友達もいないんだよね。話合う子誰もいなくて」
俺だってお前と話合わないだろ…とツッコミを入れたくなった。だが、
「じゃあ、私が女友達1号だね」
と陽菜がにっこりと手嶋にほほ笑んだから、別のツッコミを陽菜に入れたくなった。なんだよ、その女友達1号っていうのは、いや、そもそも手嶋と友達になる気か?
「まじ?うわ。嬉しいなあ~~。感涙だ!」
「手嶋君って面白いね」
「マジで?こんなにつまらない男に面白いだなんて」
「え~~~?面白いよ~~」
そう言って陽菜はケタケタと笑った。ああ、陽菜は本当に明るいんだよなあ。
手嶋は相当嬉しかったらしい。見たことのない笑みを見せたかと思うと、顔を赤くした。まさかと思うが恥じらっているのか?
それより俺は、瀬野先輩が図書委員だっていうことに驚いている。失敗したとがっかりもしている。もし、知っていたら俺が図書委員に立候補したのに!
「手嶋」
「え?」
「図書室ってどこ?ちょっと本でも読んで見ようかっていう気になった」
「突然何を…。あ~~~、なるほど、そういうことか」
手嶋は眼鏡を思い切り指で上に上げ、上げ過ぎたのか両手で位置を直し、
「今日の帰り寄っていく?俺、今日初の当番でさ、それも瀬野先輩と一緒だから」
「え?!」
「まあまあ、そんな慌てるなって」
手嶋はにやついた顔を、一瞬にして戻すと、
「コホン。幼馴染の安藤さんも来る?」
と陽菜に聞いた。
「あ、うん。本借りられるんだよね?どんな本があるか見てみたいな」
「いいよ!よし。帰りに案内するからさ」
手嶋は自慢げにそう言うと、安藤さんにはどんな本がいいかな、どんなジャンルが好き?と親し気に聞き始めた。
「陽菜、もう授業始まる。席に戻った方がいい」
と俺が言っている途中で始業のベルが鳴り始めた。
「あ、本当だ。じゃあ、帰りにね」
陽菜は軽く俺らに手を振ると、一番前の席に戻って行った。そして、五十嵐に話しかけられ、こっちを二人で向くと何やら陽菜が、五十嵐に説明している様子がうかがえた。
まあ、俺の話だろうな。隣に住んでいるとか、幼馴染なんだとか言っているんだろう。五十嵐はまた俺の方を見て、目が合うと慌てて前を向いた。
「なあ、なあ、ハル君」
「その呼び方やめろ。気持ち悪い」
「なんで?安藤さんはいいのに、俺はダメなわけ?」
「当たり前だろ」
「ふ~~ん、ま、いいや。辻村。安藤さんって、どんな本が好きかな」
「知るか。そもそも本とか読まないタイプだ。漫画なら少年漫画でも読むけどな」
「あれ?そうなの?無理に誘って悪かったかな」
「……。でもまあ、本とか興味を持ってもいいのかもな」
「ん?なんか言った?」
俺の声が小さくなったからか、手嶋には聞こえていないようだった。俺は返事もせず前を向いた。ちょうど先生も入ってきたからタイミングが良かった。
陽菜も読書が趣味とかになれば、外で遊ぶよりもいいのかもしれない。まあ、うちでゲームしたり漫画読んでいてもいいんだけど…。
五十嵐たちは、元気良さそうだから、陽菜は遊びに付き合うの大変なんじゃないか…。ああ、そんな今までにはない心配をするようになってしまった。
「安藤さん、もう体調はいいの?」
HRが始まる前に、みんなに聞こえるくらいの音量で剛田先生は陽菜に聞いた。クラスの全員が陽菜に注目をした。
「はい。もう大丈夫です。すみませんでした」
「謝ることないわよ。あ、みんな初日に自己紹介をしたの。安藤さんも自己紹介してもらおうかな」
マジかよ。一人だけ、1週間遅れで来て、それだけでもプレッシャーがあるだろうに自己紹介だと?剛田って空気読めねえのかよ。陽菜も、気まずそうな顔をしてるじゃないか。
「ほら、立って挨拶して。みんなもちゃんと聞いてあげてね!」
うわ。ハードル上げてどうすんだよ。
