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第7話 奇種流離譚とか、そういうやつ?


 風呂場から悲鳴があがり、顔を見合わせたフレイとミアが慌てて駆け出す。


 伝えるのをすっかり忘れていた。

 いまはエクレアが入浴中なのだ。

 デイジーとガルが行ったら、思いっきり鉢合わせてしまう。


「ていうか鉢合わせちゃったんだろうけどね!」

「きっと面白いことになってるわよぉ!」


 二人が駆け込んだ露天風呂。

 見たものは、全裸で立ちつくすデイジーとガル。そして、水死体みたいに湯舟に浮かんだエクレアの姿だった。





「意味わかんない! なんでデイジーが男なのよ!!」


 荒ぶるエクレア。

 なんでと言われても、彼は生まれたときから男である。


「ボクはまた女の子だと思われてたんだねー」


 はっはっはっとデイジーが笑う。


「そこ笑うところ!?」

「だって、ガルだってボクのこと女の子だって思ってたしねー」

「いやあ。面目ない」


 半裸戦士がぽりぽりと頭を掻いた。

 ずっと女性だと思い、秘かな恋心まで抱いていた。

 男だと知ったときには世を儚んで入水しちゃったくらいである。


 しかし、悟ったのだ。

 デイジーが性別に、なにほどの意味があろうか、と。

 天使が男だとか女だとか、まさに不毛な論争であろう、と。


「良いか。エクレア。デイジーはデイジーであるだけで尊いのだ」


 この世の真理を説いてやる。


「ごめんガル。私にはあなたの言っていることが、これっぽっちも理解できないよ」


 だが、愚かな王女には伝わらなかったようだ。

 そんなんだから政争に負けて王城を追われるのである。


「いやいや! それ関係ないよね! まったく関係ないよね!!」


 地団駄ダンスを踊るエクレアに、ふうと肩をすくめてみせる半裸。

 わかってねえな、と、全身で語っているようだった。


「むっきーっ!」

「まあまあエクレア。おちついて」


 ぽんぽんと肩を叩いてあげるデイジーであった。

 マリューシャーの司祭は、とっても優しいのである。


「そもそも、どうしてボクが女の子に見えるのか、そこが謎なんだよねー」

「いや……みえるやろ……」

「髪だってショートだし。べつにスカート穿いてるわけでもないし。胸が膨らんでるわけでもないのにねー」

「ア、ハイ」


 デイジーの言葉に、ものすごく平坦に応えちゃうエクレアだった。


 だって、ショートカットの女の子だっているじゃん。

 スカートを穿かない女の子だっているじゃん。

 体型のでない服を着る女の子だっているじゃん。

 ついでに、一人称代名詞がボクな女の子だって、多くはないだろうけどいるじゃん。


 残念ながらデイジーの言い分は、男性であることを肯定してもいないし、女性であることを否定してもいないのである。


「はぁ……せめてデイジーが女の子だったらなぁ……」

「ボクが女の子だったら、エクレアとエッチなことできないじゃん」


 危ない発言をしながら、にはははと笑う司祭様だった。

 マリューシャー教では男女の営みを否定していない。


 ゆえに、こいつはけっこう娼館とかに足を運んでいる。

 ぶっちゃけフレイなんかより遊んでるくらいだ。


「生々しいわっ!」


 仰角四十五度の、華麗なエクレアツッコミが炸裂する。


「まあまあ、場もあたたまってきたことだし、めしにしようぜ」


 大鍋を抱えてフレイがリビングに入ってくる。そのうしろに続くのはもちろんミアだ。たくさんのパンが入ったバスケットとワインのボトルを持って。


「この大騒ぎのなか……平然と料理を続けるアンタらも大概よね……」


 ジト目を向けるエクレアだった。

 水死体のように湯舟に浮かんでる王女様をみても、我らがリーダーはべつに取り乱さなかった。

 あちゃあ鉢合わせちゃったかあ、くらいの感じである。


 あげく、全裸の美少女に対して、


「風邪ひかないうちに服着ろよ」


 と声をかける始末だ。


 違うよね。

 もっとべつの反応があるよね。


 ミアは女性としても、ガルもデイジーもフレイも男でしょうが。

 美しい王女の裸体を目の前にして、もっとこう辛抱たまらんとか、そういう感じになるんじゃないの?


