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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の危機はプロポーズの後で

作者: 夜長マコト


 魔物。

 発生する原因は定かではないが、いくら狩っても狩り尽くす日は来ないとされている、この世の理から外れた異質な生き物。

 生命を脅かし、害をなす存在として恐れられている。


 しかし、体内から取れる魔石や毛皮などといった一部の素材は有効的に利用される。

 それ故に、魔物を討伐する冒険者という職業は根強い人気がある。



 そんなこと、俺には関係ないけど。



「お、いたいた」


 天高く伸びる木々の枝についた沢山の葉は、昼間だというのに太陽を隠している。

 おかげでこの森はどの時間も薄暗い。

 最初は緊張したけれど、もはや慣れたものだ。


 落ち葉を踏んで音を立てないよう慎重に、それでも素早く手に持った弓を引き絞る。

 狙うは、視界の先にいるデカい狼だ。


 フォレストウルフと呼ばれるそいつは、四つ足の状態で俺の身長の二倍はある。

 鋭い爪と牙は見ただけで危険だが、強靭なしっぽも警戒する必要がある。当たれば骨がへし折れ、大怪我は必須。命を落とすことも少なくない。

 それに今は一体だが、基本的に群れで行動する習性があるから周囲にも注意が必要だ。


 キリキリと小さな音を立てる弓を引く。

 番えた矢に魔力を纏わせると、青白く発光する。


 魔力の気配にフォレストウルフが反応した。

 ――が、遅い。


 ヒュン。


 空気を切り裂くように放たれた矢は、フォレストウルフの眼球に吸い込まれていく。

 分厚い皮膚に覆われていたって、目は無防備だ。


「ガ、ァッ……」


 深々と突き刺さった矢は、眼球から脳を貫いた。

 魔石を体内に持つ魔物だが、動物と共通する部分も多くある。

 その証拠に、脳や心臓を潰せば、死ぬ。


 巨躯が地面に倒れる。その衝撃で軽く地面が揺れた。

 そのまま横たわりピクピクと小さな痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。


 この世界は弱肉強食だ。食うか、食われるか。


「よっし! 今日の晩飯、確保!」


 周囲の安全を確認してから歓声を上げ、自分の何倍もあるフォレストウルフを担ぎあげた。




 俺の住んでいる村は、この森のすぐ近くにある。

 丸い広場を中心として、囲むように木造の家が建てられている。住民は両手で数えられる程度。


 三十日に一度、遠くにある村から商人が来たり、たまに旅人や冒険者が来る以外は閉ざされた静かな場所だ。


 と言っても、俺はこの村以外に行ったことないから比較は出来ないんだけど。


 村共有の井戸の近くに、目的の人影を見つける。

 向こうも俺に気づいたらしい。


「ラッくん! おかえりなさい!」


 ブンブンと力強く手を振りながら駆け寄ってくる。

 艶やかな銀髪が風になびいて、夕陽を乱反射させる。紅玉のようなパッチリした赤い瞳はキラキラ輝いて綺麗だ。華やぐような笑顔に、何だか嬉しくなる。


 ちなみに『ラッくん』というのは俺のあだ名だ。

 ラックだから、ラッくん。簡単でわかりやすいだろ。


「ただいま、ペコ」


 彼女はペコ。歳は多分、俺と同じ十四くらい。

 歳が曖昧な理由は、お互い小さい頃に森に捨てられたから。

 でも大事なのは一緒に過ごしてきた事実だから、間違っていたって問題ない。


「今日はフォレストウルフだぜ」


 背負っていた晩飯の食材を広場に下ろす。

 後ろ足が引きずられてボロボロなのはご愛嬌だ。


「わあぁ、大きい……! 美味しそう……!」


 採れたて新鮮なフォレストウルフを見て、ペコは怯えるどころかますます目を輝かせ、嬉しそうに笑う。

 この笑顔を見ると、頑張ってよかった、明日も頑張ろうって思えるんだ。


「世界の恵みに感謝を」


 ペコは胸の前で手を組み、祈るように目を閉じる。

 お転婆だが、真剣に祈る様子は神聖だ。


「いただきます」


 祈りを捧げ終えると、準備されていた解体用ナイフがフォレストウルフに突き立てられた。





「「いただきます!」」


