第15話 冒険者の日常とか、そういうやつ?
フレイチームの六人は地下街に潜ることになった。
魔晶石が採れるということであれば、シスコームの遺跡の方が向いているのだが、やはりアタックしたことのない場所に挑みたかったのである。
このあたりは、冒険者の宿命のようなものだ。
進んだことのない道を見つけたら、行ってみたくて仕方がない。
見たことのない景色を、見たくて仕方がない。
知らない知識に、触れたくて仕方がない。
「それに、ゴーレムコア自体は私も作れるからな。純度の低い適当な魔晶石でもとれれば、依頼そのものは達成できるさ」
とは、パンナコッタの意見である。
「さすが村の古老はものしりね」
すかさずミアが混ぜ返した。
ダークエルフとエルフは伝統的に仲が悪いため、このあたりは様式美なのである。
「だれが村の古老だ。私はまだ五千九百歳だぞ」
「OKOK。百年後には赤いチェニックをプレゼントするわ。忘れてなかったら」
なんかじゃれ合っているが、タイムスケールがおかしすぎる。
「ゴーレムコアというのは、四千年くらい前の魔導機械文明の遺産じゃ。いま人間たちが掘り当てているのは、たいていこの時代のものじゃな」
解説してくれるのはカルパチョである。
「それより前のものもあるのか?」
横を歩くフレイが訊ねた。
「それはあるに決まっておるじゃろう。儂が生まれる前にも文明はあったからの」
「なるほどなぁ」
和気藹々と一行は進む。
隊列は単純に二段構え。
前衛に、ガル、フレイ、カルパチョ。
後衛は、ミア、パンナコッタ、デイジー。
ひねりもなにもない陣形だが、地下街は通路も広いため窮屈に感じることはない。
もともと地下街というのは、ザブールから一日の距離という条件もあり、内部は探索され尽くしていた。
ことになってたのだが、二月ほど前にここから巨大なモンスターがあらわれた。
なんと未踏破の階層が発見されたのだ。
偶然それを発見した新人パーティーは、ついでに封印されていたモンスターも起こしちゃったという次第である。
で、目覚めたモンスター……巨大なアイアンゴーレムは、操作者もいないまま暴走し、もっとも近い街であるザブールに迫った。
アンキモ伯爵の手勢とC級以上の冒険者たちで、その侵攻を食い止めることになったのだが、これがまた笑っちゃうほど簡単に片が付いてしまった。
そりゃあ、何千年も生きてるカルパチョとかパンナコッタがいるんだもん。
失われた古代語魔法を操るダークエルフと、魔王軍の大幹部ですよ。
いくらでかくたって、アイアンゴーレムごときに後れを取るはずもなく、ほとんど一瞬で倒しちゃった。
なんかすげー攻撃魔法でどっかーん、真っ赤に光る剣でずばーん、である。
説明にもなんにもなりゃしねえって感じで、一同唖然の巻であった。
ただまあ、フレイがアンキモ伯爵からカルパチョを怒らせないように、何度も何度も念を押された程度だ。
ともあれ、地下街の下にはさらに階層があることが判った。
調べない手はないのだが、勇猛果敢な冒険者たちもさすがに二の足を踏んでしまってる。
あんなゴーレムが出てくるような遺跡だもの。
挑むにしても十全の準備をしてから、と、考えるのは当たり前。
冒険ってのは無謀と同義じゃない。
「けど、準備準備ってなかなか踏ん切りが付かなかったってのもあるんだよねー」
にははは、と笑うデイジー。
ガルとフレイが思わず苦笑してしまった。
それもまた事実だったので。
無謀と雄図は違うから、何が起きてもいいように準備しようとする。
あれもこれも、いやこれは必要ないか。しかし……。みたいなノリだ。
慎重に慎重にとやっているうちに、もう二月。
新地下街にアタックした冒険者チームはない。
フレイチームだって、エクレアの依頼ってきっかけがなければ挑まなかっただろう。まだ。
そういうものだ。
最初の一人になるというのは、けっこう勇気が必要なのである。
「誰かが動くのを待ってる。良くある話だよな」
「そして最初の一人になる選択をする。それもじつにそちらしいの。フレイや」
「うん。それ褒めてないよね」
「さてさて。どうかのう」
豊かな赤毛を揺らして、魔将軍が笑った。
