第8話 ちんぴら哀歌
ジョボンの冒険者同業組合は、当たり前のようにザブールのそれより小規模だった。
そりゃそうである。
領主の城がある街と比べちゃったら、たいていの街は小さい。
そしてどんな同業組合だって、街の規模に比例しちゃうもんだ。
スイングドアを開けて入店したフレイとミアは、いきなり好奇の視線に晒される。
脛当てをつけた精悍な武闘家っぽいフレイはともかくとして、頭からフードをかぶって顔を隠したミアは、ぶっちゃけ子供にしか見えない。
さすがに誘拐してきたと思う人はいないだろうけど、かなり目立つのはたしかだ。
が、他人の財布を覗かないというのは冒険者の不文律である。
ちなみにこれはどの業界でも同じで、チンピラどもの間では、隣の便器を覗きこまない、と言われるらしい。
ようするに他人のやることに首を突っ込むなよ、という意味だ。
命が惜しければ。
「なんかじろじろ見られてるわね」
「この視線、懐かしいだろ?」
「まぁね」
エルフであること、女であることを隠すためのローブとフードだが、ザブールの街では外していることが多い。
いまをときめくC級冒険者、ミア姉さんはちょっとした有名人だから、そうそう絡まれたりしないのだ。
たとえば、ナンパとかされたら普通についていくんだよ? とくに躊躇いもなくね。
そして連れ込み宿などに一緒に入って、男をひどい目に遭わせる。
らしい。
仮定形なのは、官憲に訴え出たものがいないからだ。
噂では、男としての、人間としての尊厳すら奪われるという。
怖ろしすぎる。
証拠はないけどそんなことが繰り返された結果として、ザブールにはミアにケンカを売るような命知らずはいなくなった。
余録だが、フレイは天使と悪魔を連れてる男と呼ばれているらしい。
それが誰のことを指しているのか、もちろんフレイにも判らない。
デイジーなのか、ミアなのか、あるいはカルパチョのことなのか。
怖くて確認なんてできない。
「馬車がほしいんですが、こちらで斡旋とかはしてもらえますか?」
カウンターまで歩を進めたフレイが、係員に声をかけた。
ザブールでは片眼鏡の紳士だが、ここジョボンではなんと女性である。
しかも妙齢の。
これはかなり珍しい。なにしろ冒険者なんて無法者の一歩手前みたいなもんだから、気の荒いやつも多い。
若い女だからって舐めてかかるような輩だっていくらでもいる。
「貸し出しということでしょうか?」
とんとんと自分の左腕を叩きながら、係員が問い返す。
動作は、データを開示しろという意味だ。
「いえ。買い取りで」
カウンターテーブルに個人データを映し出しながら、愛想良く応えるフレイ。
べつに税金がかかるわけでもないので、愛想なんていくらでも切り売りできる。
大盤振る舞いしたって無料だ。
「特A賞……なるほど。わかりました。そういうことでしたら当組合が所有する馬車を融通することが可能です」
係員の唇が蠱惑的に動く。
彼女が注目したのは、フレイのデータにある賞罰の欄だ。
特別A級功労賞なんて、誰でも彼でももらえるようなものじゃない。
もちろんどういう功績に対して贈られたのかまでは書いていないが、生半可なことでは特Aなんてつかない。この若いC級冒険者がタダモノではないことは、一発で判るのである。
「助かります。いかほどですか?」
「一頭立てでよろしければ、五百で」
高い。
あきらかにふっかけてきた。
金貨五百枚といえば、富裕な平民階級の年収をはるかに超える額だ。具体的にいえば、農場なら何人かの住み込み使用人を雇っているレベル。
一頭立ての馬車に、その値段はつかない。
いくら馬車馬が込みの価格でも。
ふ、とフレイが笑う。
「四百なら即金で買いましょう。このあたりで融通をきかせてもらえると助かります」
彼が口にした金額も、相場よりもかなり上である。
中古の馬車なら、二百五十から三百といったところなのだから。
ここでイエスといっても、組合側はまったく損をしない。