 食卓に並ぶのは、固い黒パンに、村のすぐそばで取れた薬草、そしてメインのフォレストウルフの焼肉だ。


 デカい図体から切り分けた肉の一部は、村の人におすそ分けした。

 それぞれが得意なことで支え合う。それが村の掟だ。


 とはいえ、デカいだけあって肉は山盛りだ。

 フォークを突き立てると、じゅわりと肉汁が溢れ出した。


「ん! 美味い!」


 程よい弾力の肉は噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。

 聞いた話では、村の外の人間はあまり魔物を食べないらしい。

 この肉を食べずに捨てるなんて、なんとも損な話だ。


「ジューシーで、柔らかくて、それなのにサッパリしてて……これならいくらでも食べれちゃう」


 はぅ、と蕩けるような表情でペコは肉を口に運ぶ。

 黙っている時は儚げな見た目をしているが、普段の彼女は明るくて、元気で、よく食べる。

 いつも腹ペコだから、ペコ。

 森で初めて出会った時に俺がつけた名前だけど、ピッタリだと思う。


「ペコの料理の腕がいいんだよ」


 しっかり火が通っているのに焦げ付きはなく、雑味もない。俺が同じように調理してもこうはならないから不思議だ。

 ペコの料理が食べられる。それだけで毎日が幸せだ。


「結婚したい」


 狭い部屋で口にした言葉は、確実に聞こえたはずだ。

 頬袋いっぱいに肉を詰め込んでいたペコは、よく噛んでからごくんと飲み込んだ。


「ラッくんとなら、いいよ?」


 うん。正直、断られるとは思ってなかった。

 この村に住んでる同年代の子どもは俺とペコだけ。それも一緒の家で暮らしているのだから、もう結婚していると言っても過言じゃないはず。

 だが。


「マイヤーさんが『かいしょー』がないうちは結婚しちゃだめだって」


 マイヤーさんは隣の家に住んでいる、物知りな婆さんだ。俺が子どもの頃から見た目が変わらない。

 本人に向かって婆さんと呼ぶと、十日くらい機嫌が悪くなる。そうなると明日の天気や、オススメの狩場の情報といった、生きていくための知恵を教えてもらえなくなるので絶対の禁句だ。

 俺に色々な知識を教えてくれ、信頼しているマイヤーさんの言葉に逆らうつもりはない。


 『かいしょー』の話はペコも聞いていたのか、思い出したように頷いている。


「えっと、幸せの条件、だっけ」

「俺はペコといるだけで幸せなんだけど」

「うん、私も、」


 くぅ〜。

 ペコが返事をしかけたが、その声よりも大きく、腹の虫が鳴いた。

 皿の上に大量に積み上がっていたフォレストウルフはかなり数を減らしている。そのうちの七割はペコの胃の中だ。名前に偽りなしである。


「お、お腹いっぱい食べるのも、条件に入れていい?」


 お腹を抑えながら、恥ずかしそうに尋ねられる。

 本音を言うなら今すぐ結婚したい。けど、満腹に出来てない現状の俺に『かいしょー』はないってことだ。


「当然だろ。任せとけって!」


 俺は胸をドンと叩いた。

 二人でお腹いっぱい食べられるようになったら、その時はもう一度プロポーズしよう!





 さて、お腹いっぱいになるにはどうしたらいいか?


 俺に出来るのは魔物を殺して持って帰ることだけだ。

 それ以外の生き方を知らない。


 一匹のフォレストウルフで足りないなら、数を増やすか、もっと大きな魔物を探せばいい。


 出掛ける前、マイヤーさんに頼み込んで教えてもらった情報をもとに、森の奥へと進んでいく。

 すんと鼻を鳴らせば、かすかに血のにおいがした。


「近いな」


 警戒しながらにおいの方へと近づく。

 むせ返るほど濃く感じる頃には、巨大な魔物が視界に入る。

 血のように赤い毛は返り血ではなく、元からだ。


 今日の相手はどうやら、倒れたフォレストウルフを食い散らかしているようだ。

 被害は一体だけではないことが周囲の状況でわかる。

 固い毛皮なんて最初からなかったように、易々と切り裂かれ、柔らかい肉が引き剥がされる。


 レッドグリズリー。


 森でそれなりに危険な魔物として知られている。

 フォレストウルフが可愛く見えるくらい大きく、膂力も強ければ、デカいくせに妙に素早い。その上、身体強化の魔法を使ったり、爪に纏わせた魔力の塊を手当たり次第に飛ばしてくる厄介なやつだ。