「どうなのよ? アンタたち」


 男どもに問いかけたりして。


「護衛対象だし」と、フレイ。

「伯爵の城で一回剥いてるし」と、デイジー。

「は。小娘の裸体など」と、ガル。


 こんなもんである。

 かろうじて、デイジーくらいであろうか、多少なりとも興味を示してくれたのは。


「うわぁぁぁぁん! ミアぁぁぁ!!」

「懐くな。うっとうしい」


 抱きついてきたエクレアを、ぐいーっと押し戻すエルフ娘である。

 理由をつけて抱きつこうとするな、と。






 ちなみにメニューは牛肉と野菜を煮込んだシチューとパン。それにワインである。

 基本的にメインは肉ばっかりだ。


 これにはまあ一応理由があって、魚は日持ちしないのである。

 干すとか塩漬けにするとか方法はあるけど、正直にいってあまり美味しいものではない。

 ゆえに、魚ってのは産地に行かないとなかなか食べられないのだ。


「楽しみだね! モンペンの海鮮!」


 なみなみとワインが注がれたカップを掲げてみせるのはデイジーである。

 マリューシャー教は、もちろん飲酒だってOKだ。


 次の目的地である。

 海の街モンペン。

 ジョボンからは五日ほどの距離であり、ついに海岸に出る。


「まあ、馬車を調達しないことには出発もできないけどな」


 ミアが注いでくれたワインをちびりちびりと楽しみながら、フレイが肩をすくめた。


 ザブールなら多少の顔も利くだろうが、ジョボンではそういうわけにもいかない。

 たんなる金持ちっぽい旅行者、でしかないのである。


 左腕にはめた魔晶石(クリスタル)のバックルは、残念ながらたいして身分証明にもならない。

 A級ならまだしも。


「具体的にはどうする?」


 ミアが訊ねる。

 こいつの手には、フレイによって注がれたワインだ。

 お互い注ぎ合って、なにやってんだって話である。


「ジョボンにも冒険者(アドベンチャラー)同業組合(ギルド)はあるだろうからな。まずはそこを当たってみるさ」


 直接、馬屋に買い付けに、というわけにはいかない。

 商売の縄張りを荒らすことになるし、先述のように顔は利かないからだ。


 まずは同業組合を通して、馬車を斡旋してもらえるかどうか確認する。

 ギルドが仲介をやっていない、ということで、はじめて自主的な交渉ができるのだが、それだってやっぱりいきなり店に押しかけるわけではない。

 地域の商工会を訪ね、そこから業者を紹介してもらうという手続きが必要になるのだ。


「面倒なことであるな」


 けっこう良い感じに酒が回っているのか、剥き出しの上半身を薄桃色に染めたガルが呆れたように言う。


「仕方ないさ。俺らにとってここはアウェイだからな。ちゃんと筋を通さないとトラブルの原因になっちまう」

「そーそー そのあたりの塩梅は、フレイにどーんと任せちゃって大丈夫だよー」


 にゃはははと笑うデイジー。

 ちなみにこいつは、そこそこの商家の息子だ。


「とにかく明日ギルドにいってみるけど、すぐすぐ馬車の調達はできないかもしれない。何日か滞在することになる可能性かあるってことだけは、念頭においといてくれ」

「りょーかい。ボクも一緒に行く?」

「わたしが付いてくわ」

「そっちもりょーかい」


 にへら、と笑う。 

 いっそどっかに泊まってきても良いよ、などと性質の悪い冗談を飛ばしながら。


 単独行動をしないというのは冒険者ならずとも鉄則だし、仕事中のフレイがバカみたいに真面目なことは、誰よりデイジーが知っている。

 そして誰かが残ってエクレアのガードをしなくてはいけないのだ。


 この場合、ガルは確定。

 交渉のためにフレイが出かける以上、近接戦闘ができるのは彼しかいないから。

 で、フレイと組むのはミアかデイジーかってことになると、じつはデイジーは向いてなかったりする。


 デイジーとフレイが一緒にいると、どういうわけかフレイがひどく悪い扱いを受けるのだ。

 不思議なことに。


「ま、エクレアのことはボクとガルで守る……て、どこにいったの!?」


 ぎょっとして声をあげるデイジーだった。


 今の今まで、一緒に飲んでいたはずなのに。

 誰にも、フレイにすら気付かせないで移動するとは、なかなかやる!


「あ、いた」


 すぐに発見に至る。

 リビングのバルコニーから庭に出ていたらしい。


「るーららー♪」


 そして歌っているらしい。

 月明かりはスポットライト。芝生はステージってなもんだ。

 ヨッパライである。


「いや。なまあたたかく見守ってるけどさ。脱ぎはじめちゃったよ?」


 脱ぎ上戸というやつだ。


「……ミア。頼む」


 フレイが依頼する。

 さすがにね。男衆が裸の王女様を確保するわけにはいかないじゃない。


「ほっとけばええんちゃうかな……」


 ものすげー関わりたくなさそうに、紅一点のミアが呟いた。

 


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