第29話 海賊の財宝
幾度か危険な局面はあったが、フレイチームはモンペン冒険者同業組合の制圧に成功し、ギルド長のオニイトマキを拘束した。
フレイたちはひとりも欠けていないのに対して、ギルド側は二十名以上が闘死するという惨敗だ。
しかも上級の者たちが軒並み死んじゃったから、再建の苦労がしのばれるだろう。
海賊の幹部であるアゴとギルド長のオニイトマキは、縄でぐるぐる巻きにされ、そろって代官の前に引き出された。
ちなみに、代官はべつに喜んだりしなかった。
なにしろモンペンの冒険者同業組合はじまって以来の大スキャンダルである。
アンキモ伯爵への報告書の文面を考えるだけでも頭が痛いというものだ。
ただまあ、元王族のエクレアが口添えをしてくれたり、フレイがアンキモ伯爵や第一王子のスフレと個人的な親交を持っていたり、けっこう太いコネクションがあったので、代官としては上手く立ち回れば出世のとっかかりになる。
出世欲とめんどくささがせめぎ合った結果、事務的に淡々と事後処理をおこなうということになった。
もちろん、一日二日でどうこうなるって話ではない。
その間、フレイたちはカラスミの屋敷に滞在し、歓待を受けている。
あと、街でもすこし噂になったりしていた。
アンキモ伯爵の密偵が、海賊をやっつけて冒険者ギルドの悪いヤツもやっつけた、と。
「じつに叙事詩的な活躍じゃの」
ワインなどを楽しみながら、カルパチョが論評する。
当たり前だが、彼らは伯爵の密偵などではない。秘密調査官とか影目付とか、そういう胡散臭い存在でもない。
しかし民衆というものは、ただの冒険者が巨悪をやっつけたというより、じつはお上はちゃんと知っていて、悪党には罰を与えてくれるというストーリーを好む。
「誰しも不満を抱えているものだからね。勤め人ならなおのことさ」
そんなことをいって肩をすくめるのはパンナコッタだ。
やたらと実感がこもっているのは、彼もまたかつては勤め人だったからである。
魔王軍っていうでっけー組織の。
魔将軍カルパチョの下で、この地域に住む人間たちの実力を計ろうとしていたのがパンナコッタである。
上司と部下の関係だ。
「なにか言いたそうじゃの? パンナコッタ」
「べつに? カルパチョよりデイジーの方が十万倍も仕え甲斐あるなんて、思っていても口には出さないから安心しろ」
「ふん。そちに比較すればフレイは一億倍もいい男じゃがな」
放たれた視線がバチバチと火花をあげてぶつかり合っている。
魔将軍を籠絡したフレイ、禁呪すら操る大魔法使いを籠絡しちゃったデイジー。
けっこう人類のヒーローである。
「ところで、そのフレイはどこにいったのだ?」
ふと心づいてガルが訊ねる。
「ミアとデートだよー」
間髪容れずにデイジーが答えた。
にふふふーと笑いながら。
アゴとオニイトマキへの取り調べが終わるまで、一応フレイチームはモンペンに滞在しなくてはいけない。
わりと暇なのである。
「で、昨日はカルパチョとデートしていたわけか。絶倫だな。フレイは」
下品なことを言うのはヴェルシュだ。
こいつはこいつで、女性陣を誘っては温泉レポートなどに出かけているので、たいして立派なことも言えないのだが。
「いっつも出演者が同じってのも飽きると思うのよ。私がナンパしてこようか? ヴェルシュ」
「うーむ。誰でも良いってわけでもねーんだよな」
「任せて任せて。これでも女を見る目には自信があるから」
エクレアと悪だくみしてるし。
なんというか、小人閑居して不善を為すという言葉の生きた見本みたいな連中である。
「どうでも良いがそちら。法に触れるような真似はするなよ?」
魔将軍が注意してるくらいだ。
まあ、みんな暇をもてあましているのである。
「みんな。ちょっと面白いことになりそうだぞ」
突如として降りかかる声。
一斉に視線が動く。
戸口に立っていたのは、少しおめかししたフレイとミアであった。
