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 欠伸をすると、背筋を伸ばしたくなる。

 背筋を伸ばすと、どこか遠い場所で羽を伸ばしたくなる。


 今日もいつものようにマルコ・アルビオルは冒険者ギルドへと足を運ぶため、荷支度を整えて家を出た。

 晴天だが風はやや強く、耳元まで伸びた黒髪をなびかせる。

 風に吹き飛ばされ雲ひとつない青い空を眺め、人々の行き交う大通りをゆっくりと歩き、十字路の手前にあるひと際大きな建物の前へと到着。静かに扉を押して中へと入った。


「マルコ、遅かったじゃない。早く会いたくてずっと待っていたのに」


 人影がほとんど見当たらない建物の中で、風にいたずらされた髪型を整えるマルコ。

 正面から聞こえてくるのは彼に向けられた甘ったるい声。そこには、受付カウンターにもたれかかり、栗色の三つ編みの毛先を指でくるくると遊ばせている、丸く分厚い眼鏡を掛けた女性がいた。

 彼女の脇には高級な万年筆に文章の書かれた容姿が積まれているものの、まるで仕事中とは思えないくつろいだ様子で、微笑みながら小さく手を振った。


「早く会いたい、って…………昨日は夜遅くまで俺がミレイアの晩酌相手をしていたじゃないか。お陰で夜更かしだよ」


 マルコは寝不足を感じさせない彼女の笑顔に感心しつつ、誰も居ない掲示板へと目を向けるも、貼りだされている依頼書の数は片手で足りる程度。

 ここ数年、ギルドへの依頼は変わらない。にもかかわらず、冒険者を志す者が増えており、仕事を選ぶには少々難しい状況となっているらしい。


「マルコって本当にマイペースよね。普通は眠気を我慢して朝早くに来て、依頼を吟味するものだから。只者じゃない雰囲気を感じるわ」

「冗談もほどほどに。ようやく中級冒険者になったばかりじゃないか」


 手に届く場所に貼られていた依頼書を一枚剥がし、内容を確認しながらカウンターの前に置かれた簡素な椅子に腰をおろす。


「それじゃ、これの手続きを――――」

「待って、今日は直接依頼したいものがあるの。クラリッサちゃんに依頼したヤツなんだけど、あの子、昨日病気で倒れちゃったみたいでね。代わりを探してたのよ」

「なるほど。新人だけど腕はいいと噂には聞いたな。けど、病気じゃどうしようもないよな」


 ミレイアはマルコの手にある依頼書を優しく取って横に置き、机の引き出しから依頼書を一枚取り出して目の前に差し出した。

 それを手に取って眺めたマルコは、依頼内容をそのまま言葉にする。


「……魔導人形の処分に協力してほしい、か」


 魔導人形――人によって作り出される、人のような身なりをした、人に操られし人ならざる存在。

 マナの力を動力源として、主の望む振る舞いをその身体が朽ち果て動かなくなるまで続ける、という特徴を持っている。

 高度な魔導技術と高価な素材を必要とする希少な存在であり、その多くは戦うことを使命づけられている。


「面白そうでしょ? 魔導人形なんてこの辺りでは珍しいものね」

「ああ、そうだね。人形を動かすための動力となる魔導石は、もう随分と前に採取困難になっているから、俺も実際に見たことはないよ。西方の地の果てに大鉱脈があるかもしれない、って聞いたけど、この地方には縁のない話だ」


 ふと、マルコは依頼書の中の珍しい記述に気付く。


「あれ、報酬は応相談?」

「そうなの。きっと何か理由があるのだと思うけど、こういうのは最近敬遠されることが多くてね。だからマルコに任せたいと思ったの」

「そうか……どうしようかな」


 口に手を当てて、この依頼を受けるべきかしばし考える。マルコは目を閉じて小さく二、三度頷いた後、心の中で決断してミレイアに告げた。


「この依頼を受けることにするよ。予定日時は今日のようだし、隣町ならそんなに手間はかからないだろうからね。それに俺が受けなかったら依頼が流れてしまってこの人も困るだろうし、逆に言えばギルドの評判を上げるチャンスでもあるよね」

