第12話 そして王子は途方にくれる
そもそも、エクレアが追放された理由をフレイたちは知らないのだ。
漠然と、権力闘争に敗れた、としか。
「どうして負けたのか、という部分だな」
「まったく知りたくないですけど、聴かないわけにはいかないでしょうね」
はぁぁぁ、と、深く深くため息を吐く。
ぶっちゃけ、アンキモ伯爵がフレイチームの情報をスフレ王子に渡している時点で、正義がどちらにあるのか判ってしまう。
いつもカルパチョにたじたじな伯爵だが、けっこうな傑物なのだ。
諸侯の地位だって伊達ではない。
まだ王位についたわけではない第一王子ごときに威迫された程度で、唯々諾々と従ったりはしないのである。
そんなアンキモ伯爵がフレイたちのことを教えたということは、スフレ王子の主張に理を見た、ということだろう。
「エクパルを追い落としたのは、僕とカヌレだ」
第二王子である。
つまり、異母兄弟である第一王子と第二王子は、手を組んで末の異母弟を潰した。
組んで政敵を葬るというのは権力闘争としては、ありふれた構図ではあるが、ナンバーワンとツーが連合してしまうのは、やはりちょっと珍しいだろう。
そうなったら、ナンバースリーのエクパルに勝ち目なんかない。
現実問題として、第三王子は支持基盤をすべて失い、王城から追放されたわけだ。
「徹底してますねぇ」
「カヌレが王位を継いでも僕は耐えられる。だがエクパルはダメだ。そしてこれはカヌレにも共通する思いだろう」
「なんでそこまで嫌ってんすか……」
「奴はな。城にいる女という女に手をつけまくっていたんだっ」
きしゃーっ! とスフレ王子が吠えた。
そしてフレイが頭を抱えた。
うん。
そら怒るわ。
聴かなきゃ良かった。
「カヌレの婚約者にまでだ! 信じられるか! フレイ!」
「あー……」
ものすげーめんどくさい事態になってきた。
エクパル王子というか、エクレアが手をつけたといっても、もちろん男女のそれではないだろう。
なにしろ女同士だからね。
問題は、エクパルが女だってことを誰も知らないんだってことである。
「可哀想に。モンブラン嬢なんて傷ついてしまって、もう殿方など信用できませんって領地に帰ってしまったんだぞ」
義憤にうち震えるスフレ王子。
なかなかの義侠心である。
ちなみに、モンブラン嬢ってのは、カヌレ王子の婚約者のことらしい。
侯爵家の娘なんだってさ。
もちろんその侯爵家は、カヌレ王子の後ろ盾だろう。
婚約を破棄するとかなんとか、そういう騒ぎにまで発展して、激昂したカヌレは挙兵する寸前までいったのだ。
スフレが彼の離宮まで赴いて説得しなければ、冗談ではなく内乱になったかもしれない。
「うーん。この場合の殿方は信じられないってのは、よーするに目覚めちゃったことじゃないかしら?」
「いうなミア。事実は万人を傷つけるだけだ」
ぼそぼそと会話を交わすフレイとミア。
べつにまったく知りたくはないけど、彼らはエクレアのテクニックを知っている。
捕まえた暗殺者を調教しちゃうくらいなんだから。
「僕たちはエクパルと約束した。僧院に入るなら命までは奪わないって条件でな」
「僧院て。ここにいますけど?」
「そうだ。約束を破って逃げたんだよ。そいつ」
「うわぁ……」
そりゃ狙われますよ。
むしろその状況で命を狙わなかったら、どうかしてますよ。
けどまあ、エクレアが逃げるのも判る。
僧院なんかにいったら、すぐ女だってばれちゃうからね。
「C級冒険者フレイ。どうかその腐れ外道を引き渡してくれないだろうか。血を分けた兄弟とはいえ、いや、兄弟だからこそ許すわけにはいかない。こんな女性の敵を」
ふんすとスフレが鼻息を荒くする。
瞳に燃えるのは正義の炎だ。
「どうする?」
「心情的には引き渡してしまいたいけどな」
ミアに訊かれ、フレイが振り返る。
「やめろーうっ フレイーっ 裏切るのかぁっ!」
エクレアちゃんが叫んでいた。
