第2話 王子は王女!?
ものすごい美少年でした!
すらりとした体躯に白い顔。金色の巻き毛にアイスブルーの瞳ですよ。
何を食って育ったらこんな美形になるのかって話だ。
たとえばフレイは、親友たるデイジーのことをすんげー美少年だと思ってるし、たぶんその評価はザブールに住む多くの者たちが頷くだろう。
それとは方向性がだいぶ違うんだけど、エクパル王子という人物の美しさも、そうとうなもんだった。
「なんで俺の周りには、顔の良い野郎ばっかりあつまるのか。なんかの嫌がらせか?」
とは、チームリーダーフレイの嘆きである。
せつなくなっちゃいますよ。
「がうほのフレイ。ねどけうもおといいこっか」
ぼそっとミアが言った。
エルフ語で。
「んん? なんて?」
もちろん意味が判らず問い返す。
「今日は天気が良いねっていったのよ」
「ぜってーちがう。俺の名前はいってたし」
胡散臭そうにエルフ娘を睨むフレイだった。
ほぼ間違いなく悪口だろうからね。
なんつーかね。ことあるごとにエルフ語で悪口を言うのはやめて欲しいんだよ。
「くっくっくっ」
しかも邪悪な笑いを浮かべながらね。
「デイジー。なんて言ったんだよ」
エルフ語の判る親友に助けを求める。
「んん? フレイは格好いいねって話だよ。ねー」
「ねー」
にこにこ笑いながら頷きあってる、デイジーとミア。
息ぴっったりである。
フレイはますます疑いを深めた。
困ったことである。
「……私はたいへんにナイガシロにされてる気がする……」
「気だけではござらぬよ。正直なところ、貴公の護衛は難しいのではないかと某も考えていた」
置いてきぼりのエクパル王子に、ガルが冷たい言葉をかける。
彼はべつに同性愛者ではないので、王子の美貌には半銅貨ほどの価値も見出さなかった。
デイジーファンクラブの巨頭とも思えない態度であるが、これは仕方がない。
彼らのデイジーに対する愛は、性別などを超えた崇高なるものなのである。
「こんな線の細そうな御仁では、山越えは不可能だろう」
となれば街道を使うしかない。
こんな美少年を連れて。
目立つことこの上ない。
襲ってくださいって言ってるようなものだ。
「ゆーて、見捨てるという選択肢もないさ」
やれやれと肩をすくめるフレイだった。
王子、などと言っているが、権力闘争に敗れた今となっては、エクパルの公的な地位など平民以下だ。
なにしろ命を狙われている平民なんて、そうそう滅多にいないからね。
だからこそ、見捨てるなんてできるはずもない。
そういう男だと知っているミアもデイジーも、肩をすくめてみせただけだ。
「いかにも王子様、なんて格好じゃ目立って仕方がない。ここは変装だろうな」
そして話は実務レベルへと移行する。
「いいだろう。私はなんに化ければ良いのかな? 従者か。あるいは商人か?」
どことなく楽しそうなエクパル王子だ。
身分を偽って旅をするとか、そういうシチュエーションに憧れているのかもしれない。
「いや? そういうのは敵だって予想するだろ?」
当然である。
相手にだって考える頭があるのだから、計算もすれば予測もするのだ。
こちら側の都合で踊ってなどくれない。
だからこそ、敵の予想を超えるアイデアが必要になってくる。
「たとえば?」
「女装だな」
「ごめん。いまなんて言ったんだ? フレイ」
「女装だな」
いっそおごそかに、フレイが繰り返した。
王子の顔がさっと青ざめる。
新進気鋭のC級冒険者の顔には、まったく、これっぽっちも冗談を言っている雰囲気がなかったから。
「王子様は顔も良いし背もたいして高くない。女に化けてもそんなに違和感はないだろ」
ちらりとミアとデイジーに視線を投げる。
着替えの服を何枚か提供してくれないか、という意味だ。
軽く頷いた二人が、エクパルににじり寄る。
手をワキワキさせながら。
「くくく……痛くしないからね……」
「でも、抵抗したら痛くしちゃうかも」
ミアの邪悪さはいつものこととして、デイジーまで絶賛悪ノリ中である。
「や、ちょ、待ちたまえきみたちっ」
あたふた王子だ。
気持ちは判らなくもないが、状況は説明した通りだ。
リーダーが無情に右手を振り下ろす。
「やっちまいな」
『イーッ!!』
謎の奇声をハモらせて、じつに楽しそうにエルフと司祭が襲いかかった。
「ちょ!? やめっ!? いやぁぁぁぁ!!」
やたら色っぽく王子様が抵抗している。
「絵面が悪すぎるのではないか? フレイ」