「ありがとう。いつも私のお願いを聞いてくれて助かるわ。それじゃ、紹介状を用意するわね」


 ミレイアは優しくはにかむと机の下から刻印を取り出し、依頼書の右上に押印して三つ折りにすると、マルコへそれを手渡す。


「行ってきます」

「夕飯までには帰ってきてね。私、今日はシチューが食べたいな」


 背伸びをしながら心躍るようにお願いをするミレイアに対し、マルコは「はいはい」と軽く受け流して席を立ち、ギルドを後にした。

 目的の場所は峠を越えた先、山に囲まれた隣町の外れにある屋敷だという。

 ここからは少々距離があるので、広場で馬車を捕まえて向かうことにした。




 ざわめく木々が空を覆うやや荒れた道をものともせず、馬車は力強く走り抜ける。

 マルコはシチューの具材に何を選べば喜んでくれるのかを考えつつ、ほの暗く静かなその景色をぼんやりと見つめる。

 いろいろ考えた末に、思い切ってロールキャベツを入れてみようかと思いついたころ、景色は鮮やかさを取り戻した。馬車は隣町へと到着したようだ。

 マルコは馬車を降りた。森を抜けた先にある、近くの港町に通ずる場所に作られた小さな町だ。

 太陽は雲ひとつない空の中心で輝き、風は潮の香りをわずかに含ませて、朝よりも穏やかに凪いでいる。

 その空気を感じながら、マルコは待ち合わせ場所となる町外れの屋敷まで歩いて向かう。

 幸い、町の入口からでも見えるほどに大きい屋敷で、町人に聞く手間が省けるとマルコは思った。


 隙間から雑草が生えた石畳の道を歩いた先に、その屋敷はあった。

 屋敷を囲む塀はところどころひび割れ、鉄柵は触りたくない程に赤錆がこびり付いている。門の扉を押すと、所々引っかかるもののカギは掛かっていなかった。

 門をくぐって中に入ると、膝下程まで伸びた草木で荒れ果てており、屋敷の窓もいくつか割れ落ちている様子が見て取れる。


「人が住んでいるようには思えないな。本当にここで依頼者が待っているのかな」


 思わずつぶやくマルコ。頭の中に疑う気持ちが浮かび上がる。

 とは言え引き返す訳にもいかないので、そのまま屋敷の中庭を進み、木製の扉の前にたどり着くと、そのすぐ横に取り付けられた呼び鈴を鳴らす。

 鈴に付着した汚れの塊が剥がれて落ちると共に、鈍く乾いた音を響かせた。


「はーい、今開けます」


 屋敷の中から落ち着いた女性の声が聞こえた。

 マルコはその声を聴いて依頼者が存在したことに安堵しながら待つと、鍵が開く音の後に扉が開いた。


 姿を現したのは、まるで澄んだ翠玉のような瞳にふわりと肩口まで伸びた金髪を持つ、美しい肖像画から出てきたような雰囲気の若い女性。

 純白の上衣と足元までの長さを持つスカートを身に纏い、小さな鞄を肩から掛けており、少しばかり小さな背筋を綺麗に伸ばして右手を胸元に当てて会釈をした。

 そのしぐさから、マルコは聖導職に従事する者だと心の中で推測した。


「初めまして。ギルドの方ですよね?」


 緊張した面持ちをした女性は、上目遣いでマルコを真っ直ぐに見据える。


「はい。ギルドから派遣されてきたマルコ・アルビオルと申します。初めまして」


 マルコは名乗り、懐から取り出した依頼書を渡した。

 女性はそれを受け取って内容を確認すると、瞳を見開き頬を緩めた。


「お待ちしておりました、私はノエミ・カミーロと申します。ようこそおいで下さいました。今日は私の依頼を受けていただき、ありがとうございます。どうぞ屋敷の中へ上がってください。もう何年も空けていたので汚れておりますが」


 ノエミは扉を大きく開いてマルコを誘う。マルコが屋敷の中へと足を踏み入れたことを確認して、扉を静かに閉めてカギを掛けた。

 屋内は灯りこそ無いものの、窓から射し込む光によって視界は確保できている。思ったよりは埃っぽくないな、とマルコは思った。


「どうぞ、あちらのイスにおかけください」


 白い手袋をはめた手のひらが指す方向には、窓際に木目色のイスとテーブルが置かれており、座るように促される。

 念のためテーブルの上を指でなぞるが、埃や汚れは拭きとられていた。よく見ると、窓辺に拭き布が置かれている。

 マルコはイスに腰を下ろす。遅れてノエミもイスに腰を下ろしてふたりは相対すると、男の方から話を切り出した。


「今日の依頼ですが、魔導人形の処分依頼と聞いております。早速ですが、詳細を聞かせて頂ければと」

「あ……そうでした、そう依頼しましたね」


 憂い気のある表情で俯いたまま、空気が止まる。

 しばしの沈黙の後、小さくため息をつき、意を決して話し出した。


「正確にいうと、黒歴史の抹消にご協力いただきたいのです」

「黒歴史……?」


 頭の上に大きな疑問符を浮かべたような表情でノエミを見つめる。

 しかし、彼女は至って真面目に話を続ける。


「はい。これから処分を行う魔導人形の存在は、私にとって避けて通ることのできない黒歴史なのです。黒歴史、って聞いたことありますか?」

「黒歴史、ですか。物書きをしている双子の姉が使っているのを聞いたことがあります」


 確か、なかったことにしたい過去の行いを指した言葉、だったと思う。

 マルコは彼女の問いかけに、頷きながら答えた。


「私にとって、消さなければならない思い出です」


 消さなければならない思い出とは、一体どれほどのことなのだろうか――きっと彼女の脳内には、その記憶が蘇っているのだろう。

 そう思うマルコは流れを変えるべく、足を組み直して問いを投げた。


「そうだ、ノエミさん。魔導人形の処分、というお話ですが、具体的にどうしましょうか? 俺は魔術師なので、その範囲で出来ることを一緒に考えていきたいと思いますが」

「今回協力をいただきたいのは、私が魔導人形の遠隔魔力供給を断つための術を施すつもりでして、その時間をマルコさんに作って頂こうかと」

「そんなことができるんですか」

「はい、魔導人形そのものは私が作った物ですから」

「えっ!?」


 マルコは驚き、失礼なことも忘れ、ノエミの顔をじっと見つめる。

 戸惑いの表情を浮かべながらも、彼女は口元を上げる。

 ようやく自分が失礼を働いていたことに気づき、恥ずかしそうに目を逸らした。


「あ、いえ、すみません。失礼しました。とてもお若そうなのに、魔導人形の技師だなんて……」

「とんでもないです。気にしていませんから大丈夫ですよ。皆さんからそう言われますし。それに技師と言ってもあくまで趣味でしたので、そんな大したものではありませんよ」

「趣味で遠隔魔力供給が使えるなんて凄いと思いますが……っと、話を戻しましょう。それでは、俺は術が発動するまで魔導人形からノエミさんを護る方向で行きます」

「わかりました。是非よろしくお願いします。それでは、魔導人形のいる屋敷の地下に向かいましょう」

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