 森の奥地の方を縄張りとしていて、基本的には降りてこない。だから、これが初対面だ。

 まだ肉に夢中で見られていないのにビリビリ感じる圧力が、強者であることを嫌という程伝えてくる。

 しかし『かいしょー』のためには食材が必要だ。


「お手並み拝見、っと」


 魔力を纏わせた矢を、レッドグリズリーに放つ。

 フォレストウルフなら一撃だが、果たして。


 カィンッ。


 そんな軽い音がして、確実に眼球に当たったはずの矢が、弾かれた。


「おっと、そう来たか」

『グルルゥ…… 』


 通用しないとわかった瞬間、弓を遠くに投げる。

 使えない武器は動きの邪魔になるだけだ。


 獲物に集中していたレッドグリズリーが、邪魔をした俺を敵に認定したようだ。

 血に濡れた口元が嗤う。強者の余裕だ。


「死ぬのは、お前だぜ」


 お互い、勝ちを譲るつもりはない。

腰に提げていた剣を引き抜く。何の変哲もない普通の剣だ。

 魔力を全身に巡らせていく。


『ガァッ!!』


 力任せに振られた爪から、密度の高い魔力が放たれる。

 地面を蹴って大きく跳躍する。


 ズドォン!


 さっきまで立っていた場所に破裂音が響き渡った。

 両手でも抱えきれない太さの幹がえぐれ、根元から折れて倒れる。


 当たったらひとたまりも無さそうだ。

 当たったら、な。


 いくら素早くても、動きが見えるなら対処出来る。

 大振りの攻撃は予測しやすい。

 爪から飛ばされる魔力の挙動も、想定していたより単調だ。たまに来る突進も誘導して躱す。


「おいおいどうした、そんなもんか!」


 わざと挑発してみると、目に怒りを込めて爪を振りかざす。


 魔物は基本的に知力が低い。

 大技を連発していたら、いずれ獲物に当たる。

 そんな風に生きてきたのだろう。

 フォレストウルフは素早いが、群れで過ごしている分、的も多い。絶好の獲物だ。


 もちろん、リーダーの素質がある魔物は知力が高いものもいるので、一概には言えないが。

 このレッドグリズリーは若い個体なのだろう。

 簡単に挑発に乗る分、動きの誘導が出来る。


「当たんねぇよ!」


 当たらないギリギリの位置を狙って避ける。

 眼前を爪が通過し、前髪を掠めた。


「おらっ!」


 ギィンッ!

