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 四月三日。学校行事的に言えば、入学式の次の日。だけど俺が入学したわけじゃない。俺は昨日から高校二年生になった。


「そろそろ(あゆむ)もしっかりしないとね」


 なんて母さんの言葉に、俺は適当な返事をした。


「もう末っ子じゃないんだから」


 念押しするような言葉に、俺はまたも適当な返事。


 もう末っ子じゃない、母さんはよくその言葉を使う。そうやって受け入れようとしているのだろう。そうやって、自分に言い聞かせているのだろう。だから、その言葉はいつも俺に言ってるわけじゃなく、自分自身に言ってるんだ。


 朝食を済ませると、広間に飾ってある一つ上の兄、七尾(ななお)(かける)の写真に一言。


「行ってくるよ。兄ちゃん」


 もうこの世に七尾翔はいない。五年前に死んだからだ。『もう末っ子じゃない』というのは、俺に弟が出来たとか……そういう理由じゃない。兄が死んで、俺が弟ではなくなったという意味だ。


 兄の死因は交通事故。病院に運ばれた時は既に手遅れだったらしい。俺はそのとき家にいた。

 兄と喧嘩して、俺は家を飛び出したフリをして、こっそり隠れてた。兄は俺を心配して家から出ていき、俺は……探し回って帰って来た兄を驚かせるつもりだったんだ。


 だけど、兄は帰って来なかった。


 俺はそのことを誰にも話せずにいる。親から事情を聞かれた時には、震えながら「喧嘩して兄ちゃんが勝手に出ていった」と口走ってしまった。


 その時の事を、父さんと母さんに言おう言おうと思っていて、ある時勇気を振り絞って「兄ちゃんと喧嘩した時のことだけどさ」と言い出したら、母さんは――。


「あんたじゃなくて良かったよ。ほら、翔は責任感の強いところあったし、もしもあんたが死んでたら、翔は自分を責めてたよ」


 なんて先に言われてしまった。もはや真実を言う気にはならなかった。


 だから、あの時のことは俺だけしか知らない。もう、それで良いのだとさえ思ってる。俺はこの罪を墓場まで持っていく。


 隠して、隠れて、最低なまま。


 俺は、誰よりも七尾(ななお)(あゆむ)という人間が最低であることを知っていた。


 そんな朝の通学路。時間的にはぎりぎりホームルームには間に合わない。だから、他に登校してる奴なんていない。ただ、授業には間に合うのでそれで良いと思ってる。だから、いつもこの時間帯は俺だけ通学。なのに、裏門の前に一人の女子を見つけた。


 その女子は、門の前で立ち尽くしていて、掌に必死で人の字を書いては飲み込んでいた。昔からある緊張を解す方法。ただ、それで緊張が解れた奴など見たことがない。むしろ、それをしていることで『自分は緊張しているのだ』と自覚してしまうから、逆効果だと思う。


 リボンの色から、昨日入学したての新入生なんだと分かった。ショートヘアーに髪の先を少し曲げている。染めた髪の色は、おそらく校則違反気味。教師から注意くらいは受けるだろう。そんな度胸はあるくせに、門に入れずにいるその女子は、横で俺が見ていることにすら気付かず、どんどんと人を飲み込んでいた。


「なぁーにしてんの?」


 かっるーい口調で声をかけてみる。それに彼女はビクリとしてこちらを向いた。怯えた瞳が揺れていて、足は一歩、二歩と下がる。


「そんなことしたって緊張なんか取れないよ」


 そんな退き足を凌駕する速度で近づいて、必死に人を書いていた手を掴みあげる。ジットリと、湿っていた。尋常じゃないくらいの汗。その事に驚いて彼女を見れば、真結びに閉じられた口は勇ましいが、額にも大量の汗をかいている。


「……もしかして調子悪い?」


 聞くが、彼女はふるふると首を横に振った。たぶん本人的には『緊張しているだけ』だと思い込んでいるのだろう。だから、調子が悪いなんて思ってもいない。だけど、俺から見た彼女は調子が悪過ぎた。


「保健室に行こう」


 そのまま校門に入る。彼女はもたついて抵抗しようとしたが、俺に引っ張られるがままに校門へと入った。


「待って……初日から……」


 初めて声を聞いた。弱々しく、焦りが孕んだ声。


「あぁ、大丈夫。別に初日から保健室に行ったって誰も気にしないから」

「でも……目立つのは……イヤで……」


 髪の毛を染めてる奴が言うセリフじゃない。


「大丈夫。目立つことなんて大したことじゃない。むしろ、目立ちたくても目立てない奴のこと考えてもみなよ」

「でも……私……」


 それでもそんなことを言い出す彼女。正直思った。うっわウゼェー、と。


 見ていて腹が立つ。だから、強引に校門の内側に引き込んでやった。その弱々しさがムカついてくる。だから、それを全否定してやった。何もできずに、頑張ってはいるが、一歩すら踏み出せないその必死さにイラついた。まるで、昔の俺みたいで。


 だから。


「これで一限目サボれるからさぁ。そんなこと言わず俺に協力してよ」


 なんて、最低な理由で彼女に笑いかけた。それを俺の優しさだと勘違いしてくれたら良いのに。

 そしたら、俺はそれでほくそ笑むことが出来る。こいつ勘違いしてんなぁ、と嗤うことができる。俺はそんなつもりじゃないのになぁ、と嘲笑うことができる。人って簡単に騙されるんだなぁ、と……楽しむことができる。そして俺はそんな俺を再確認できるんだ。


 やっぱ俺って最低だ、と。


「あの……ありがとう、ございます」


 後ろからかけられた言葉に、俺は前を見ながら口元を歪めた。引っ掛かってやんの。


 俺は彼女を連れて、保健室へと向かった。


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