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第10話 陽菜の初登校

 あっという間に、1週間が経った。先輩に会う機会もなく、委員会に立候補することもしなかった。


 俺の予想通り、後ろの席の手嶋はやたらと声をかけてきた。委員会も何をするんだと聞かれたが、

「面倒だから入らない」

とあっさりと答えた。

「俺は本をいつでも読める図書委員になるよ。中学校3年間も図書委員だったんだ」

 自慢げにそう手嶋は言ったが、自慢するようなことなのか?と俺は思っていた。


 趣味は読書と言っていたっけ。あれ、適当なことを言ったわけではないんだな。本当に本が好きなのか。俺みたいに漫画ばかりを読んでいるわけではないらしい。


 担任の剛田先生の教科は数学だった。もともと数学は得意ではないが、この先生の授業はさらにやる気をなくさせた。とにかく、早口でどんどん授業を進めていく。それに、どんどん生徒に当てていく。授業中はピリピリとした空気感があって、そういう空気が俺の体質には合わない。


 副担任は国語の先生だった。名前は古谷裕之ふるやひろゆき。時々HR中に教室の後ろに立っていた。だが、何も発言もせず、知らぬ間に教室を出て行っていたから、存在感が薄かった。


 だけど、授業は違った。剛田先生とは正反対で、とても優しい口調で授業を進めるし、説明もわかりやすかった。それに話しやすそうな雰囲気をかもしだしているせいか、生徒からすぐに好かれた。特に女子生徒から、授業初日の終了のベルが鳴って、先生が教室から出ようとすると呼び止められ、質問攻めに合っていた。


 その中心にいたのは五十嵐っていう女子。やっぱりため口で、

「先生彼女いる?」

と開口一番に聞いていた。

「僕はモテないから彼女もいないです」

 逆に古谷先生は敬語を使った。それも優しい口調で話すから、ますます女子はつけあがり、数人が先生を取り囲み、なかなか先生を開放してあげずにいた。


「ちょっとあなたたち、何しているの?」

 隣のクラスで授業を終え、職員室に向かおうとしていたらしい剛田先生がその様子を目撃し、注意をしてきた。すぐさま女子は教室の真ん中に移動して、

「剛田、うるさい」

と文句を言い出していた。


 まだ教室のドアから剛田先生は女子を睨んでいた。あ~~あ、1年の始まりからこんなじゃ、思いやられるな。剛田先生はきっと女子生徒に反感を持たれるタイプで、仲良くなろうなんて気もサラサラないのかもしれない。


「古谷先生、授業が終わったら速やかに職員室に戻られてはいかがですか。次の授業の準備もあるでしょう?」

「そうですね。すみません」

 そんな会話が聞こえてきた。そして二人そろって、廊下を歩いて行った。


「なんか、マジ、むかつく!あんなのが担任ですげえ嫌」

 五十嵐の声が教室に響いた。五十嵐の周りにいた女子たちは一斉に頷いた。ああ、五十嵐、たったの1週間で取り巻きを作ったのか。気の強そうな女子だ。俺はなるべく関わらないようにしておこう。


 ここ1週間で、すでにクラスのやつらのグループ分けが出来てきていた。男子も同中でつるんでいるやつらや、すでに部活が一緒でつるんでいる運動部のやつらもいた。だが、そこまでグループ意識はなさそうだったが、女子の場合は一旦グループが出来ると、他のグループ連中とは関わりを持たないようにしているようだった。


 おとなしそうな女子グループ。派手目な女子グループ。そして、五十嵐を取り巻く気の強そうな女子グループ。派手目な女子グループと、気の強そうな女子グループは牽制しあっているようにも見えた。それをおとなしそうなグループが見て見ぬふりをしながら、目立たないように息をひそめているっていう感じだ。


 果たして、すでにグループ分けしているところに陽菜は来て、大丈夫なんだろうか。朝日中出身の女子も2人いるが、派手目なグループに入っている。正直陽菜と気が合うようには見えない。陽菜はいつも明るく元気で、楽しそうな女子とつるんでいたからなあ…。


 俺はと言えば、いつも通り一匹オオカミでいようとした。が、手嶋がそうはさせてくれなかった。こいつ、他に友達いないのか?同中だからって俺とつるもうとしなくてもいいんだけどな。


 翌週になり、陽菜が登校した。朝、陽菜のお母さんからラインが来たらしく、

「春来、陽菜ちゃんと一緒に登校しなさいよ。あんた、同じクラスになったんでしょ?陽菜ちゃんも心強いと思うわよ」

と母親が俺に言ってきた。


 そんなに陽菜は弱くないよ…。と言い返そうと思ったが、今まで体調を崩して休んでいたんだしな。あの坂道も大変かもしれないし、一緒に行ってやるか…と思いなおし、

「わかった」

と一言返事をした。


 少しだけ早めに家を出て、陽菜の家の前で待った。

「じゃあ、お母さん、行ってきます」

 陽菜の明るい声と共に玄関のドアが開いた。

「陽菜ちゃん、無理はしないでね」

 そういう陽菜のお母さんの、心配そうな声も聞こえた。


「大丈夫だよ。あ!ハル君」

「春来君?」

 陽菜の声に反応して、陽菜のお母さんも玄関から顔を出した。

「一緒に行ってくれるの?」

「あ、はい。まあ、一応…」


 俺はあまりにも期待の目を向けている陽菜のお母さんに圧倒されて、戸惑いながらそう答えた。

「良かった。じゃあ、安心ね」

 本当に陽菜のお母さんは、俺を頼りにしているんだな。なぜだ?