 魔力を纏わせた刃を叩き込むが、生き物にぶつかったとは思えない音がして弾かれる。

 体を覆う短い赤毛は硬く、針のように鋭い。


 当たらなければ、問題ない。

 それと同じように、刃が通らなければ、問題ない。

 そういうことだろう。


「ジリ貧だな」


 何度か叩いてみたが、見事なまでに弾かれ続けた。

 魔力で強化しているというのに、反動を受ける手はビリビリ痺れる。


「どこもかしこも硬いなっ!」

『グォオオォオオ!!』


 何度も叩かれ、ちょこまか躱され。

 怒りがピークに達したレッドグリズリーが大きく吼える。耳がキーンと痛くなる。

 瞬間、開放された魔力の圧に思わず後ずさった。


「わかった、決着をつけようじゃねぇか」


 かすり傷のひとつも付けられていないが、当たりをつけている場所がある。

 だが、そこを狙うのはかなりの博打だ。

 怪我を負うだけで済めばいいが、最悪も有り得る。


 ――だが。


「ペコが腹を空かせて待ってる」


 それを意識するだけで、目の前のこいつが晩飯の食材にしか見えなくなる。

 今夜は熊肉だ。


 レッドグリズリーが地面を蹴る。

 同時に振られた爪の魔力を剣で打ち払う。


 まだ、まだだ。


 突進の風圧によろけそうになるのを必死に耐える。

 正面から立ち向かい、逃げない俺を見てチャンスだと思ったのか、突進しながら鋭い牙の並ぶ顎が大きく開かれた。


 硬い毛に覆われていない場所は残されている。


「今!」


 それは――口の中。


 ギリギリまで引き寄せて、魔力で強化した剣を突き立てる。

 突進の勢いも相まって、喉を貫いた。


『ゴ、ガァ!』


 最後の悪あがきに、噛み千切ろうと顎が閉ざされる。

 奥の奥まで貫いた腕は引き抜くまでに僅かな時間がある。剣を失うことを躊躇したことも良くなかった。

 魔力で強化しているが、間に合わなかった左腕の肘から先の肉が歯に掠めて裂ける。


「ぐぅッ……!!」


 引き抜いた腕からダバダバと血が溢れ出す。

 それを見たレッドグリズリーは満足気に倒れ込んだ。

 最後の最後に、やってくれる。


 魔力というのはそれなりに便利だ。

 全身に回せば身体能力が向上し、武器に纏わせれば威力が上がる。

 俺は勉強していないから使えないが、火や水を出せるようにもなるらしい。


「集中……、しゅ〜ちゅ〜……」


 薄らと骨が見えている気がするが、見ないふりをして、左手にありったけの魔力を注ぐ。

 血を止めるだけでいい。幸い、腕はくっついている。

 荒く深呼吸を繰り返し、滴り落ちる汗を無視しながら集中すれば、血が止まった。


「はっ……はっ……、くっそ痛てぇ!!」


 血を止めただけで、治療したわけじゃない。

 傷口からの痛みは続く。

 解決しないのはわかっていても、叫ぶしかない。


 今からでも千切れるんじゃないか。

 ズキズキする痛みを堪えながら、倒れて動かなくなったレッドグリズリーを見る。


「……これ、今から持って帰るのか……」


 ペコが待ってる。

 無理だ。嫌だ。暗い気持ちが込み上げるが、思い出す笑顔を心の支えに、痛みを堪えながら担ぎ上げた。


 自分の身長や体重の何十倍もあるこの巨大な獲物を持ち上げるには、魔力を使う。

 すなわち、左腕に回せる魔力が少し減るわけだ。


「ぐぎぎ……『かいしょー』は、まだ遠いな……」




 何とか村にたどり着くと、すっかり夜になっていた。

 珍しく、ポツポツと松明が灯っている。


「ラッくん!!」


 村の入口に立っていたペコが駆け寄ってくる。

 そんなに走ったら、腹減るぞ。

 言って笑い飛ばしたいのに、元気が残っていない。血を流しすぎたらしい。


「ペコ、遅くなって、ごめん」

「そんなことはいいの! 帰ってきてくれて、よかった……!」


 瞳から涙がポロポロこぼれる。

 熊の肉で喜ばせたかったのに、これじゃあ逆効果だ。

 支えるのが面倒になった肉を地面におろし、安心させようとペコに手を伸ばす。


「い゛っ、」

「ラッくん、どこか怪我してるの!?」


 気が緩んで、口から呻き声が飛び出した。

 涙に濡れたペコの丸い目が心配そうに俺を見つめる。


「えーっと……左腕を、ちょっとだけ」

「それを早く言って!」

「見ても面白いもんじゃな……、痛だだだ!! せめて丁重に扱ってほしいんだけど!」


 怪我の近くを掴まれ、走る痛みに気が遠くなる。

 だが、気絶は許さないとばかりに村の中へと引きずり込まれた。

 痛すぎて死ぬかもしれない。

 泣きたくはないが、泣きそうだ。


「座って」


 広場に転がっている木箱を指してペコが言う。


「いいから、早く」


 ペコを包む魔力が、レッドグリズリーの圧より怖い。

 手当するつもりだろうから、逆らわずに座る。


「酷い怪我……私のせいだよね、ごめんなさい……」


 今度は優しく患部の近くに触れられる。

 傷口を見ると痛みが増す気がして見られないが、相当悪いらしい。

 辛そうな顔のペコを見ると、俺まで辛くなる。


「俺が分不相応な相手を狙ったから、自己責任だよ」

「でもそれは、私のため、だよね」

「そ、れは、」


 ペコのせいではないが、ペコのためだった。

 満腹にさせたい。

 レッドグリズリーに挑戦した理由はそれだけだ。


 否定する言葉が上手く出てこない。

 ペコの目に浮かんでいる涙を拭うことも出来ずに見つめていると、服の裾で乱暴に拭われた。


「私ね、ラッくんの役に立ちたくて、練習してたことがあるんだ」


 何を?

