第11話 王子様! 参上!!
かっぽかっぽと馬が歩む。
がらごろと車輪がまわる。
うららかな陽光を受け、一頭立ての馬車が街道を進む。
海の街、モンペンを目指して。
「ホント、フレイってなんでもできるわよね」
「そうか?」
御者台で手綱を操るリーダーに、ミアが話しかけた。
彼女はフレイの横にちょこんと座っている。
荷台に乗るのは、それ以外の三人だ。
五人チームで馬車とか、えらい贅沢なことだ。ついでに、一頭立ての馬車の場合速度は徒歩とほとんど変わらないので、かなり無駄になってしまうのだがこの場合は仕方がない。
なにしろエクレアちゃんを歩かせたら、通常の三倍くらい時間がかかってしまうから。
「馬に乗れたり、馬車を動かせたりって、どっちかっていうと騎士とかそういう人たちの仕事じゃない?」
「俺のは我流だからなあ。ちゃんと習ったわけじゃないし」
照れたようにフレイが笑う。
故郷の寒村で使っていた荷馬車を動かしているうちに憶えただけだ。
軍馬とかは触ったこともないし、乗りこなせる自信もない。
「ミアよ。某もできるぞ」
荷台からにょっと顔を出したガルが声をかける。
なんで対抗意識を燃やしているのか。
どうせ後ろでデイジーがフレイを褒めたからだろうけど。
「アンタは武人でしょうが。馬くらい乗れなくてどうするのよ」
ひらひらと手を振って追い払う。
邪魔すんなって感じだ。
「フレイは農民なのにできるからすごいのよ。できて当然の人ができたからって褒めてもらえるわけないでしょ」
「デイジー。いじめられてしまった」
「おお。よしよし」
「くぅーんくぅーん」
なんか後ろの方からバカっぽいやりとりが聞こえるけど、ミアは気にしないことにした。
どうせバカっぽい光景しか展開していないだろうし。
「ミアも、後ろで休んでいて良いぞ? 御者台は疲れるだろ?」
「いいわよ。ガルと交代するときに一緒にさがるわ」
一人で手綱を取るのは退屈でしょ、と笑う。
たしかに言われてみればその通りで、荷台のメンバーが談笑しているのに、粛々と馬車を操っているというのもせつない話だ。
「話でもしながらいくか。ミアの若い頃の話とかきかせてくれたら嬉しいかも」
「しっつれいね。今でも若いわよ」
くすくすと笑うミア。
長命種のエルフである彼女は百七十年ほど生きているが、人間の年齢に直せば十七歳ほどになる。
もちろんそれはあくまでも直せばという話であって、彼女がフレイたちなどより、はるかにたくさんのものを見てきたという事実は動かない。
たとえばフレイの祖父どころか、祖父の祖父くらいが生まれたときには、もうミアは普通に暮らしていたのだ。
ちょっと想像が付かないほどの昔である。
「エルフの郷の話なんてきいても、面白くないと思うけどね」
「そいつは聴いてみないと、わからないな」
ふふ、とフレイも笑みを浮かべた。
「けっ いちゃつきやがって」
やさぐれ王女が吐き捨てる。
がたごと揺れる馬車の上。クッションを何枚も重ねて尻を守りながらくつろぐエクレアちゃんであった。
「紅一点のミアを独占されて、あんたたちは悔しくないの?」
などとデイジーやガルに同意を求めるが、残念ながら肩をすくめられただけである。
むしろ、あんたも女だろうとつっこまなかっただけ、ふたりは紳士である。
紳士王と名乗っても良いくらいだ。
「いいじゃないかー ボクは応援してるよー」
なんといってもデイジーとフレイは親友である。
友の幸せを願わないわけがあろうか。
「そうだな。異種族婚は障害も多いが、あのふたりならば漫才をしながら乗り越えられるだろう。どんな困難も」
うむうむとガルが頷くが、じつはこれ、ザブールの男たちの総意だったりもする。
完璧な天使、デイジーにひとつだけ欠点があるとすれば、それはフレイと仲が良すぎることだ。
なにかっちゃフレイフレイってひっつきやがって。
デイジーはみんなの天使なんだから、特定の男子と仲良くしたらだめじゃん。
でも、ここでフレイを亡き者とかにしたら、デイジーは悲しんじゃう。
ということは、とっととフレイにカノジョなりなんなりを作ってしまう。これですよ。