「じゃあね、春来君、陽菜を頼んだわよ」

「え?あ、はい」


「もう!お母さん、大袈裟だよ。ハル君、陽菜だったらもう大丈夫だからね?」

 陽菜は慌てたように俺に言った。陽菜は小学生の頃まで、自分のことを「陽菜」と呼んだ。中学生に入ってから「私」に変わったが、焦るといまだに「陽菜」と言ってしまうところがある。


「うん。まあ、でもさ、無理しないに越したことはないから」

「うん。そうなんだけど、やっと高校に行けるんだよ?この1週間、お母さんの過保護のせいで、行けなかったんだもん」

 陽菜の家から少し離れたところで、陽菜はそう元気に言い出した。


「そこまで具合が悪かったわけじゃないの。お母さんとお父さんが大事を取って休みなさいって。私、1週間も行かなかったら、友達出来ないよって言ったんだけど、同じクラスには春来君もいるんだし、大丈夫よって」

 また俺?

「それもそうかって、私も休んじゃったんだけど」


「何それ?それもそうかって」

「え?だって、友達出来なくてもハル君といればいいんだしって。同じクラスで本当に良かった!」

 すっごく嬉しそうに陽菜は俺の隣で跳ねた。

「女子の友達作れよ。5月には遠足もあるし、グループ分けの時どこにも入れなかったら困るだろ?」

「遠足行かないから平気」


「え?」

「あ!えっと。多分また熱出しちゃうから…」

「その日休むことになっても、その前にグループ分けはするじゃん」

「あ、そっか…」

 陽菜は少し暗い顔をした。


「ま、まあさ、陽菜は明るいし、すぐに仲いい子できるよ」

 俺はとってつけたようなセリフを言い、なんとか陽菜を慰めた。こういう時ノブがいると助かるんだ。こういうセリフをサラッとノブは言えるからな。俺の場合はぎこちなさ過ぎる。浮いたセリフになる。

「……」

 あれ?陽菜、いつもみたいに笑って「そうだよね」と返さないのか?さすがに俺がこんなこと言っても、無理があったか?


「ハル君は?友達出来た?」

「俺はいつも一匹オオカミ。一人の方が気楽だし…。あ、でも、一人だけうるさいやつがいて」

「え?」

「朝日中出身のやつで、手嶋って知ってる?」

「知らない」


「だよな。同じクラスになったこともないし。小学校も同じみたいだけど、目立たなそうな地味なやつだし」

「仲良くなったの?」

「仲良くって言うか…。勝手にベラベラ喋っているうるさいやつだよ。そういうところが、ノブに似ているかも」

「ノブ君に?じゃあ、私も仲良くなれるね?」

 陽菜はようやく嬉しそうに笑った。


 もしかして、陽菜には珍しく、本気で緊張していたのかな。まあ、それもそうか。新しい学校、新しいクラスで、1週間も休んじゃったのなら気も弱くなるってもんか。じゃあ、やっぱり俺に頼ってくるのも無理ないよな。それなりに俺も、陽菜を助けないとな…。


 とか思っていたのに、そんな心配は無用だった。教室に入り、

「出席番号順だから、陽菜は廊下側の一番前の席」

と教えると、陽菜はその席にカバンを置きに行った。そして、すぐ後ろの席にいた五十嵐に、

「おはよう!安藤陽菜ちゃん?」

と声をかけられていた。


 うわ。あの五十嵐に声をかけられている!と、心配で少し離れたところで見守っていたが、

「私、出席番号2番の五十嵐由梨。ゆりちゃんってガラじゃないから、イガちゃんでいいよ!」

と、やけに親し気で、陽菜も嬉しそうにほほ笑んでいたから安心して、俺は自分の席に移動した。


 そのあとも、二人の様子を見ていると、五十嵐はあれこれ陽菜の世話を焼いているみたいで、陽菜のロッカーを案内したり、仲のいい取り巻き連中にも陽菜を紹介していた。


 あの気の強い連中と陽菜が仲良くやっていけるかは疑問だが、派手目なグループよりは陽菜に合っているかな?


「おはよ。辻村」

「え?ああ」

 後ろの席から声をかけられ、そう軽く返すと、

「辻村は本当に、クールだねえ」

と手嶋はまた口元を少しだけ緩ませてそう言ってきた。


「……別にクールってわけじゃ…」

「あ、出席番号1番の安藤さん、ようやくお出ましか」

 手嶋は自分の席に座りながら、陽菜を見た。

「同じ中学だったんだよなあ。でも、クラス別だとわからないもんだよね」

「俺は家も近いし、中2の時同じクラスだったから知ってるよ」


「そうなんだ。体調悪くて休んでいるっていうからさ、どんな儚げな女の子が来るかと期待していたら、全然元気そうだし、すでに五十嵐グループに入ったみたいだし…」

「儚げなのを期待した?」

 なんだか、その言い方にムカついた。儚げで、体が弱そうなのを期待したっていうことか?そりゃ、陽菜は一見元気そうで明るい。だけど、体が丈夫なわけではないんだ。体が丈夫じゃない儚げな女の子がいいって、どういう理屈だよ。


 ああ!俺の思考がわけがわからなくなっている。ついこの前まで、陽菜のことを元気印の女子と思い込んでいたくせに。いや、やっぱり、こいつの言っていることがわけわからない。儚げな子を期待したってどういうことだよ。


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