「なるほど。では二百五十ということで、いかがでしょうか」
しかし係員は、さらに値段を下げた。
商談として、これはかなりおかしい。
フレイがかるく頷く。
「良い取引でした。いつごろ用意できますか?」
「明後日で」
「判りました。現金を用意しておきます」
互いに右手を差し出し、握手を交わした。
フレイと係員。
顔に笑みを貼り付けたままで。
「解説希望ー」
魔法屋の場所を係員から聞きだし、その足で向かっているとき、ミアが声をあげた。
先ほどの交渉についてである。
「ん。こっちが急いでるんだろうってのを読んで、ふっかけてきたのさ」
「それは判るわよ」
まさに足元を見たような価格だった。
だからフレイは、ふっかけるにしてももうちょっと常識的な額にしてくれと、相場よりかなり高めの値段を言った。
そこまでは良い。
問題は、どうしてギルド側がさらに値段を下げたのか、という部分である。
一気に相場くらいの価格まで。
正直、気持ち悪いほどだ。
「ただの金持ちじゃなくて、腕が立つ金持ちだと判った。だから依頼を持ちかけたのさ。あの人は」
「どゆこと?」
「これから無法者が襲いかかるから、やっつけちゃってくれ、とな」
にやりと笑う。
適正価格で融通する。そのかわり組合の迷惑になっている不良冒険者を始末してくれ。
それが副音声で語られていたことだ。
「あっきれた。フレイはそれに乗っちゃうんだ」
「まあ、馬車を買おうってくらいの金持ちは、どうせ黙っていても狙われるしな」
「そりゃそうだけどさ。けっこうフレイって好戦的だよね」
「ミアがいるからな。多少の無茶ならいけるだろうと思って」
「おだてても何にもでないよ。で、何人?」
「六人だな。三人組が二つ」
にやりと笑い合う。
尾行されていることに、ちゃんと気付いているのである。
路地に消える二人連れ。
やや慌てて後を追った男たち。角を曲がった瞬間、彼らが見たものは少し先に立つ子供だった。
フードの中の白い顔。
赤い唇が、ニィと笑う。
待ち伏せされた。
理解は、戦闘衝動に直結する。
次々に腰の剣を抜き、突進を開始した。
が、その足は三歩も進むことはなかった。風の魔力を纏って高速回転しながら飛来した邪悪な投げナイフが、先頭ふたりの首をきれいにはね飛ばす。
一瞬遅れて、噴水のように鮮血が吹き上がった。
蹈鞴を踏む男たち。
そのときには、すでにミアは踏み込んでいる。
黒焼きされたククリナイフが閃く。
腹を切り裂かれ、ぼとぼとと内臓をこぼしながら男が倒れこんだ。
「これで三人」
「こんな子供に……」
「うん。こんな子供に殺されるんだよ。悔しいね悔しいね」
白い顔を愉悦に歪ませ、左手を振る。
さらに一人が、風の精霊に切り裂かれた。
ほとんど一瞬の出来事である。
あまりにも異常な事態に、生き残ったふたりが逃げようと踵を返す。
そして、そのまま崩れ落ちた。
隠形を解いたフレイの姿が現れる。
「気配を消していた俺にまったく気付かないとか。本気でザコだな。こいつら」
言葉とともに。
「ただのチンピラでしょ。まともな仕事で食べられなくて冒険者になったけど、そこでもまともに働けないとか」
死んでる男の服でククリナイフを拭きながら、ミアが吐き捨てる。
懐を漁っても、小銭程度しか持っていない。
まあ、金があるなら、襲撃目的で他人を尾行したりしないだろうが。
「冒険者なんて、端から見るほど稼げるわけじゃないからな」
一応、フレイも自分が倒した男どもの懐を漁る。
やっぱり小銭くらいしか入ってなかった。
まともな仕事に就かず、一攫千金を夢見て冒険者になり、考えているよりずっと厳しい世界で食い詰めて犯罪に走る。
なかなかにせつない話だ。
「せめて、金持ちの冒険者ってのは腕が立つもんだって判っていたら、もう少しは長生きできたかもな」
「そだね。三日くらいは?」
フレイの言葉に、人の悪い笑みを浮かべるミアだった。