冒険者は依頼に対して誠実である。
なぜなら、信頼こそが彼ら自身を助けると知っているから。
冒険者は裏切らないし、裏切りを許さない。
裏切った相手には、たとえ何十年何百年かかろうとも必ず復讐する。本人が死んだなら一族郎党に。冒険者同業組合のプライドにかけて。
どうしてそこまでするかといえば、この評判こそが冒険者を守るのだと知っているから。
ただし、何事にも例外というものがある。
じつは依頼主が国賊だった、とかそういう場合だ。
冒険者は無法者ではない。法と正義に対して相応の敬意を払っている。依頼主を助けることと法に触れること、どちらを優先させるべきかという話である。
この場合であれば、エクレアをかばうことは難しい。
だって、犯罪者なんだもん。
第二王子の婚約者を寝取るとか、ぶっちゃけ姦通罪ですよ。
不義密通ですよ。
死刑に処されても、そんなにおかしくないレベル。
アンキモ伯爵も納得しているのだろうし、フレイが意地を張ってエクレアを守る理由なんかない。
「スフレ殿下に引き渡すのは、べつに吝かじゃないんですが」
「保留つきか。そのこころは?」
首をかしげる第一王子。
条件を提示されると思ったのだろう。金とか王子との繋がりとか、そういうやつだ。
くすりとミアが微笑する。
我らがリーダーは、そんな素直な性格はしていない。
「エクパル王子とやらいう人物は、いないんですよ」
「いやいや。いるだろ。そこに」
何いってんだこいつ、という顔でスフレが馬車を指さす。
あれは紛れもなくエクパル王子である。小賢しく女装なんかしているが、腹違いとはいえ兄の目は誤魔化せない。
重々しくフレイが頷いた。
告げなくてはならない。
この、あまりにもバカバカしい真相を。
「いないんですって。エクパルなんて人間は、この世のどこにも」
「おまえはなにを?」
「ガル。デイジー。頼む」
『あらほらさっさー』
謎のかけ声を揃えたふたりが馬車へと走り、暴れるエクレアを拘束して戻ってくる。
「やめろぅ! ぶぅっとばすぞぉっ!」
大暴れであるが、男ふたりに左右からがっちり押さえ込まれているのだ。
どうにかなる体力差ではないだろう。
少なくとも、女性にはね。
「エクパル……見下げ果てたやつ……」
心から情けなさそうな声をスフレ王子が歯の間からこぼした。
命惜しさに約束を反故にして逃走し、女装までして落ちのびようとする。
「兄さん情けなくて、涙出てくるぞ……」
気持ちは判る。
手のかかる弟は可愛いなんていうけど、それはあくまでも笑える範囲での話だ。
さすがに犯罪にまで走られたら可愛くなんかない。
「スフレ王子。こいつはエクパルですか?」
「間違いない。見間違うものか」
「そうですか。ではちょっとお手を拝借」
言うが早いかフレイはスフレの右手を掴み、エクレアのスカートの中に突っ込んだ。
『うぎゃーっ!!』
悲鳴はふたつ。
一方は、弟の股間なんぞを触らされた兄のもの。
もうひとつは、兄とはいえ男に股間をまさぐられた妹のものである。
「あれ? ない? エクパルお前、股に挟んで隠してるのか?」
「隠すかっ! 私には最初からそんなもんついてない!!」
まさぐるスフレ。
開き直ったのか、がばっと足を開くエクレア。
異常な光景が街道に展開される。
「私は女だよ! 名前はエクレア! エクパルは偽名!!」
「えー? なにそれー?」
すっごい嫌そうに手を引き抜き、第一王子がフレイを見た。
助けを求めるように。
「これが真相です。スフレ王子」
「え、じゃあ女たちに手を出していたのは……?」
「特殊なプレイを楽しんでいたのでしょうね。だからこそ女性たちも公にできなかった。女同士なら密通にはならないのではないですか?」
「え? え? どうすんのこれ?」
狼狽王子。
きょろきょろと周囲を見渡す。
スフレの私兵たちは気まずそうに目をそらしている。
こっちに振らないで、と、全身で語りながら。
裏切り者だらけであった。