「先生!安藤さんのことは、初日に先生が名前を言っていたし、みんなもうわかっていると思います。自己紹介の必要はないんじゃないですか?朝日中出身の安藤陽菜さん!それだけでいいですよね?」
五十嵐が突然手を挙げたかと思うと、一気にそう捲し立てた。
「なんで五十嵐さんが言うの?自己紹介っていうのは自分でしないと意味がない…」
「先生!名前も顔も覚えたし、もう大丈夫です。それより、HRの時間なくなりますけど?」
なんと後ろから手嶋もそう声を上げた。
「本当だ。先生、時間なくなる。今日って何かあるの?」
「そう言えばさ~、身体測定とかあるんですか?」
「部活の仮入部って、いつまでっすか?」
みんなが思い思いに先生に質問をし始め、先生は慌てて、
「わかりました。今日からの予定を言います。あと、1学期の予定表は先週渡しましたよね。そこにも書いてあるから家帰ってちゃんと見て!部活のことも今から説明します」
と、仮入部について説明し始めた。
陽菜を見た。後ろを見ながら五十嵐にほほ笑みかけていた。五十嵐が首を横に振りながら、陽菜の背中をポンポンと軽くたたいているのが見える。多分、陽菜がありがとうとお礼を言い、五十嵐が「いいっていいって」みたいなことを返しているんだろう。
なるほど。五十嵐に対しての印象が変わったかもしれない。最初はため口で先生にずけずけ聞きにくい質問をする図々しい女子だと思っていたが、それだけではないようだ。ちゃんと空気は読めるんだな。
いや。ただ、剛田先生が気に喰わないってだけかもしれないが。だけど、陽菜をかばったのには変わりない。他の生徒も、わざわざ自己紹介させるなんて…と同じ思いがあったのかもしれない。だから、一斉攻撃みたいに、質問を浴びせたんだろう。そして、手嶋もファインプレーを見せたんだな…。
陽菜はその日、五十嵐や五十嵐を取り巻く連中に、色々と手助けしてもらっていた。移動教室があれば、陽菜のことも一緒に連れて行き、昼も一緒のグループに入れてあげていた。俺が出る幕はなさそうだ。
そして放課後、陽菜は俺と手嶋のところに来た。
「陽菜ちゃん、また明日ね!」
五十嵐が元気にそう言うと、陽菜は振り返り、
「うん、イガちゃん」
と手を振った。五十嵐とその取り巻きも陽菜に手を振り、教室を出て行った。
「陽菜、友達出来て良かったな」
そう言うと、陽菜は嬉しそうに笑った。
「安藤さんだったら、大丈夫だろ?明るくて元気で、人懐っこいし」
手嶋がわかった風な発言をした。すると陽菜は、
「ありがとう。手嶋君、朝のHRでも助け船出してくれたよね。嬉しかった」
と、その人懐っこい笑顔を手嶋に見せた。手嶋はまた、顔を赤くした。
それから3人で、図書室に移動した。俺は、瀬野先輩に会える嬉しさと緊張で喉がカラカラになり、
「図書室って、何か飲んでもいいのか?」
と手嶋に聞いた。
「ダメだよ。本を読むだけ」
手嶋はバシッとそう言い切った。
「ハル君、喉乾いた?自販機が食堂にあるってイガちゃんに聞いたよ。何か買ってこようか?」
「いや、大丈夫。あとで飲む…。いや、先に食堂行ってくる。いや、あとでいっか」
やばいな。動揺を隠しきれない。
「飲み物買って軽く飲んでから行くか?」
手嶋は笑いをこらえながらそう言い、3人でまず食堂に行くことにした。
陽菜はずっとニコニコしたままだった。そして、食堂の自販機でそれぞれ飲み物を買って、そこで陽菜と手嶋は一口飲んで蓋をした。俺だけがゴクゴクとウーロン茶を半分飲み干した。
「相当喉乾いていたんだな、ハル君」
「グフッ!だから、手嶋、その呼び方やめろよな!」
思わず口からウーロン茶が飛び出した。
「ハル君、はい」
すぐさま陽菜が俺にティッシュをくれた。それで口を拭き、ペットボトルの蓋を閉めて、
「じゃ、行くか」
と俺は顔をどうにか平静に保ち、ウーロン茶をカバンに押し込んだ。