 尋ねるより早く、ペコの体が淡い光を纏う。

 暗い村に、その光は柔らかく広がっていく。


 魔力による発光だ。

 理屈ではわかっていても、暗闇の中に浮かび上がるペコの姿はあまりにも幻想的で、呆気に取られる。


「大切な人を助ける力を、どうか、お貸しください」


 胸の前で手を組んで、祈りを捧げる。


 ふと、この前マイヤーさんがくれた本に描かれていた絵を思い出す。

 白銀の髪を持つ美しい女性の絵だった。

 なんだっけ、あの絵の名前。


「ヒール」


 鈴の鳴るような声が呟いた途端、ペコの周りを漂っていた光が左腕に集まってきた。

 ぐるぐる渦を巻くように左手が包み込まれる。

 抱きしめられた時のような、安心する力だ。


 ああそうだ――救済の天使だ。

 天から遣わされた麗しい使徒は、癒しの力を持って傷ついた人々を救う。

 そんな話に描かれていた絵にそっくりだ。


 左腕があたたかい。

 優しい光に包まれているうちに、痛みが引いていくのがわかる。

 試しに指先を動かしてみるが問題なさそうだ。


「凄い」


 やがて光が消え去ると、左腕の怪我は最初から怪我なんてなかったように元通りになっていた。

 握ったり開いたりしても違和感や痛みはない。


「凄い、凄いな、ペコ! 天使みたいだ!」


 感動を口にするが、反応はない。

 ふっと纏っていた魔力の光が消え、ペコはその場にへたり込んだ。

 もしかして、凄い力を使った反動が来たのか……!?


「ペコ! どうした、大丈夫か!?」


 くるるるるる。

 慌てて駆け寄ると、そんな音が耳に届いた。


「…………お腹、空いた…………」


 可愛らしい腹の音と、いつも通りのペコの姿に、安心して笑ったあと、少しだけ涙が出た。




「あーあ、空間魔法が使えたらなぁ」


 俺たちの騒動の最中に切り分けられたレッドグリズリーを頬張りながら、ペコがため息をついた。


 レッドグリズリーの肉はフォレストウルフよりも固いが、その分肉の旨みがガツンと来る。

 血を多く流して疲れた分、体が肉を求めている。


「おとぎ話じゃないのか?」


 空間魔法。

 昔、マイヤーさんが肉と引き換えにくれた本の中に出てきた魔法だ。

 勇者と呼ばれる男が、倒した魔物を次々に空間魔法に入れる。大きいものだと超巨大なドラゴンを入れていた。

 空間魔法の中では肉が腐ることはないらしい。


 村で一番魔法を使うのが上手なコーデリアさんに聞けば「そんなものはおとぎ話よ」と笑われてしまったけれど。


「そうかもしれないけど」


 空想ごっこより目の前の食事が好きなペコが、レッドグリズリーを前に渋っている。


「それがあれば、ラッくんが危ない目に遭わないから」


 落ち着いていた涙がまた溢れ出す。


 いつも夕方に帰っていたが、夜になってしまった。

 いつも無傷で帰っていたが、怪我をしてしまった。

 俺が、ペコを傷つけた。


 レッドグリズリーは俺には早かった。

 なるべく怪我をせずに、素早く、それでいて沢山の魔物を狩る方法があればいいんだけど。

 ……そうだ!


