第9話 温泉エルフ
手持ちの宝石類を換金して宿に戻ったフレイとミアは、明後日に馬車が手にはいることを告げた。
そして、おそらくは出発までに襲撃があるだろう、ということも。
「金銭目当てのチンピラどもなど、束になったとしても怖れる必要はないだろうが」
ふむと頷いたガルが腕を組む。
チンピラなどものの数ではない。
問題は、それが統制された動きだった場合である。
「物盗りとみせかけて、暗殺者とかね」
くすくすと笑うデイジー。
馬車を即金で買えるくらいの資金力を持った金持ちが、わざわざコテージタイプの宿屋に泊まっているのだ。
狙いやすいったらない。
「で、フレイはそこまで判っていて、わざとこういう宿にしたんだよねー」
親友の腹をぐいぐいと押す。
デイジーの親愛表現は、なんか独特である。
「や、やめろよぉぉぉ」
なぜかくねくねとフレイが身体をよじらせた。
脇腹は弱いのである。
子供の頃からの付き合いであるデイジーは、そのことをよく知っているのだ。
端から見ると、いちゃいちゃしているようにしか見えない。
「く……っ」
「れえかはもほ」
微妙に悔しそうな顔をするガルとミアであった。
「ねえ。本当にあんたたちってなんの団体なの?」
自分は無実だと思っているエクレアがツッコミを入れる。
ともあれ、我らがリーダーが襲撃にそなえていたのは事実だ。
木賃宿では、ことが荒立ったときに他の客が巻き込まれる可能性がある。そして泊まっているのは、たとえば隊商とかそういう人々だ。当たり前のように護衛を連れている。
するとどうなるか。
あっという間に乱戦である。
そうなっちゃったら、エクレアを守るどころではない。
近づくモノはすべて斬る、くらいの状況になってしまうだろう。
フレイたち自身の手で、無関係な人まで殺さないといけなくなっちゃうのだ。さすがにそれはまずい。
だから独立した建物を選んだ。
戦闘そのものは避けられないとしても、ここであれば他人様の迷惑にはならない。
まあ、設備を壊しちゃう可能性はあるが。
露天風呂があるから、という理由ではないのである。
「そういえばミアが拷問した暗殺者は、結局なにか吐いたのか?」
ガルが訊ねる。
あれから何日も経っているのに、いまさらのような問いだ。
どうして今まで誰も確認しなかったのかといえば、訓練されているであろうあの手合いが、簡単に情報を渡すわけがないということを全員が知っていたからである。
肩をすくめてみせるエルフ娘。
残念ながら、仲間たちの予想をひっくり返すようなことは何もなかった。
あの男は、彼女の趣味をごく短時間満足させただけである。
「使えない男だったわ」
「まあ、暗殺者の出所なんて、第一王子か第二王子しかないんだけどな。どの程度の規模の組織が動いているのかは知りたいよな」
ふうとフレイがため息を吐いた。
王国の正規軍が動いているとは考えにくい。
第一王子だろうと第二王子だろうと、兵権はもっていないからだ。
どんな国だって、国王の裁可がなくては正規軍は動かせない。まさか追放した弟を暗殺するから兵を貸してくれ、なんて父王に頼めるわけがないのである。
となると、私兵か傭兵。
おそらくは後者の、暗殺を専らに請け負う集団と考えるべきだろう。
「暗殺なんて恥ずべき仕事を、直轄の兵にやらせたくないだろうしな」
「ま、いまは考えたって仕方ないよ。お風呂はいってきて。フレイ。ミア」
ご飯にしよう、と、提案するデイジーであった。
今日の食事当番のガルとデイジーが、厨房できゃいきゅいと料理をしている間、フレイとミアは入浴することになった。
もちろん、一緒にではない。
フレイが露天風呂、ミアは内風呂である。
昨日とは逆だ。
ひとりリビングにのこったエクレアがにやりと笑う。
チャンス到来ってやつである。
フレイは風呂、デイジーとガルは食事の支度。
「昨日はうやむやのうちに逃げられたけど、今日こそ私のものにしてあげるよ。ミア」
