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だるま落ちてゆく

作者: こーすけ

巳零(昭和14年4月04日生まれ)

未花(昭和16年6月14日生まれ)


巳零(みれい)未花(みか)()()()()()()を覚えたのはそれぞれ七つと五つの(とき)でした。

ゆずの香る青空の下、青葉の生えた庭で父が教えます。

父「この赤いだるまさんの下にある段を一つづつ落としていくんだよ。一番上のだるまさんが倒れないように、この棍棒でこのように。」

と説明するなり、一番下の段を飛ばす。

巳零と未花は輝いた瞳でゆっくりと落ちるだるまさんを見つめる。

父「これを4回できれば、勝ちだよ。」

巳零「お父さんすごぉい!」

未花「わたしにもやらせて!」

母「ね、面白いでしょ。みんなでやりましょ。」


未花「ああ・・・無理だよ〜!」

父「惜しいね。もうちょっと力を入れてみようか。」

巳零「未花、がんばって!」

母は近くの椅子に座り、私たちの絵を小さな日記に描く。

父「思い出づくりは大事だね」

母は「クスッ」っと吹くと、「ええ、そうですね。」と、少し悲しげに返事しました。


翌日、父は茶色の大きい鞄を持って、巳零と未花に抱きつきました。

父「数ヶ月で帰ってくるからね。達者で居てね。」

未花は部屋からだるまの一段を父に渡した

未花「お父さん、これあげる。帰ってきたらまた一緒に遊ぼうね。」

幼い未花でも父が出ることを察することができたようだった。

父は母を向き、敬礼した。母は無言で一切れの紙を渡す。父はその紙を胸に入れ、後ろに振り向いた。

日の丸が風に煽られている。

こうして父は美しい()と共に列車に連れて行かれました。

「日本酒は飲んではいけませんよ。」と、母が呟いたのを未花は聞いた。


父が連れられて数日は平和だった。巳零と未花は一緒にだるまさんで遊んでいた。

未花は長い特訓の末、一段だけ、けれど一段を落とすことができるようになった。

けれど、そんな日々は長らくは続きませんでした。

この町にも焼夷弾が雨のように降り注ぐようになりました。


とある初夏の日の朝に鳴った空襲警報に、一家は起こされました。

母は非常食の入った鞄を急いで掲げ、巳零と未花は小さな手提げ袋にだるまさんを詰め込み、外に出ました。

外はすでに真っ赤な炎が取り囲んでいました。近くでは高い笛の音が、大きい爆発音が、そして唸るような悲鳴が鳴り響いていました。

家は燃え、無残に倒れて行きました。


母は巳零と未花の手を繋ぎ、近くの防空壕へ走りました。

風が強く、巳零も未花も炎の熱さを頰の焼ける感触で冷静さを逃していました。

隣では黒い影が燃え尽きていました。


防空壕に近づくたび、母は人に行く手を阻まれました。

遅れるにつれ、炎の渦が近づいてきました。

後ろでは、人々が飲み込まれてゆきます。

巳零も未花も押しつぶされながら進みました。

しかし、人混みに両側から押されたためか、未花の鞄から一段落ちてしまいました。


母はなんとか走り抜き、防空壕に着きました。

母の汗だく顔は疲労感のみが感じられるようになっています。

母は巳零と未花を防空壕に放り込むと、その場で倒れてしいました。

川の面が次第に光を増してゆきます。

巳零と未花は震えこんでまいましたが、炎は止まりません。

母は最後の息を振り絞って出しました。

母「あり・・・がとう・・・ね。」

頭が気力を失い、地に仰向けに倒れ、そのまま川に転がっていきました。

巳零と未花は急いで防空壕の奥に逃げ込みました。


次の日の朝、巳零と未花は母と走った道をゆっくりと歩いて戻りました。

巳零は四方八方は瓦礫しかない町を輝きの失った空虚の目で見つめていました。

巳零と未花は家のあったはずの角を曲がりましたが、家は見つかりませんでした。


巳零の口から溜息が漏れました。絶望に混じったものでした。

未花は唯一無事だっただるまさんを出しました。2段。

巳零「減っちゃったね。」

未花「うん。」

未花の声は力尽きているようだった。


巳零と未花はゆずの香りもない庭で芋飯をぼちぼち食べる。

巳零はボソッと未花に口を近づけます。

巳零「明日、わたしは食べ物を見つけてくるから。絶対についてこないでね。」


翌朝、未花は目を開けると、巳零がいないことに気が付いた。

ふと右を見ると、だるまの一段にこう書いてあった

「またいつか」

崩れた文字で書かれていた。

その右には、お米がお椀に少し入っていた。

未花はだるまとお椀を瓦礫に投げ込んだ。

未花「お姉ちゃん!なんで!」

未花は泣き疲れるまで叫んだ。声が枯れたらしゃがみ込み、悲哀を口にした。


少しすると、未花は涙ながらに瓦礫の中を探っていた。

彼女は、瓦礫の間に一輪の金色に輝く花を見つけた。

しかし、未花には喋る気力もなく、ただ虚ろな瞳を向けていたのでした。


後日、未花は、花と共に枯れていったのでした。

瓦礫の下で一緒に燃え尽きたのでした。

この世に未練と後悔を引きずりながら、未熟で小さな命は永遠に閉ざされました。


同じ青い空の下、同じ太陽の下で、今日も、蒼いビルに囲まれながら、巳零と未花と同じ年齢の子供達が、希望に満ちた楽しい声をあげて遊んでいます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こーすけ さま 「倒れてしいました」の部分、 表現としての違和感はありません。 良い表現と感じます。 「倒れてしまいました」なのかなと、 思ったものですから。
[良い点] 切迫感はあります。 [気になる点] 母は巳零と未花を防空壕に放り込むと、その場で倒れてしいました。
[良い点] だるま落としというテーマが珍しくて良かったです。 また、悲しげな物語も好みでした。
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