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 三体の人形を処分すべく、ふたりで外へと運び出す。

 外は風が完全に止み、太陽は最も高い位置から人々を照らしている。幸せそうな人も、そうでない人も、もれなく、等しく。

 そしてその太陽に向けて、一筋の黒煙が立ち昇る。

 マルコとノエミは、それぞれ静かにそれを眺めていた。

 やがて、煙は細く弱くなり、消えていった。


「終わりましたね」

「――はい。これで、心残りはありません」


 ノエミはマルコと向かい合うと、背筋を正してから、深々と頭を下げた。


「今日は、本当にありがとうございました。マルコさんに助けていただいただけでなく、話も聞いていただいて…………人形のことは誰にも言ってなくて、でも誰かに聞いてほしかったんです。辛いことでも、やっぱり誰かに話すのは大事ですね。胸のつかえが取れた気分です――マルコさん、あなたと出会えてよかったです」


 彼女は感謝を表し、手を差し出す。

 マルコは優しくその手を取って、敬意を込めて握った。


「ご依頼、ありがとうございました。また困ったことがあれば、ギルドに来てください。いつでも待っています」

「はい、またその時はよろしくお願いします。手数料上乗せしてでも、マルコさんを指名しますね――そうだ、これを渡さないと、依頼は完了になりませんね」


 そう言って署名の入った封書を取り出すと、それをマルコへ渡した。

 受け取った封書は、失くさぬよう大切に仕舞い込む。

 後はギルドに戻って報告するだけだが、既にひと段落ついたことで、この天気のように晴れやかだ。


「それではノエミさん。これにて失礼いたします。貴女の向かう未来に、どうか素晴らしい日々が訪れますように」

「えっ……?」


 マルコがいつものように告げた何気ない別れの挨拶に対し、ノエミは思わず声を上げた。まるで予想だにしないことに遭遇したかのように。

 一瞬何事かと思ったマルコだったが、ふとあることを思い出してとっさに口に手を当てて塞ぐ。

 しかし時すでに遅く、彼女にはっきりとその言葉を聞かれてしまった。


「…………」

「…………」


 ふたりの間に、思惑の異なる不思議な沈黙が流れる。


「……あの」

「はい?」

「今のって、ウィンストンの台詞ですよね?」

「……………………」


 マルコは数秒ほど目を閉じ、コホンとひとつ咳払いをして、口を開いた。


「……実は、たまにそう言われるのですが、ウィンストンとは関係ないです。まだ俺が駆け出しの頃、姉に『もっと個性を出した方が良い』と言われ、その時にいくつか教えて貰った内のひとつが小説の台詞だったようでして」

