第20話 そうだ。海にいこう
ナザリーム要塞の調査がはじまった。
なにしろ一万五千年も昔の軍事施設である。史料的な価値だけでも計り知れないのに、今現在も稼働しているのである。
軍事的な価値だってものすごい。
天魔戦争時代の兵器ですよ。
天空の城から放たれる雷てきななにかがあったって、べつに不思議じゃないのである。
「ないけどな? ただの出撃拠点だし」
とは、管理者たるヴェルシュの言葉であるが、けっして枯れることのない温泉とか、廃水浄化循環システムとか、空気清浄化システムとか、医療ポッドとか、いまの魔法学では実現不可能な技術が、これでもかってほど注ぎ込まれているのだ。
適当に放置ってわけにはいかない。
まずは国が調査に乗り出すことになり、管理責任はもちろんアンキモ伯爵が担うことになった。
莫大な助成金が伯爵領に下賜されたし、今後の発展を考えれば、伯爵うっはうはである。
ただし、潜るのは命がけだ。
マンティコアとかうろうろしてるんだもん。
一応、ヴェルシュが警備魔法人形の稼働は止めたが、勝手に動き回っている魔法生物まではどうすることもできない。
そこで登場するのが冒険者たちだ。
王都からやってくるえらい学者さんたちが、大金を払って彼らを護衛として雇うのである。
斡旋する冒険者同業組合だって、うはうはです。中間マージンがたっぷり入るからね。
A級B級を中心に大忙しだ。
「そうだ。海に行こう」
そんな一日、いきなりヴェルシュが提案した。
「なんじゃ? 藪から棒に」
カルパチョが繕い物をしていた手を止めて首をかしげる。
この魔将軍けっこう家庭的で、破れたフレイの肌着とかを直してくれるのだ。
「せっかく地上に出てきたんだからよ。バカンスに行こうぜ」
なにがせっかくなのかよく判らない。
「本音は?」
笑いながらフレイが問いかけた。
「話を訊きにくる学者連中がうざい。あとデイジーの両親にも迷惑がかかる」
「あー それはあるかもな」
後半部分にだけ同意するリーダー。
フレイチームが拠点としているのは、デイジーの両親が営む商会である。
そこそこの規模の商会だったのだが、フレイたちが居着いてから運気が上がったのが、連日の大盛況で売り上げは右肩上がりらしい。
まあデイジーの実家だしね。
ファンクラブの連中だって、入り用があればここに来るし。
で、客が多いのは良いことだけど、許容量ってものがある。
王都の学者さんたちがぞろぞろとお随従をつれてやってきたら、店だって迷惑するのだ。
いくら手ぶらでくることはないっていってもね。
「昨日は、スフレ王子まで顔を出したしねー」
くすくすとミアが笑う。
さすがに一国の王子様が訪れる商会というのは、ちょっとびっくりである。
肝の太いデイジーの両親も目を白黒させていた。
フレイとしては申し訳ない気持ちでいっぱいである。
あまりに迷惑になるようなら拠点を変えるしかないかな、と、思っちゃうくらいに。
ナザリーム特需がひと段落するまで出かけてしまう、というのも手ではある。
「海なあ」
「こないだはモンペンまで行けなかったしね。せっかくだから海の幸でもたべにいく?」
花が咲くように笑うミアに、おもわずフレイも笑顔を浮かべた。
ほんと、こういう表情は反則級に可愛いんだよなぁ、とか考えながら。
「ほれ。繕ってやったぞ」
「へぶっ!?」
なんか不機嫌そうな台詞とともに投げつけられたシャツを顔面でキャッチするフレイ。
俺は関わらないぞとばかりに視線を逸らすヴェルシュだった。
と、そのとき、どたどたと階段を駆け上がる音が響く。
「あれ? エクレアの足音だ」
「相変わらず異常な気配読みじゃのう」
なんで足音だけで判るのか。
カルパチョが呆れる。
そして蹴破るような勢いで入ってきたのは、もちろんフレイの読み通りエクレアだった。
「フレイ! かくまって!!」