「ここまでのことをしても、たとえば伯爵の手勢が止めに入ってこない。ガルはどう思う?」
「そこを見極めるための行動か」
ふふと笑う武芸者。
やはり我らがリーダーはタダモノではない。
たったひとつの事象からさまざまなことを読みとってゆく。
このケースであれば、王子にまったく味方がいないのだ、ということである。
アンキモ伯爵としても、とっとと追い払ってしまいたいのが本音なのだろう。
「ガルー! 手伝ってーっ!!」
「心得た」
デイジーに頼られ、嬉々として悪ノリ行為に参加する武芸者であった。
シリアスさなんぞ、ぽーいと捨てちゃって。
「なんだかなぁ」
苦笑するフレイ。
「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ!!」
もっのすごい悲鳴があがっている。
王子様ってのは、ずいぶんとシャイなものらしい。
「フレイ大変! この王子様、おっぱいがあるわ!!」
ミアの声が響いた。
客間のすみにうずくまり、ぐずぐずと鼻をすするエクパル王子。
本当は、エクレア王女というらしい。
びっくりである。
なんと王子様は王女様だった。
「いやあ、さすがに申し訳ないことしちゃったねぇ」
ぺろっとデイジーが舌を出した。
いやいや。
てへぺろで済む問題ではない。
お姫様をひん剥くとか、普通だったら極刑である。
「王子様だって極刑だよ!! 死刑だよ!!」
がるるるる、と、エクレアちゃんが怒ってる。当たり前だ。
「まあまあ。わたしのとっておきの服をあげるから」
ミアが差し出したのは、露出度がものすごい服。しばらく前にカルパチョが着て、たいへん不評だったやつである。
「こんなエッチな服きれるかぁ!!」
怒ってる。
心の狭い人だ。
「アンタは! 自分の国の王女が! こんな紐みたいな服を着る変態でも良いのか!!」
「これの良さが判らないなんて。おこちゃまね」
もちろんそんな怒りなど、エルフにはまったく届かない。
お子様扱いである。
「もう子供で良いです……」
「そもそも、なんで男装なんかしていたの?」
予備の神官服を渡しながら、デイジーが訊ねた。
彼でなくとも気になるところだろう。
エクレアなんて王族はきいたことがない。なんで王子のふりをしていたのか。
逆ならまだ判るのだ。
玉座を巡る争いから遠ざけるために、女だということにしてしまう、とか、けっこう叙事詩なんかでもうたわれている。
「私の母が野心家だったんだよ」
諦めたようにため息を吐いて、神官服に袖を通してゆく。
エクレアの母というのは第三王妃のことである。
ようするに国王陛下の三番目の奥さんだ。正妻の一人ではあるものの、ぶっちゃけ三番目なんて、たいして高い地位ではない。
まして正妃も第二王妃も男児を出産しているのだ。
女児なんか産んだって、どーにもならないのである。
そこで一計を案じて、エクレアをエクパル王子とした。
わざわさ我が子を権力闘争の真っ直中に放り込んだわけだ。なかなかの猛女というべきだろう。
「つーか、それで王位を掴んだとして、そのあとどうするんだよ。世継ぎもつくれねーだろうに」
フレイが呆れる。
「奥さんになった人をべろべろに酔わせて正体をなくさせて、母の側近の種を付ければ良いって」
「猛女というより、鬼畜だな」
他人の親を悪くいうのは気が引けるが、エクレアが権力闘争に敗れたのは僥倖のように思える。この国と人々のためにも。
そんな鬼畜が皇太后として権力を握るとか、怖ろしすぎる。
「私も負けて良かったと思うよ。けど、負けた以上は消されてしまうのが世の常だからね」
シニカルなエクレアの笑みだ。
それから、ゆっくりと別の表情を作った。
「もうちょっとおとなしめの服はないのかな……デイジー」
「ないよっ よく似合ってるよっ」
デイジーの予備の神官服とは、もちろんひらっひらなラブリーなやつである。
ものすごく可愛いやつである。
「はい。ポーズポーズ! マリューシャーの奇跡を! あなたに!」
むっちゃ素敵なポーズを決めて、デイジーがぱちんとウインクする。
「こ、こう?」
同じポーズをするエクレア。
「けっ」
ガルが吐き捨てた。
あれはデイジーがやるから映えるのだ。王女だかなんだか知らないが、生身の女がデイジーの真似をするとか。
片腹痛いを通り越して醜悪なだけである。
「ねえ! なんで私が責められているの!? 理不尽すぎない!?」
不本意な服装をさせられ、不本意なポーズさせられたあげくに、不本意な評価をされた王女が、途方に暮れたように叫んだ。