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「わぇーぃっ!」
両手の親指を立てて、唐突に叫んだら彼らは驚いていた。
「わぇーぃっ! わぇーぃっ? わぇぃわぇぃっ?」
尚もそれを続けてると、彼らはだんだんと慣れ始め、やがてその中の一人がスッと両手をあげる。それに俺は一旦静かになった。
そして……。
「――うぇーっくす! うぇーっくす!」
突然、両手でバッテンをつくり、そんなことを叫びだしたんだ。こうなると俺も負けてらんないっ☆
「わぇーぃっ!」
「うぇーっくす!」
それはだんだんとリズミカルになっていく。
「わぇーぃっ!」
「うぇーっくす!」
そのリズミカルはだんだんと早くなっていく。
「わぇいっ!」
「うぇっくす!」
「ワァイ!」「ウェックス!」
「ワァイ!」「ウェックス!」
「ワァイ!」「ウェックス!」
「ゼェエエエエエエット!!」
俺たちのリズムに終止符を打つように、アルファベットの『Z』が叫ばれた。しかも大声で。
「ばっかでぇー。アルファベットはXYZの順だから。お前間違ってっから」
八島幸一は、ゼットを叫んだ男をからかった。男は、それに余裕の笑みを浮かべて眼鏡を正す。
「ふっ……リズムではこれで正解だろ。むしろ、タイミング的にも完璧だったはずだが?」
「んなこたぁ、わかってるよ。眼鏡正しながら知的に言ってるんじゃあないよ」
八島が笑う。それに彼はため息混じりにやれやれと肩を竦めた。
「そもそもなんなんだこのリズムゲームは。あと、いつも唐突に始めるのは止めてくれ」
そう言って、彼は俺の方を睨んできた。だけど俺は気にしない。
「知らない? XYゲーム。Zをちゃんとした位置に入れられるかを競うゲーム」
「知らんな。むしろ、そんなゲームのどこが楽しいんだ」
「六車だってノリノリじゃーん。つーか、そろそろいい加減にXYZの順番で言えよ。なんでいつも順番間違えてんだよ。もはやわざとだろ」
このこのぉ! なんて両の指で突くように言い返す。それに六車晴斗は、また眼鏡を正した。彼がそうやって眼鏡を正すのは、感情を偽ろうとする時。たぶん癖になっているのだろう。
「――まぁたやってるよ。あの意味分かんないゲーム」
「――ほんと、いっつも楽しそうだよね」
そんな囁きが聞こえてくる。それに俺はいつも内心ニヤニヤしてしまうんだ。
あぁ……言ってろよ。糞共が。
八島は友達想いの良い奴だ。正義感が強く、悪いことは見逃せない。部活に入ってないが、体を鍛えているせいか腕の血管がいつも筋張っている。
六車は頭の良い奴だ。それは単にテストの成績だけを言ってるわけじゃなく、空気を読めるという点での評価。もちろんペーパーテストの成績も良い。だから、俺と八島のアホ過ぎる絡みにもついてこれる。
俺はそんな二人が好きだ。異性としてではなく、もちろん友達として。彼らと馬鹿をしている時が一番楽しい。他は……いらない。
そして、俺たちが馬鹿すればするほど、他はそんな俺たちを笑う。笑われると、俺は優越感に浸れる。あぁ、勘違いしてるなぁ……人間性で言えば、お前らの方が下なのになぁ、と。
俺は誰かを見下すのが好きだ。それを悟らせず、誰にも知られずに見下すのが好きだ。だから、分かりやすく見下したりはしない。
俺は、俺のやり方で誰かを貶めたい。落ちていく人間を見ていたかった。
それが最低な考えであることは分かってた。だから、俺は見下されてやるんだ。
最低な人間は、やっぱり見下されるべきでしょ。そうでなくちゃならない。何故なら……そうでないと俺が奴等を見下せないから。
「――つーかさぁ、七尾くんの学ランにパーカーとか、今時ダサくない?」
そんな囁きに、俺は反応してやる。惚けたように小首を傾げて、まるでアホみたく。
「えぇー。学ランにパーカーってカッコいいじゃん!」
純粋そうに、それを本気で。
すると女子たちは、まるで自分が上になったかのような口振りをするんだ。
「もぉー。七尾くん可愛いすぎぃ」
「というかウブ過ぎぃ」
はいはい。お姉さん的態度お疲れ様。こうやっていると、大抵は許される。許してくれる。ただ、引き換えとして、彼女たちから男としては見られない。『七尾くんってどう?』その後に吐かれる言葉はいつだって『なんか弟みたいだよねー』だ。
それでいいんだ。むしろ、その方が都合が良い。
だから俺は、学ランの下にパーカーを着て、髪も薄く染めて、まるでオシャレを気取ったアホな奴を演じる。そうやってアホを演じて、馬鹿をやって、本当に良い奴等と会話して。
それが俺の日常だった。それで幸せだった。
そう、自分に……思い込ませていた。