「俺も魔法を学びたい!」





 あれから、一年。

 魔法を学んだ俺は、かなり強くなった。



 放たれた矢は分厚い皮膚を貫き、黒い毛皮の猪、ダークボアの足に刺さる。


『ブモォオ!!』


 怒ったダークボアがこちらに突撃姿勢を見せる。

 だが、それよりも早く、魔力を練り上げる。


「ウィンドカッター」


 詠唱で発生した風の刃が、首をすっぱり落とした。

 首と胴が離れたことに気付かないまま数歩進んだダークボアだったが、自然の法則には逆らえずドサリと地に伏せる。


「うん、やっぱり魔法の方が強いな」


 俺の魔力の保有量は普通の人よりも多いらしい。

 この程度の魔法なら疲れることもなく、楽々だ。

 勉強が面倒臭い。そんな理由で渋っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。


「ウィンド」


 風を巻き起こしてダークボアの体を浮かせ、傷口の断面から血抜きをする。

 これも魔法を使わないと出来なかったことだ。


 せっかくなら美味しい肉を持って帰りたい。

 今日も腹を空かせて待っているペコのことを思う。


「ふっふっふ……今日はビックリするだろうな〜」


 早く帰って、驚く顔が見たい。

 血抜きの終わったダークボアを地面におろし、その死体に触れた。




「ペコー、ただいまぁー」


 最近は夕方までに必ず帰るように徹底している。

 レッドグリズリーにやられた一年前のあの日、ペコは村の人を振り払って森に突撃するつもりだったらしい。

 あんな心配、絶対にさせたくない。


 そして今日はサプライズがあるから、早めに帰った。


 まだ昼下がりの今、家の近くで育てている畑で作業をしていたペコが声に反応して顔を上げる。

 暑いのか、透き通るように白い肌が少しだけ赤い。


「おかえり、ラッくん。早かったんだね」


 いつも通り、手を振って笑顔で迎えてくれる。

 が、ペコが驚きで目を丸くする。


「あ、あれ……?」


 魔法の狩りを始めてから、獲物の量が増えた。

 フォレストウルフであれば五匹は狩って、魔法で浮かせながら帰る。


 そんな日が続いていたが、今日、俺の近くに魔物の死体はない。

 ペコの目が、俺と畑を交互に確認する。


「だ、大丈夫っ。野菜もちょっと早いけどそろそろ採れるし、お肉も、昨日の残りが少しだけあるし」


 わかりやすく目を回しながら「大丈夫」と繰り返す。

 赤かった頬は一瞬で青くなり、倒れそうな程に白く変わっていく。

 というか、現に足元がフラフラしている。


「安心しろ! ある! 晩飯の分、あるから!」

「だ、大丈夫……私、一日くらいなら、我慢できる」


 後ろに倒れる寸前に抱きしめて支えると、くぅくぅと腹が鳴っている。

 これじゃあ一日どころか、晩飯まで持つかどうか。


「だから、あるんだって! 安心しろ!」


 心配されていることは起こらない。

 むしろ、その逆だ。

 何を言っても今のペコの耳には届かなそうだけど。


「ラッくん、嘘は良くないよ……嘘じゃお腹はふくれないもの……」

「大丈夫だから。よく見てろよ?」


 片手でペコを支え、空いた方の手を空にかざす。


「いでよ! 熊とか! 猪とか! 狼とか!」


 呼応して、何も無かった空間からドサドサと魔物の死体が落ちてくる。

 ついさっき倒したダークボアを始め、レッドグリズリーにフォレストウルフの群れ、他にも沢山の魔物が山積みになった。


 ちなみに、手をかざす動作に必要性は、ない。

 わかりやすいだろうと思ってやった事だ。


 腕の中のペコは現実離れした状況にぱちくりと瞬きを繰り返す。

 柔らかい頬を自分でつまんでから、目を見開いた。


「う、うそ、まさか、これって、」


 そう、そのまさかだ。


「「空間魔法!」」


 二人の声が重なる。


 空間魔法はおとぎ話なんかじゃなかった。

 といっても、俺に原理とかの難しい話はわからない。


 ペコを喜ばせたい。

 『かいしょー』が欲しい。

 他の魔法と同じように、そんなことを考えていたら突然使えるようになった。


 空間魔法。いくらでも魔物が入り、腐らない。

 というわけで。


「肉も野菜も食い放題になったってわけ!」


 幸いにして魔物はいくら食べても減らない。

 狩りも魔法で効率がよくなった。村の人に分けても大量に余るくらいだ。

 更に空間魔法があれば保存用の肉が確保できる。


 つまり、ペコの空腹問題は解決だ。


「ラッくん……! 大好き!! 結婚してください!」

「あははっ、もちろん、喜んで!」


 ペコを抱きしめ、グルグルと広場で回る。



 散々騒いだ俺たちは村の人からも祝福された。

 そして大量の肉の処理をするために、家の隣の解体小屋で作業を始めた。





「〜〜〜〜〜!」


 解体用のナイフを一旦置いて、手首をぐるりと回した時、誰かの言い争う声がした。


「誰か来たのか」


 どうやら村の入口に外からの人が来ているようだ。

 珍しく、十数人ほどの気配がある。弱々しい気配だから気付かなかった。

 気配を隠しているのか、それとも、本当に弱いのか。


「ペコー、誰か来るかも」

「待って! 今いいところだから!」

 