幸いなことに、同じチームのミアと良い感じだし。
上手くいったら、友達思いのデイジーのことだから、気を使ってフレイとべたべたはしなくなるだろう。
この完璧な計算を元に、ザブールの男たちはミアの恋を応援している。
ちなみに、ザブールにはもうひとつ勢力があって、その名をフレイとカルパチョをくっつけよう勢という。
魔王軍の幹部であるカルパチョがフレイに嫁入りとかしたら、何十年って期間の平和が約束されるからね。
人類の平穏のため、フレイは犠牲になったのだ。
安いもんである。
こっちの代表格はアンキモ伯爵。ミアとくっつけよう勢の代表格はA級冒険者のガイツだ。
つまりフレイは、いつだってみんなに応援されているのである。
「なんでガルは悪そうな顔をしているの?」
エクレアが小首をかしげる。
「気のせいだ。邪推だ」
不本意そうな顔をするが、まったく気のせいでも邪推でもなかったので、説得力は皆無であった。
旅は、順調である。
異変が起きたのは、ジョボンを発って三日目のことだ。
中間地点を過ぎ、あと二日ほどでモンペンに到着するだろう。
徐々に減速した馬車がゆっくりと止まる。
「どうした?」
荷台から顔を出し、フレイが訊ねた。
きょうの御者台はガルとデイジーである。
「客のようだ」
笑いを含んだ声が返ってきた。
「了解」
フレイとミアが荷台から飛び降りる。
前方に陣取るのは完全武装の男たちが二十人ほど。
突破は無理だろうな、と、唇を歪めるフレイ。
傭兵か私兵かまでは判らないが、五倍以上の人数が相手ではちょっと勝算が立たない。
「雇った暗殺者が立て続けに失敗したから、ついに本隊を動かしたってところかな」
「どうする?」
横に立ったミアが訊ねる。やや緊張を含んだ声だ。
まあ、なかなかリラックスできる状況ではない。
まともに考えれば逃げの一手しかないような戦力差である。
「話し合ってみるべさ」
「いまさら?」
「戦う気なら、とっくに仕掛けてるだろうからな」
陣を敷いて待ちかまえているというのは、交渉の余地があるという証拠だ。
ガルとデイジーに御者台から降りるように伝える。
馬車を暴走させたりしないよ、という意思表示だ。
軽く頷いた戦士が司祭を姫抱きしてひらりと飛び降りる。
無茶苦茶かっこいい仕草であった。
「ん。ありがと。でもひとりで降りられるよ」
「足でも挫いたら大変だからな」
「もうっ また子供扱いするーっ」
憤慨したデイジーが、ぐいーっとガルのお腹を押した。
にへらとゆるむ半裸戦士の顔。
これだもの、鎧なんか着れるわけないじゃない。
押されるとき素肌の方が良いじゃない。
非常に変態な動機であった。
そもそもこいつ、傷を負うため、痛みを感じるために半裸だったはずである。
なんで目的が変わってんだか。
どっちにしても変態だけど。
「こちらの思惑を正確に読んで、戦闘の意志も逃亡の意志もないことを態度で示す、か。噂以上だな。フレイ」
敵陣から声が響き、軽装の若者が前に出てくる。
年の頃ならフレイより少し上だろうか、上品な顔立ちと優雅な身のこなしは粗暴な冒険者のそれではない。
「俺のことを知っているのか」
ものすごく嫌そうに応える。
だいたい正体がわかっちゃったし。
「アンキモから聞きだした。渋っていたが、事情を話したら理解してくれたよ」
ほら。伯爵を呼び捨てですよ。
大きなため息を吐く。
「第一王子ですか? それとも第二王子?」
「この短い会話でそこまでたどりつくのか。さすがアンキモの秘蔵っ子。僕は第一王子のスフレ。以後お見知りおきを」
優雅な一礼だ。
「スフレ王子。あなたが出てきたということは、交渉の余地があるってことで良いんですかね」
他方のフレイは、そんな作法なんか知らないから普通に棒立ちである。
二十歩ほどの距離を挟んで対峙するふたり。
「それよ。ぜひ訊きたいと思っていたんだ。アンキモといい貴様といい、それほどの漢たちが、どうして奸物エクパルの味方をするのか、と」
「奸物て……」
馬車を振り返る。
不安そうに顔を覗かせていたエクレアちゃんが、なんか目をそらした。
「……あ、これダメなパターンだ……」