「なるほど、そういうことだったのですね」

「ええ。なので、ご期待に添えるような話があるわけではなくて」

「あーいえいえ、私が勝手に思い込んだだけですから……!」


 早とちりをごまかすために作り笑いをするも、心なしか残念そうなノエミ。

 いたたまれない気分だが、かといって何か出来る訳でもないマルコは、苦笑しながらも頭を下げる。


「では改めて失礼致します」

「あっ、はい。ありがとうございました!」


 手を振って見送る彼女に返すように一礼し、身体を翻して立ち去った。

 しばらくそのまま歩き続け、そろそろ十分に距離が取れたと言う頃合いを見て、緊張しながら振り返る。

 屋敷はずいぶん遠くに過ぎ去り、彼女の姿は見えなくなっていた。


「危なかった。頭からすっかり抜け落ちていた。ばれたら厄介なことにしかならないからなぁ。はぁ……たまにこういうウソをつかなくてはならないのは悩ましいな」


 マルコは胸をなでおろしてゆっくり歩き、入口へと戻ると馬車を捕まえて町を発った。

 ただし、昼時で馬車が停まっていなかったこともあり、ようやくギルドへと到着した頃には、朱色をほんのりと帯びた筋雲が空を泳いでいた。


「ただいま、ミレイア。これ、依頼人からの封書」


 ノエミと果たした約束の証であるそれを取り出し、受付口にそっと差し出した。


「お帰り、思ったより早かったのね。お土産は?」

「さすがにお土産は無いよ。大体馬車で1時間くらいなんだから、どうしても欲しかったら自分で買ってきなよ」

「えー、じゃあ今日の夕飯は決まった?」

「決まったよ。でもその時までの内緒。お楽しみに」

「自信たっぷりだね。期待してるよ」

「それじゃあ、手続きをしてくるから、少し待っててね」


 受け取った封書を手に取り、上機嫌で受付の奥にある扉の向こうへとミレイアは去って行った。

 部屋では署名の照合が行われ、問題が無ければ報酬を受け取る仕組みだ。


「ねえマルコ。報酬、応相談の割には随分少ないね。簡単な仕事だったの? 経費を除いたらほとんど残らないけど」


 部屋から戻ってくると、彼女は不思議な顔をしながら銀貨を五枚渡した。

 確か銀貨三枚と伝えたはずだと思ったが、これはきっと彼女の遠慮や計らいが含まれているのだろう、そうマルコは考えることにした。


「んー……普通かな。詳細は省くけど、お金を取らない方がいい人だな、と思ったんだ」

「また安請け合いしたんだ。まったく、もう少し誇りと対価を意識して仕事に励んでよ。いくらウチがお金に困ってないからとは言えさ」


 やれやれと言わんばかりに、ため息をついて肘をつくミレイア。

 だがマルコにとっては見慣れた景色だから知っている。呆れているのではなく、自分を安く見積もらないよう心配していることを。

 ほんの少しだけ申し訳なく思いながらも、それでも自分を信じて行った行動だから、後悔をするつもりはない。


「自分なりに誇りは持ってるから、大丈夫だよ。それじゃあ一足先に家へ帰って、食事の準備をしておくよ」

「今日はこれから忙しくなるから、帰りは遅くなりそう」

「了解。その分丹精込めて作って待ってるよ」




 家に帰ったマルコはその晩、ロールキャベツ入りのシチューをミレイアに振る舞うと、彼女は満足そうにそれを平らげた。

 食後、お酒を飲みながら今日の依頼の出来事を聞いたミレイアは、その巡りあわせにおかしそうに笑った。

 それは全部、貴女のせいなのに。マルコはそう言いたげに不満を顔で表す。


「依頼主の黒歴史を抹消しに行ったら、まさか自分自身の黒歴史と出会うことになるなんてね。面白いね、それ。そのネタ、使えないかな」

「待ってよ。そうやってすぐ人を話のネタに使おうとしないでくれよ。身バレすると面倒なんだから……そもそも俺は半妖化なんてしないし、小説のネタにするから黒歴史にせざるを得ないんじゃないか」

「別に半妖化できるようになってもいいのよ?」

「それじゃあ俺が一度死なないといけないじゃないか」


 肘をついて呆れながら、マルコは言葉を返す。

 顔や行動には出さないが、随分と酔っているようである。


「……でもさ、私が小説を書くのはね、マルコの為でもあるんだよ。君にはいつまでも危険な目に合わせるのも嫌だから、少しでも稼ぎたいの。こんなのでも一応姉だし」


 酒の入ったグラスを摘んで回し、カラカラと音を響かせながらミレイアは呟く。


「……そりゃ、心配してくれることはわかってるさ。ミレイアはいつも危険な依頼は回してこなかったし。その代わりに中級冒険者になるまで時間がかかったけどね」

「だって、唯一の家族なんだもん」

「俺だって、少しでもミレイアの負担を軽くしてあげたいと思ってるよ。毎日睡眠時間を削ってギルドの受付と物書きをこなしてるなんて、大変過ぎるよ」

「ならカッコつけずに、ちゃんと報酬は取ってきてね」

「…………まぁ、それはゴメン」


 バツが悪そうに俯き、ボソボソとくぐもった声でマルコは答える。

 その姿を見たミレイアは、思わずフフッと口角を上げ、彼の頭をクシャクシャに撫でた。


「もう、責めてる訳じゃないからね。マルコなりに相手のことを想ってやったんでしょ? 姉としては小説のネタにしたくなるくらい誇らしいよ」

「ネタにされるのは流石に嫌だ」

「まぁ、私の負担は気にしなくていいから、マルコは自分の思うように頑張ってくれたら、それだけで嬉しいよ。マルコ、君は私にとってかけがえのない、たったひとりの肉親だから」


 あまりにストレートな言葉に照れてしまい、マルコは思わず目を逸らす。

 ミレイアはクシャクシャにした彼の頭を、優しく撫でて整える。


「……ありがとう」


 彼女に聞こえたかどうかわからないほどの声量で、マルコは感謝を言葉に出した。

 その言葉が届いたかどうかわからないが、ミレイアは彼の頭をポンポンと叩くと、グラスに口をつけて残った酒を飲み干す。

 そして酒瓶を取ってグラスになみなみと注ぎ足した。


「そうだ、マルコ。明日はギルドもお休みだし、中級冒険者の昇格祝いに、久々に外食でもしちゃおうか」

「……いいけど、そのお店を探すのは?」

「わかってるじゃん、よろしくね」


 やれやれ、双子だと言うのに、どうしてこうも姉であるミレイアに頭が上がらないのだろうか。

 マルコはそんなことを考えながら、今日も夜が更けるまで彼女の晩酌相手に付き合わされた。


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