第14話 デイジー相談室
エクレアがザブールに住むんだってさ!
しかも、女性専用の宿をやるんだってさ!
「悪い予感しかしない……」
「それは予感じゃないよフレイ。確信っていうんだよっ」
頭を抱える親友をデイジーが慰めた。
もちろん効果などなかった。
ひいきにしている飯屋である。
なんだかストレスを溜め込んでるっぽいフレイを見かね、一日、デイジーが食事に誘ったのだ。
王都から引っ越してきたエクレアは、三十室もあるスフレ王子の別荘を下賜されたらしい。
で、ここを宿屋にするという。
エクレアがホテルマンとしてのスキルを持っているわけもないので、スタッフは現地で雇う。
連れていた侍女はひとりだけだったし。
侍女っていうか、犬だっけ?
はい。
ジョボンで捕虜にした女暗殺者でした。
どーしてもエクレアに仕えるってことで、暗殺組織から足を洗い、押しかけ侍女になっちゃったんだって。
ああいう闇の組織って簡単に抜けられないと思うんだけど、なんか目覚めちゃった彼女は組織で気持ち悪がられ、お払い箱になったんだそうだ。
「むしろ俺が引っ越すか……」
事情を知れば知るほど、気持ちが沈んでいくフレイだった。
このあたりについては、エクレアが預かってきたスフレ王子の手紙に詳細に、とっても詳細に書いてあったのである。
で、あんまりにも街に迷惑をかけるようなら殺してくれって。
自分の異母妹を、さらっと暗殺させようとしないで欲しいんだ。
「めんどくさすぎて思考がおかしなことになってるけどさ。逃げちゃダメだよ。フレイ」
「デイジー、俺に対しては微妙に厳しくね?」
他の連中はべったべたに甘やかしてるクセに。
懺悔とかのときには、つらかったら逃げて良いんだよって言ってるクセに。
「つらいのとめんどくさいのは全然ちがうでしょ。ミアがとられるかもとか思って嫌厭するのって、フレイらしくないよ」
「ぐはっ!? おまおまおまおま」
「バレバレ。何年親友やってるとおもってんのさ」
何年て。
ザブールで再会してから、まだ一年も経ってない。
「村にいたときからの話だよっ!」
むっきーってお腹を押してくるデイジーだった。
飯屋にいる人々が、小さく舌打ちする。
デイジーはフレイを特別扱いしすぎだ。
もっと我らにも愛の手を。
「悪い悪い。大親友だもんな」
「そーだよっ」
「けど、俺ってそんなに顔に出てるか?」
「仕事のときは完全に仕事に集中してるけどね。プライベートになるとぐっだぐだなんだから」
くすくすと笑う。
そもそも男女のことになると、彼の親友はからっきしだ。
ミアとの仲だって、お互いに憎からず想ってるのは明白なのに、まあじれったいたらない。
「エクレアが迫ってきたって、ミアはなびかないよ。エルフ語で吐き捨ててるじゃん。いっつも」
「エルフ語わかんねーもん」
お手上げフレイだ。
もちろんミアは彼に悟られないようエルフ語を使っているんだろうけどね。
こっちはこっちで素直じゃないのである。
「じっさいさ。エクレアだって自分に後がないくらいのことは判ってると思うよ。今回は、スフレ王子がフレイの顔を立てて見逃してくれたんだって」
デイジーが肩をすくめてみせる。
もしそれすら判っていないバカだとしたら、本当に暗殺するしかない。
ザブールはアンキモ伯爵のお膝元だ。
ぶっちゃけフレイが動かなくたって、伯爵の手勢が始末してくれるだろう。
もうエクレアは王族ではない。
殺したとしても王家が動くことはないのである。
屋敷をもらったのだって、スフレ王子が愛人に対して手切れ金がわりに渡したのだと思われているだろう。
庶民の目なんて、そんなものだ。
「だと良いんだけどな。けどあいつ、なんかカルパチョのこともちらちら見ていたし」
「そりゃ見るでしょ。街に魔族がいて全然気にしないのは、ザブールの人たちくらいだって」
デイジーが笑うが、それは間違いである。