 入口から俺の家に向かってきている。

 外の人間は面倒くさいから、魔物の処理はあまり見せない方がいい。

 これもマイヤーさんが教えてくれたことだ。


 解体の終わった魔物を空間魔法で収納するか。

 動き出そうとしたが、ノックもなくドアが開いた。


「ペトラはどこだ! って、な、なんだここは」


 勝手に入ってくるなり何かを言い放った偉そうな男は、ギョッとした顔で固まる。

 頭から爪先まで高そうな服や装飾品で飾られている。歳は俺より少し上、だろうか。

 ドアの向こうには全身を鎧で固めた人が立っていた。


 俺たちは小屋の中で魔物を解体していた。

 床は血まみれ、より分けた肉はブロックごとに並び、毛皮は乾かすため綺麗に広げられている。

 片付ける前に入ったくせにビビるとは失礼なやつだ。


「よーしっ、綺麗にできたー!」


 来客に気付かない底抜けに明るい声が響く。

 任せていたレッドグリズリーの毛皮が綺麗に剥がされ、肉も可食部の限界を攻めている。完璧な解体と言える。


 偉そうな男は何度か咳払いをしてペコに近付く。


「き、貴様がペトラか」

「えっと?」


 ようやく来客に気付いたペコだが、男の言葉に首を傾げている。

 俺も相手の言っている意味がわからない。


「ふん、呪われた見た目とはいえ、案外綺麗な顔をしているじゃないか」


 なんだ、こいつ。


「何、この人? ラッくんの知り合い?」

「知らない人だよ」


 追い払うか。

 血がベッタリついた解体ナイフを手に立ち上がる。

 弱そうだし、ちょっと脅せば逃げ帰るだろう。


「ま、待て! 貴様ら、この俺を知らないのか!?」


 何か喚き出した。

 俺は村の外のことを知らないのでサッパリだ。

 どれだけ偉い人間だろうと、関係ない。


「これだから田舎者は無知で困る。俺は、このセントレイル王国の第二王子、アレクサンダー・セントレイルである! 頭が高いぞ!」


 そういえば、この村は王国所属なんだったか。

 確かに物語に出てくる『王子』をそのまま形にした男だ。金色の髪はちょっとくすんでいるけど。


「へ〜、王子みたいな人も外に出るんだな」

「冒険譚みたいだね」


 本にあった、王子が冒険者になる物語のようだ。

 辞典以外のものは全部空想だと思っていたのに、世界は案外広いみたいだ。

 食料問題も解決したし、旅に出てもいいかもな。

 

 俺たちの反応が気に食わないのか、アレクサンダーは地団駄を踏み、眉を吊り上げる。


「もういい。貴様らに付き合っている暇はない」


 じゃあ、帰ってくれないだろうか。

 俺の気持ちは届かず、またしても何か言い始める。


「神の信託により、ここにいる女、ペトラ・シンシアが救国の聖女として認定された」

「は?」

「本来、忌み子と結婚するなど王族としてあるまじきことだが、聖女である以上は仕方ない。第二王子であるこの俺が貴様と結婚してやる。喜ぶといい」


 何を言っているかわからないが、言い切って満足気だ。

 結婚? ペコと王子が? なんで? 聖女?

 俺が混乱している中、


「お断りします」


 ペコのハッキリした声が響いた。

 断られることを考えていなかったのか、アレクサンダーは目を大きく見開いて固まっている。


「そもそも。私、ペトラではなく、ペコなので。人違いではありませんか?」


 うん、そうだよな。

 ペトラって誰なんだろうとずっと思っていた。


「ふ、ふ、ふざけるな! 忌み子のくせに!!」


 顔を真っ赤にしたアレクサンダーが手を振り上げた。

 ペコにやけに近い時点でムカついていたのに、暴力を振るうなんてもっての外だ。


「それ以上ペコに何かするなら、見過ごせない」


 二人の間に割り込み、手首を掴む。

 筋肉のついていないひょろい腕は簡単に止められた。


「は、離せ!不敬罪だぞ!!」


 てっきり抵抗して暴れるかと思ったが、どうやら口だけのようだ。

 ペコを殴ろうとしたのもポーズかもしれない。

 ややこしいことしやがって。


「な、なんだ、その目は、俺は、王子なんだぞ」

「だから何?」


 王子がいたところで、腹がふくれるわけじゃない。

 むしろ、解体をする時間が減って勿体ない。


「き、貴様ら、覚えていろよ!!」


 どうやって追い払おうか。

 弱いものいじめにならずに追い払う方法を考えていると、そんな言葉を残して、アレクサンダーは去っていった。

 彼と一緒に、鎧の人たちも村から出ていった。


「……なんだったんだ?」

「さあ、わかんない」

「とりあえず、解体終わらせるか」


 折り返しが見えてきたが、まだ先は長い。


「今夜は結婚のお祝いに豪華にしたいね」

「賛成〜」


 邪魔が入ってしまったので急ぎつつ、丁寧に。

 和気あいあいと食料を確保した。





 結婚してから三十日ほど経った。

 元々一緒に住んでていたこともあり、特に変わらず幸せに暮らしている。

 食材の備蓄も順調に溜まっているし、順風満帆だ。

 