なんか物騒な言葉と一緒に。
視察のためにザブールにやってきたスフレ王子は、当然のようにかつての自分の屋敷に宿泊しようとした。
異母妹にくれてやったとはいえ、さすがに兄を泊めるのを嫌がったりはしないだろう。
肉親だもの。
そもそも、命を助けてやって屋敷と金まで与えてやったんだもの。
感謝されることはあっても恨まれる筋はないよね。
ところが、屋敷に到着したスフレ王子の前に、へんな魔法人形が立ちはだかったのである。
男性ハ入館デキマセン、と。
もうね。執事服なんかまとったしゃらくさい人形なんぞに、この国の第一王位継承権者が制止されるとか。
「主人を呼べぇぇぇ!!」
ものすごい大音声で叫ぶのも当然というものだろう。
で、慌てて飛んできたエクレアの首根っこをひっつかまえて、二十四時間耐久説教の刑に入った。
そりゃね。
王室からもらう捨て扶持で生活するってのも、あんまりにも覇気のない話だ。
なにか商売をはじめようって気概は、まったく悪いことじゃない。
けど、女性専用の宿屋はダメだろ。
あからさますぎるだろ。狙いが。
王宮で権力をかさに女性を食い物にしまくるもたいがい常識がなさすぎるけど、一般人に手を出すのはまずい。
ましてエクレアはもう特権階級ではないのだ。
なんかやらかしたら普通に捕まるのである。
で、捕まったあげくにじつは王族でしたとかばれたらどうなると思ってんの?
ちょと洒落ならんのよ?
そんな感じで、こんこんと説教をされたエクレアは、なんとかスフレ王子の隙を見て逃げ出した。
「うん。だいたいエクレアが悪いね」
「ひっどっ ミアひっどっ」
「他にどう論評しろってのよ」
疲れたような表情で額に手を当てるエルフ娘だった。
「しばらくかくまってほしいんだよ。フレイ」
必死に、かつ卑屈に揉み手なんかするエクレアである。
信じられるか?
こいつ、ついこないだまで王子さまだったんだぜ。
あまりにも情けない姿に苦笑しか出ないフレイだが、彼の仲間たちは知っている。
知己が困っていたら、絶対に見捨てないということを。
「しばらくっていつまでだよ?」
「兄上が王都に帰るまで」
「だから、それはいつだ?」
「判らない。ナザリームの調査が一段落したら帰ると思うけど……」
それすら聞き出せていない。
無計画にもほどがあるというものだ。
「しかたねえな。俺らと一緒にでかけるか?」
やれやれといった表情でフレイが事情を説明する。
「行くっ! ミアもカルパチョお姉様もいくんだよね!!」
そしてすぐにエクレアが食いついた。
まったく反省していない。
フレイチームの女性陣を狙う気まんまんである。
ぶれない女なのだ。
その狙われたミアとカルパチョは、無言で肩をすくめたのみだ。えらく余裕があるのは、ふたりともエクレアごときは小指の先でひねれる程度の実力者だから。
襲いかかられても大丈夫。
「そんじゃ、デイジーを誘ってくるか」
じじくせー仕草でフレイが席を立った。
大親友の司祭は、本日はマリューシャー教会で説法である。
当然のように、ガルとパンナコッタもついていってる。
「あ、わたしも付き合うよ」
「助かる。なんかあそこ、俺が行くとやたら視線が痛いんだよな」
なんで友人に会いに来ただけなのに、ざっすざっすと視線の剣で貫かれなくてはならないのか。
「それがデイジー教徒だからね。しかたないね」
「マリューシャー教徒だろ。適当な宗教をでっち上げたら怒られるぞ。さすがに」
馬鹿話をしながらフレイとミアが部屋を出てゆく。
「お姉様。やっとふたりきりに……」
「なってないぞ。ヴェルシュがいるからの」
チャンス到来とばかりにしなだれかかってくるエクレアをぽいっと捨てるカルパチョであった。
「ち」
「部屋にいるだけで舌打ちされたよ。俺。伝説級のすげードラゴンなのに」
やたらと大げさに、ヴェルシュが嘆いてみせた。