にふふふふ、と、あやしい笑みを浮かべ内風呂の脱衣所ですっぽんぽんになる。
裸の付き合い、とってもたいせつだ。
「みーあ! 一緒にすぴー」
引き戸を開け、台詞を最後まで言い切ることなく眠ってしまう。
「行動が、やりたい盛りの男の子みたいな王女って、どういうもんなのかしら」
眠りの精霊に命じて、ふたたびエクレアちゃんを眠らせたミアであった。
なんというか、行動が想定の範囲内すぎて、びっくりである。
こんな王族で大丈夫なのかと思ってしまう。
「あ、だから権力争いに負けたのね」
呟く。
むしろエクレアに負ける相手がいたら、そっちの方が驚愕だ。
「この子を湯舟に入れて、わたしがフレイを襲うって手もあるんだけどね」
大義名分も立つし。
エクレアが内風呂に突入してきたから、やむなく露天風呂に逃げたとか、そんな感じで。
「……うん。わたしのキャラじゃないね」
くすりと、自然に苦笑がこぼれた。
自分から仕掛けるなど、主義に反する。
フレイがどうしてもと泣きながら頼んできたら、仕方がないから抱かれてあげても良いけどね。
くだらないことを考えながら手早く身体を洗う。
まったく、お風呂くらいはゆっくりと楽しませて欲しいものだ。
「エクレア。起きて」
「うぼあーっ!?」
さばーっとお湯をかけられ、王女様が子犬みたいにぶるぶると頭を振った。
「あれ? 私はいったい……?」
「寝ちゃったのよ。疲れてるんじゃない?」
ぽんぽんと肩を叩かせる。
王宮暮らしだった身である。
過酷な旅程と極度の緊張で、疲労困憊しても無理はない。
そんなことを言いながら。
盗人猛々しいとはこのことだが、もちろんエクレアはミアによって眠らされたなんて、知る由もない。
「そうなのかな……?」
「ゆっくりお風呂に浸かって疲れを取ると良いよ。わたしはもうあがるから」
そのまますーいって脱衣所に行っちゃうミア。
「あああ……ミア……かむばっく………」
嘆きの声を背中に受けて、舌を出しながら。
「……俺に割り振りはなかった」
「フレイはなに言ってるのー?」
食卓につき、謎の呟きを漏らすリーダーに、デイジーが首をかしげた。
仕方のないことである。
男性の入浴シーンに需要なんてないのだから。
「気にすんな。天の采配に理不尽さを感じていただけだ」
「ますますわかんないからっ」
きゃっきゃっと笑いながらデイジーが配膳してゆく。
今夜のメニューは、鹿のモモ肉を豪快に炙り焼きしたものだ。
そしてやっぱりワイン。
「肉にはどっしりとしたワインの方が良いであろう」
「そお? わたしはけっこうエールも合うと思うけど?」
さっそく談義をはじめるガルとミア。
がつがつと肉を頬張り、酒で流し込む。
ぶっちゃけなんだって良いのである。
「飲み過ぎるなよ。たぶん今夜くるぞ」
フレイが注意を喚起した。
すでに一度襲撃されているのだ。ここでたたみかけないような相手なら、そもそも対応に腐心する必要なんかない。
「じゃあ今夜も、みんなでリビングで寝ようねー」
デイジーは楽しそうだ。
親しい友人たちでの旅行みたいな感じであるが、べつに油断しているわけではない。
こんなんで、変事にきっちり対応するのがデイジークオリティである。
「おっと。言ってるそばから」
「だな」
ミアとフレイが笑みを交わし合う。
寝静まってからかと思ったが、なかなかにせっかちさんのようだ。
「気配は八だ」
「魔力反応は四ね」
仲間たちにも聞こえるように告げる。
フレイの気配読みによって襲撃者の数が八名と判る。そしてミアの魔力感知によってそのうち四名が魔法の品物もっていることが判明する。
これがフレイチームの強みだ。
接触するまえに敵の情報がわかり、しかも不意打ちされることが滅多にない。
どれほどのアドバンテージか。
ザブールが誇るA級冒険者たちが、自分たちのチームに欲しいくらいだと公言してはばからないくらいなのである。
「では、食後の運動といこうか」
にやりと笑ったガルが、愛用の戦斧を引き寄せた。