 村の外に出るのもいいかもしれない。

 畑を耕しながら、そんなことを話していた時だ。


「あれ、この前来たやつか?」

「ほんとだ」


 アレキサンダーが豪奢な馬車から降りる。

 俺たちを見つけ、嫌味な顔を歪めて歩いてくる。


 さて、今度は何の用事だろうか。

 今回もペコに求婚を迫るようなら、色々と対応を考えなくちゃいけない。


「よく聞け!」


 叫ばなくても聞こえるが、村に響く大きな声で宣言したアレキサンダーは、羊皮紙を広げる。


「貴様らに王国に背いた罰として、王国の北部に位置するロースノウ領への出向を命ずる!」


 背いた記憶はないが、とりあえず最後まで聞いてみよう。邪魔をしたら長引きそうだ。


「無知な貴様らはどのような場所を知らないだろうから、この優しく慈悲深い俺が教えてやろう」


 自慢げな王子に神妙な顔で頷いておく。

 するとペラペラと話し始めたので話半分に聞き流す。


 ロースノウといえば、この辺りでは珍しい雪がよく降るんだったか。山岳地帯と聞いているので、住んでいる魔物がガラリと変わるかもしれない。

 元冒険者のゴーシュ曰く、ヤギ肉が美味いとか。


 旅に出るつもりだった俺たちは案外噂話を知っているが、その事を知らないアレクサンダーは上機嫌だ。


「……これで、いかに過酷な地であるかわかってもらえただろう」


 そうなのか。聞いていなかったな。

 横目にペコを見れば、お腹が空いた顔をしている。俺よりも聞いてないだろうな。


「かの大地には国を脅かす魔物、ドラゴンが住み着いてしまった。貴様らにはその討伐を命じる!」

「ドラゴン、だと……!?」

「なんだ、怖気付いたか? 今更謝ったところで遅いが、どうしてもと泣いて謝るのなら「行きます!」」


 王子の言葉の途中だったが、耐えきれずに遮る。

 ペコの瞳も一気に輝いた。


「な、なんで、」

「是非、行かせてください!」


 ドラゴン。

 これもてっきり物語の中だけの存在だと思っていた。

 あの、この世の何よりも美味しいと噂のドラゴンが!


「ペコ! 聞いてたな!」

「新婚旅行はロースノウ美食ツアーで決まりだね!」

「目指せ! ドラゴン肉!」

「「お〜!」」


 俺たちの喜びようについてこれないアレクサンダーが何か喚いていたが、はしゃいでいる俺たちの耳には届かなかった。




 俺たちは準備を整えてから、ロースノウへ出発した。


 旅の途中では魔物に襲われそうな街を助けたり。

 初めて見たダンジョンに潜ってみたり。

 山に発生した魔物の巣を壊滅させたり。

 各地の名産に舌鼓を打ったり。


 どこを取っても思い出盛り沢山な新婚旅行だ。

 しかし。


「んん〜! 舌の上ですぐにとろけちゃう!」

「脂が甘いのにしつこくなくて、すっごい美味い」


 ロースノウに居座っていた年代物ドラゴンの美味さの前には、些細な事件なんて霞んでしまう。

 これまでに食べた何よりも美味しかった。


 ドラゴンは魔物にしては珍しく、発生までにそれなりの時間がかかるようだ。

 また生まれた時は、狩りに来よう。



「次、どこに行く? 」

「うーん……そうだ、アレクサンダーに聞いてみるとか」

「美味しい魔物、知ってるといいねっ」


 外の世界の美味しいものを味わい尽くそう。

 そう決めた俺たちは、もうしばらく旅を続けることにしたのだった。





 聖女と勇者が各地を訪問し、魔物から人々を守っているという噂が流れるのは、もう少し先のお話。


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