さすがのザブールっ子だって、ダークエルフとか魔族とかがそのへんを歩いていたらびっくりする。
でもほら、フレイチームのやることだから。
あいつらなら仕方がない、くらいの認識なのだ。
「カルパチョに色目を使って怒らせたりしたら……」
「怒って魔王軍に帰っちゃう? それこそない話だよ。どんだけ短気なのさ」
魔王アクアパツァーの四天王の一人は、小娘に言い寄られたくらいで怒ったりしない。
フレイの危惧は、むしろカルパチョに失礼だろう。
本当にプライベートになるとダメダメな男なのである。
「ぬう……」
「冒険いこうよ。冒険。街でくすぶってるから、よけいなことばっかり考えるんだって」
「たしかに、それはそーかもしれないな」
よっとフレイが席を立つ。
くさっていても始まらない。
まずは組合に行って、なにかめぼしい仕事がないか探してみる。
ないようであれば、またシスコーム遺跡に潜るのも良いだろうし、あるいは地下街に行ってみるのも面白いかもしれない。
先日の騒動で、地下二階より下があることが判明したのだ。
そこを調べないで、なんの冒険者だって話だろう。
「ん」
手を伸ばすフレイ。
「うんっ」
当然のようにデイジーがそれを握る。
ざわっ、と、食堂に殺気が満ちた。
気配探知に優れたフレイが気付かないわけがない。
大げさにため息を吐く。
デイジー親衛隊って、ホントどこにでもいるなぁ、とか思いながら。
つーかね。そもそも誤解だから。
「なんで握ってんだよ。自分の分の金出せってことだよ。飯代払ってくるから」
「うんっ 知ってたっ」
にこにこデイジーである。
確信犯であった。
おごってもらう気まんまんだ。
「信じられねえ。司祭がぱんぴーにたかるなよな」
「いやー 功徳を積んどくと、いいことあるよー きっと」
「ぜってー嘘だ」
ちらりと振り返ると、親衛隊どものボルテージがさらに上がっている。
いや、羨ましくないだろ?
むしられてんだぞ?
という趣旨の半笑いを浮かべるフレイだったが、親衛隊の解釈はやや異なる。
なにがなんでも、とっととフレイとミアとくっつけようと決意を新たにするのであった。
「……なんでお前がここにいるんだよ」
ある日、組合の中、エクレアさんに出会った。
むっさい声を出すフレイ。
「依頼を出しにきたのよ。ゴーレムコアがほしいのよね」
他方、エクレアは馴れ馴れしい。
まあ気心の知れた冒険者だから。
「なんでそんなものを?」
デイジーが小首をかしげた。
こてん、って感じでものすごく可愛い。
男だと知っているエクレアですら、どっきーんてなっちゃうくらいだ。
あざといったらない。
ともあれ、ゴーレムコアっていうのはその名の通り魔法人形の核となるものである。魔晶石の一種なのだが、すでに用途が決まっており、あんまり価値は高くない。
「ゴーレムを作ってもらうのよ。宿の護衛として」
「人を雇えばええのんちゃうんか?」
フレイが疑問を呈した。
たっかいお金をかけてゴーレムなんか作るより、人件費の方が安くつくだろう。
そもそもゴーレムの維持だって無料ではできないのだ。
「うちって女性専用の宿なのよ。護衛に男の冒険者とか、全然安心じゃないでしょ」
「……なるほど」
冒険者でも傭兵でも行商でもいいが、そういうのに従事する女性にとって、安全な宿というのは非常にありがたいものだ。
女性の場合、なにしろ狙われるのは財布だけではないから。
で、その女性たちが安心して寝られるようにガードする存在が、男だったらどうかって話である。
守りまっせ。ぐへへへ。なんて下心丸出しのものは多くはないだろうが、なかなかゼロにはできないのもまた事実だ。
であれば、感情というものが一切ないゴーレムの方がベターではあるだろう。
けっこう理に適っている。
ただ、頷く前にフレイが沈黙を挿入したのは、おまえが一番アブないんじゃないのか? という言葉を飲み込むためである。