瞳を好奇心に輝かせた。
そもそも海賊と海上商人の線引きってのは、わりと曖昧である。
ごく普通の商船だって当たり前のように武装してるのだ。海賊の襲撃に備えて。
で、武装してるってことは、商談を力ずくで進めることもあるんだよってことでもある。
人間、武器を持ったらそれに頼ってしまうものだ。
そんなことをしてるうちに、商売じゃなくて略奪で食べていけるようになっちゃったのが職業的海賊だ。
彼らにとっての商売とは、奪った荷物や人間を売る、というものになる。
その方が儲かるから。
まともに仕入れて、まともに運んで、まともな値段で売るよりずっと。
「そうやってまともじゃない方法で稼いだ財宝があるらしいんだよ。メバチ海賊団が」
フレイが説明する。
捕らえられ、拷問を受けるアゴとオニイトマキが、取引を持ちかけたのだ。
メバチの財宝の在処を教えるから、助命してほしいと。
普通に考えたら、ふざけんなって話である。
元々は奪ったものだ。
彼らに所有権など最初からない。
しかも、差し出すというならともかく場所を教えるだけとか。
当初は一笑に付したアンキモ伯爵陣営だったが、財宝とやらの金銭的価値をきいて目の色が変わった。
「どのくらいなの?」
「金貨にしてざっと一億枚分になるだろうってさ」
「わぁお。そりゃすごい」
「ホラにしても豪気な話だろ? デイジー」
両手を広げる親友に、フレイが笑ってみせた。
ちょっと途方もない金額である。
国家予算かってレベルの。
そりゃあ取調官たちだって目の色が変わるだろう。助命しちゃおっかなーって気分になっても仕方がない。
だが、本当にそんなものがあれば、という話だ。
場所を聞いて放免ってわけにはいかない。
「まずは調査に行くってことになったんだよ」
「それがボクたち?」
デイジーが小首をかしげるが、じつのところ他に選択肢はなかったりする。
モンペンの冒険者同業組合の信頼は地に落ちた。
事件に関わりのない冒険者たちにだって、当然のように疑惑の目は向けられている。
じつは知っていて黙ってたんじゃね? くらい思われてしまうのは、仕方のないことだろう。
それに、戦力が払底してしまっているという事情もある。
A級B級が、軒並み死んじゃったから。
「わたしたちは事件解決の立役者だし、実力も申し分ないからね。白羽の矢が立たなかったら、むしろ嘘でしょ」
ミアが笑う。
仕事というのは実績のあるところに回ってくるモノだ、と。
仲間たちが頷いたり笑ったりしている。
これだ。
こうでなくては。
屋敷でくすぶっているだけなんて、冒険者とはいえない。
ミアだってカルパチョだってフレイとのデートは楽しいが、それだけでは心は躍らないのである。
未知に挑みたい、大冒険がしたいってのが、彼らに共通した悪癖なのだから。
「つーわけで、メバチの財宝を奪うってのが次の仕事だ」
宣言したフレイが懐から書類を取り出す。
メバチ海賊団の本拠地を示す暗号らしい。
幹部といえど、アゴもオニイトマキも、その場所をきっちりとは知らされていない。
この用心深さが、メバチをして当代の大海賊にのし上がらせたのだろう。
「ふむふむー」
テーブルに紙を広げるデイジー。
海図と暗号文だ。
天よ聴け 地よ耳を傾けよ
マリューシャーの語りたもう言葉あり
日の昇り 月もまた昇るところに
至福の地ありと
「…………」
ガルは無言だった。
「…………」
ミアも無言だった。
「…………」
デイジーも無言だった。
「…………」
フレイもまた無言だった。
ただ、四人ともある方向を見つめていた。
その瞳は、これは本当にリスペクトとかオマージュで良いのか? 大丈夫か? と、語っていた。
ここまで似せちゃったら、さすがにやばいんちゃうか? と。
※参考資料
映画『カムイの剣』
原作:矢野徹
制作:角川春樹事務所
公開:1985年