「……なんかやべえ気配がする」
地下二層にはいり、たいして進んでもいない場所でフレイが仲間たちを制止した。
相変わらず道は広い。
前衛の三人が、充分に並んで戦えるだろう。
「ミア」
振り返り、訊ねる。
「魔力反応もあるわ。とびきりおっきいやつ」
やや緊張を含んだ応えが返ってきた。
頷きつつ、フレイは自分の背筋にちりりとした緊張感が走るのを自覚している。
かつてシスコームで戦った洞窟竜などというレベルではない。
「……隊列を組み直す。このまま遭遇するのはまずい」
おそらく相手はすでに気付いている。
真っ直ぐに気配が近づいていることからも明白だ。
となると、不意打ちはできない。
正面決戦である。
「前衛はカルパチョとガル。中衛にデイジーが入ってくれ。後衛はミアとパンナコッタ」
矢継ぎ早に指示を下す。
三段構えで、回復役のデイジーを中にいれた陣形だ。
「フレイは?」
「隠形して横に回り込んでみる」
「ん。気をつけて」
ミアの言葉に軽く頷き、すっとフレイが姿を消す。
エルフ娘が使役する光の精霊だけが光源の迷宮である。
隠れる場所はいくらでもあるのだ。
「儂にも感じられる距離になったようじゃな。これは大物じゃ」
にやりとカルパチョが唇を歪める。
「さすがだな。カルパチョ。某にはまだなにも感じられぬ」
「なんの。フレイに比べたらまだまだじゃよ」
「いやいや。あの男が異常だろう。野生動物並の気配読みなど」
ガルの顔に浮かぶ不敵な笑み。
彼も感じた。
迫りくる凶悪な気配を。
「くるぞ!!」
叫びと同時に角を曲がり、モンスターがその姿を見せる。
「……マンティコア……」
呟いたデイジーが、ごくりと唾を飲み込む音を聞いた。
あるいは、それは自分の喉が発したのかもしれなかった。
獅子のように巨大な赤い体躯。サソリのような尾。
まるで老人のような顔に、鋭い牙が三列に並んだ口。
「……そういえば、ガイツが地下街でマンティコアと戦ったって言ってたわね」
「だね。ボクもいま思い出したよ」
かすれた声で会話を楽しむミアとデイジー。
ちょっと精彩を欠いちゃうのは仕方ないだろう。
なにしろ相手は、A級冒険者チームが死を覚悟して戦わなくてはいけないようなモンスターなのだから。
「ゆくぞ!」
マンティコアが動くより速く、紅の魔剣士が踏み込んだ。
閃くフランベルジュ。
ぶんと風を切る音が遅れて届くほどの剣速だが、難なく豪腕が受ける。
「なかなかやるのうっ!」
力比べには移行せず、カルパチョが横っ飛びする。
射線が通る。
「火蜥蜴の槍!」
「Take That You Fiend! (これでもくらえ)」
ミアとパンナコッタの魔法が飛ぶ。
さすがの連携だが、
「そこに障壁がある」
老人の顔がしわがれた声を紡いだ瞬間、ふたりの魔法が砕け散ってしまった。
「アンチマジックシェル!?」
「わからない! 知らない詠唱だ!!」
必中必殺の魔法を謎の方法で無力化され、エルフたちが愕然とする。
「ぬおおおお!」
突進したガルが、二度三度と戦斧を叩きつける。
が、これも届かない。
サソリのような尾が踊り、うねり、音高く弾く。
なかなかに信じられない光景であった。
カルパチョもガルも一流の戦士である。その攻撃は速く鋭い。
そうそう防げるものではないのだ。
「なんなの……こいつ……」
デイジーの頬を汗が伝う。
マンティコアの顔がにやりと不潔な笑みを浮かべた。
妙な格好をした少女が恐怖した、と、思ったのだろう。
が、
「なんてね♪」
ぺろっと舌を出してみせるデイジー。
次の瞬間、マンティコアの絶叫が、地下街に木霊した。
音もなく、気配すらなく天井から降ってきたフレイのジャマダハルに背中を貫かれて。
「ナイス!」
狂ったように暴れるモンスターの背から、ふたたびフレイが消える。
マンティコアが怒りに燃える瞳で小癪な襲撃者を捜す。
しかし、そんな余裕はどこにもないのである。
右からフランベルジュが、左から戦斧が叩きつけられたから。
またまたあがる絶叫。
「某たちとも遊んでくれ」
「寂しいじゃろ?」
隙を突いて攻撃を成功させたガルとカルパチョが、不敵に笑った。